団藤保晴の
「インターネットで読み解く!」

第15回「医療費をめぐる攻防が本格化した」 (97/08/14)

 8月7日に厚生省は「21世紀の医療保険制度(厚生省案)−医療保険及び医療提供体制の抜本的改革の方向−」をまとめて、与党医療制度改革協議会に提出した。サラリーマン・自営業者の患者本人負担を3割にし、それを大病院の外来では5割にも引き上げ、高齢者の自己負担も1〜2割に設定する一方、薬価に上限を設けて上回る分は患者負担にするなど、かつてないドライな、つまり非情な改革案になっている。「現状を隠すより、国民に正直に語るべきだ」と厚相は言う。サラリーマンの自己負担は現状の1割が、9月から倍増の2割に引き上げが決まったばかりなのに、今度は3倍にとなりふり構わない。が、それ以上に、手つかずに等しかった「病院と診療所の役割分担」や「薬剤費抑制の問題」に踏み込んだのが大きなポイントだ。患者・納税者としての国民、医師・病院、製薬業界に国の財政問題まで巻き込んで、本格化した攻防の意味を探りたい。

◆不確かな将来見通し

 厚生省は「医療保険制度改革を考える」でかなり周到な情報提供をしてきた。そのひとつ「医療需要の変化と医療費の動向」に「最近の受療率(人口10万人当たりの患者数)や1人当たり受診日数の動向を見ると、減少ないし横這い傾向が見られます。すなわち、医療需要は受診頻度で見た場合、成熟化してきていると言うことができます。一方で1人1日当たり医療費は年々増加しています。すなわち、国民医療費は、人口要因を除けばいわば1日当たり単価の上昇により増加しています」とある。'90年と'93年を比べるだけで、1人1日当たり医療費は10%以上も増加している。医療機関が増加した費用を使っている先をみると、病院、診療所とも主な項目は給与と医薬品である。

 「国民医療費の将来予測」を読むと、国民医療費は'93年に24兆円だったのに2000年には38兆円、2010年には68兆円、そして2025年は141兆円へと毎年5〜6%の伸びで推計されている。これだけ増えるのだから、抑制は当然と言いたげだが、国の言うことをそのまま信じられないのが悲しいところ。同じ政府機関の経済企画庁経済研究所は、今回改革案が示されたと同じ日に「2025年の医療費は50兆円近くに達する」との推計を発表した。年平均の上昇率を2.8%とみているのだから当然の差だ。

 「医療保険財政の現状」の「政府管掌健康保険を例にとれば、平成8年度(1996年度)の赤字幅は約5,500億円、同年度末の資金残高は約3,200億円と見込まれ、このままで推移すれば平成9年度(1997年度)には資金が枯渇し、医療費が払えない状態に陥ることも予想されています。健保組合においても赤字組合数が増加し、その赤字幅も増加している」は事実だが、一番基礎になっている将来見通しにこれほどばらつきがあるのでは、たまらない。

◆海外も動いている

 「平成8年度世界経済白書」の中にある「第2-12表」に、増大する医療費に対して先進諸国がとっている抑制策がまとめられている。患者自己負担の引き上げばかりでなく、医師数の管理や病院予算制度の導入、競争原理の導入、医療情報の開示、高齢者介護制度など実に幅広く取り組んでいる。これに比べると、厚生省の改革案は経済面での締め付けに偏っているとも言える。最近になって患者側が健康保険組合を通じて自分の治療内容を知りうるようにしたが、こうした医療の中身に踏み込む点では、依然として及び腰だ。

 医師の側はどうみているのだろうか。日本医師会が7月29日にまとめた「医療構造改革構想」はどうにも歯切れがよくない。読んでいて目に付くのは「薬価差依存体質からの脱却」と「老人医療保険制度の創設」だろうか。前者は「医業経営原資としての薬価差をなくし、技術料を再評価すること」だから、要するに現在、実売価格と保険請求価格に差があって、懐に入っている薬価の差額部分を技術料として振り替えてくれということだ。後者は老人医療費を多少とも抑えつつも、現役世代からの財政支援の制度を作りたい意図が透けて見える。後ろ向きの守りに入っている。

 医師会の場を離れると、もっとフランクな発言がある。「医療費を考える」は国民医療費の国際比較をして「国によって通貨が違い、物価や人件費が違いますので、GDP(国内総生産)に対する医療費という点から国際比較してみますと、日本の医療費はGDPの約7%でアメリカの半分、ドイツやフランスより少なく、他の先進諸国と較べても、医療にお金をかけていないことがわかります。一人当たりの医療費でもアメリカやスイスは約36万円。また、ドイツやフランスでも23万円から25万円と言われています。日本の場合国民一人当たりの年間医療費は20万6300円ですから他の先進諸国と較べてもけっして高いわけではありません」と主張する。国民皆保険になっている日本より、医療保険と公的保険がある米国ははるかに多額のお金を使い、その医療の質もそれなりに高い。

