第14回「肥満と食欲の仕掛け」

 夏盛りというのに、女性のパンツスタイルの流行は増すばかり。雑踏の中でふと気付くと、視野の中に涼しいはずのスカート姿がまったくないことがあって驚く。昔のパンタロン風ではなくて、体の線が出るタイプのパンツだが、しっかりスリム化した女性たちは着こなしている。しかし、肥満の恐れがなくなった訳ではなく、逆に一番の関心事であることに変わりはない。体内の脂肪率を測定できる体脂肪計がヒット商品になったのが、何よりの証拠だろう。強引なダイエットで体重はしっかり減った半面で必要な筋肉が落ちてしまい、体脂肪計で測ったら脂肪の割合が30%台後半だったという恐ろしい話も聞いている。今回は肥満とその根源にある食欲がテーマ。

◆脂肪は悪者扱いされるが

 体重計と一緒になっている「脂肪計付きヘルスメーター」がブームのきっかけになったが、両手で測るタイプの「体脂肪計」なども出ている。体の半分以上を構成する水分は電気を通しやすいが、脂肪分は電気を通しにくい。体脂肪計は体の電気抵抗を測ることで、病院でなければできなかった測定を家庭で簡便に実現するのがミソだ。ただ、それほど厳密なものではなく、朝起きてすぐと夜寝る前では、体内の水分の分布が違っているので測定値が随分変わり、この時間帯はこれくらいと慣れるまでは、数字変動に一喜一憂するおかしな経験もした。

 身長から割り出す標準体重が以前はよく使われたが、体内の組成を考えないからあまり意味を持たない。肥満かどうか知るには体脂肪計のほうがはるかにましだろう。一応、男性で25%、女性で30%が肥満の境目とされている。

 東京慈恵会医科大学の先生の「危険なダイエット、効果の低いダイエット」で読むと「人類は400万年におよぷ進化の歴史のほとんどを、飢餓状態というきびしい環境のなかにおくってきました。そのためホルモンや代謝のバランスなど、からだのしくみすぺてが、たまにしか食糧が手に入らない環境下でなんとか生きぬけるよう適応してきたのです。食糧が手に入ったときには腹いっばいにつめこみ、余分なエネルギーを中性脂肪としてからだの脂肪細胞のなかにたくわえる。つまり脂肪細胞は、飢餓をのりこえるためのエネルギーの備蓄タンクなのです。ですから体脂肪というのは、人間のからだのなかでもっとも貯まりやすく、もっとも分解されにくくできています。からだに脂肪をたくわえるという、飢餓をのりこえるためのすぐれた能力が、日本のような飽食社会においては裏目にでてしまった結果が〃肥満〃というわけです」。体脂肪1kgには7000kcalが蓄えられていて、もし運動で使い切るなら42.195キロのフルマラソンを2時間半で走って2400kcalだから、1kgを消費するなら3回も走らねばならない計算になりぞっとする。

 しかし、脂肪は減らせばいいと、そんなに悪者扱いすべきものなのだろうか。「肥満について」は体脂肪の役割について「摂取エネルギーが不足したときに、脂肪組織を燃焼させることにより生命や活動を維持するためのエネルギーを補給します。体温を保つための断熱作用をします。内臓を正常な位置に保って保護するクッションのような役割をします。やせている人に胃下垂が多いのは、この役割が弱まっているからです。体脂肪が身体機能を維持するうえで、重要な組織であり、人体の構成部分としては、不可欠なものなのです。体脂肪15%以下のやせすぎの人は、環境や気温の変化に弱く、病原菌に対する抵抗力も弱まるため、健康障害をおこしやすくなります」と説いている。体には250億から300億の脂肪細胞があり、脂肪細胞の中には、中性脂肪でできた脂肪球とよばれる白い粒子が詰まっている。細胞数はあまり変わらないから、脂肪球の量で肥満が決まる。

◆肥満はどれも同じではなく、タイプがある

 肥満と一口に言っても、その中身は人によってかなり違う。「肥満の分類」は、腹部の断層写真などでビジュアルにその差を見せてくれる。体形の違いによって「リンゴ型と洋ナシ型」、脂肪のつく場所の違いによって「内臓脂肪型と皮下脂肪型」、原因別にみると「原発性肥満と二次性肥満」とに分かれる。

 中でもリンゴ型は上半身肥満とも呼ばれ、危険視されている。体形で分類する場合は、ウエストとヒップの比をとって男性なら「1」、女性なら「0.85」以上をこの型とみる。多くの場合、皮膚と筋肉層の間にあって指でつまめる皮下脂肪よりも、外からはうかがい知れない内臓脂肪が蓄積されている可能性が高い。断層写真にあるように脂肪が肝臓の周辺などにべったり張り付いている。

 「中年太りは力士よりコッテリ」には「同じ脂肪でも皮下脂肪と内臓脂肪とでは働きが違います。皮下脂肪は分解されると遊離脂肪酸になり、体中の血管を回って肝臓に入る。この間に脂肪酸はエネルギー源として筋肉などで使われてしまうので肝臓への悪影響は少ないのです。(中略)内臓脂肪は遊離脂肪酸に分解されると、門脈を通って直接肝臓へ流れ込むので肝臓は常に高濃度の脂肪酸にさらされ、脂肪肝などの重大な肝機能障害を起こしてしまうのです」と解説されている。脂肪の塊のように見える力士には、実は内蔵脂肪型は極めて少ない。「お腹が出てきたが、つまんでも皮下脂肪は少ししかないぞ」と自慢している人が一番危ない。

 内臓脂肪はたまりやすい半面で、運動すればエネルギーとして消費されやすい。これが救いといえば救いだろう。

 肥満とダイエットについては実にたくさんのホームページがある。gooInfoseekJapanで「ダイエット」を検索していただけば、本当に山のように出てくる。一例として「ダイエット研究室」を挙げておこう。真面目に解説し、そして「魅惑の痩せ薬たち」「一発逆転の裏技達」など面白い情報もある。

◆食欲の生理は記憶、長生きにまで及ぶ

 食べたいものを食べられる時代になった。そして食べたいものを食べていればまず栄養は満たされるのだが、当たり前に見えて不思議なことではあるまいか。食欲はどうやって食物を見分けるのか。

 学術論文「味の世界」「第六回 食欲と食物選択(1984.4)」で、鳥居邦夫氏は「通常は母親による離乳期の”すり込み”と日常の生理的欲求から生体は食物を選択して摂取するものと考えられ、嗜好(preference)は形作られると思われる。そして、生体の恒常性を維持しつつ、生理的欲求に見合う栄養源を食物に求めざるを得ない動物にとって、味覚情報はきわめて重要な役割を演ずるのである。すなわち、各栄養素を代表するような呈味を有する物質の食物中での存在状態を咀嚼過程に味覚により一定程度理解する。たとえば、塩味はミネラル、甘味は炭水化物、 うまみは蛋白質というようにである」と説く。

 肥満と直結する摂食の脳中枢について、第一人者の大村裕・九州大名誉教授が「食事と脳」を提供してくれている。「気をつけなければならないのは、食事はできる限り、ゆっくりと噛んで時間をかけることである。血糖値は食事開始後4分ぐらいから上昇し、7分ぐらいでピークになり、30分以上持統する。この血糖値上昇が脳に働いて肥満のシグナルとなる。しかし、一番満腹のシグナルとなるのは、後述するように脳内で増加する線維芽細胞増殖因子(FGF)で、摂食中枢を強く抑制する。また、噛むことが脳内にヒスタミンを出させ満腹のシグナルとなる。特に硬い食品の方が強く長く噛むのでヒスタミンの遊離が多い」

 話は食事が記憶の改善に結びつくと進展する。「食事によって血液中のブドウ糖が2倍に上がるが、同時に脳脊髄液中のブドウ糖も2倍に上がる。このブドウ糖上昇が脳の特殊な細胞群からFGFなるタンパクを脳脊髄液中に放出させるのである。しかも出てきたFGFを脳内の各所の神経細胞が取り込む。この取込みが終了するのが食事開始後約2時問である。出てきたFGFは、脳の摂食中枢に働いて食事を停止させる満腹物質である、と同時に記憶に関する脳の重要な部分である海馬にも働くのである」。続いてネズミによる実験が紹介され、記憶の改善が著しいのはこの「食事開始後約2時問」という。「食事ごとに脳を新鮮な記憶可能な状態にしているということは生理過程とはいえ全く素晴らしいことである」

 記憶改善の傍証として「頭が良くなる食事学」から「学生を対象に行った調査の結果。朝食をとる学生は、そうでない学生に比べて上位成績であることが分かります。出身地、体格などあらゆる要素を調べても成績との相関関係はなく唯一、朝食をとっているかどうかだけに相関関係が見られたとのことです」を引用しておく。

 大村氏は最後に「加齢によって脳機能は老化し、また体内の免疫機構が低下していく。これは摂食制限によって相当防止できることが分かってきている。すなわち、ラットやマウスでは、出来る限り早い時期から摂食カロリーを70%に制限し、しかも食事内容は含水炭素を60%にしてタンパクプラス脂肪を40%に抑えることである。これにより寿命は2〜3倍に延長する。また、加齢による脳の学習・記憶能力および細胞性の免疫機能も低下しない。食事は脳で調節されているが、このように腹八分にすることによって脳の活牲化ならびにQuality of lifeを進めることができるのである」と結んでいる。

 飽食の時代の我々の食生活はどうだろうか。農水省の「食糧需給表」からタンパク質、脂質、炭水化物の供給割合表を取り出す。

 脂質分の摂取奨励値は25%だったと記憶する。日本人の食生活をこのままにしておいては、あまり長生きは出来そうにないと思える。