 「診療報酬の抑制」では「病院の収入はこの診療報酬によって決まりますが、こんなに赤字の病院が多いのに、まだ抑制するのでしょうか。平成8年の全国公私病院連盟の実態分析調査によりますと(中略)あれだけたくさんの患者さんを一生懸命診ても、9割の公立病院は赤字なのです。私的病院はそれでも6割が黒字です。節約に節約を重ねて何とか生き延びています」とある。

 大病院の外来診療を抑制しようとする改革案が実現したら、病院側に追い打ちになるが、病院の存在自体が医療需要を作り、膨らませてきた歴史経過も半面の真実である。西日本を中心に過剰な病院病床が老人ホーム代わりに使われ、それを抑制するために地域医療計画の名の下に病床数の規制が10年来進められてきた。厚生省は改革案で普通の風邪でも大病院にかかりたがる患者を閉め出そうとしているものの、高度な治療だけで生きていけるほどの能力や仕組みが国内の病院にあるのか、真正面から問われたら、困るはずだ。病院と診療所の問題については「医療制度改革の実現へ向けて─病院と診療所の新たな時代─」を参照資料として挙げたい。

◆医師過剰時代の入り口

 医学部の公衆衛生学教室は医療政策も研究対象にしている。その学生達が「『医師過剰時代』論に対する一考察」と題したレポートを公開している。「fig.1」のグラフを見ていただくと、すでに医師過剰時代に入りかかっていることが見て取れよう。西日本の過剰が先行しているが、全国的には5年もすれば明確な過剰が見えてくるはずだ。'80年代にこの恐れは指摘済みで、医学部の定員削減措置がとられたが、効果的とは言えないものだった。かつては過剰な病床が不要な医療費を生み出したが、今度は過剰な医師が不要な医療需要を造り出す危険が出てきた。いや、すでに造り出されているというのが正確だろう。「医療提供体制の現状」にもデータがある。

 この「一考察」に「医師数の増加が医療需要を生み出すという傾向は否定できない事実であり、医師数の増加に伴う医療費の増加についての影響は、病院勤務一人当たり年8,000万円、開業医一人当たり年6,000万円になるという試算もある。また医師数の増加は、医師1人当たりの患者数の減少によって、1人当たりの診療時間が延長するという良い面もあるが、一方で過剰診療を触発し、1件当たり診寮費を増加させるという方法で収入減を補って、所得が大きく低下しないようにすることが起こりかねない。このように、国民医療費の激増を招かないためにも、また医療の質の確保という面からも、医師過剰状態を生じさせない対策が求められる」と、率直な記述がある。7,700人以上ある医学部定員の相当数が、毎年、余剰になる時代が迫っていると考えると恐ろしい。

 ドイツでとられた対策が、一番劇的なものだろう。「ドイツ医療改革の流れ」にある「定員制を導入、保険医需要計画に沿って過剰地域での保険医の認可制限」がそうだ。これには医師側から職業選択の自由を侵すとの抗議が出たが、政府は「保険医になれなくても自由に開業できるのだからかまわない」と突っぱねた。「(1)各分野で予算枠を設定(薬剤費以外は3年間の暫定措置)(2)家庭医と専門医を区分し、家庭医の診療報酬を引き上げ(包括化)(3)病院の出来高払いを廃止し(一日定額制)一件当たりの包括払いなど新しい診療報酬体系の導入」など、ドイツの'93年改革には一貫した強い意思を感じる。

 国内の政策の決め方が密室型で、オープンな議論がないと言われる。'96年11月の「第54回規制緩和小委員会審議概要」は医療費の各関係者が集まって議論しており、一読の価値はある。

 家電商品に二番手狙いがあるように、新薬にも「ゾロ新」がある。「(参与)薬価を引き下げているなかで、薬剤費は減るどころか増えている。この原因はゾロ新の大量発生ではないか。医薬品は、長期間使えば使うほど効果や副作用も分かり、有用性が高まる。しかし、現在の日本の薬価の決め方は、当初高くつけておいて短期間に大幅に引き下げるため、医薬品は、非常に短期間のうちに市場から消えていき、値段の下がった医薬品をどんどんゾロ新に入れ換える事態が大量発生している。日本の大手10社の研究開発費は、欧米の3分の1から6分の1しかない。年間7千億円もの巨額の研究開発費を投じていながら、日本の医薬品メーカーは、世界的に見れば中小ばかりで、ピカ新に挑戦できる体力を持っていない。そのため、ゾロ新志向になる。ゾロ新だと世界で売れないので、国内だけを相手にした考え方になり、厚生省との関係が不透明になっていくのではないか」と、手厳しい発言がある。

 製薬業界から「日本のメ−カ−はゾロ新ばかり開発しているような話が出ているが、1970年から92年までの22年間で世界的に通用する医薬品の国別数の調査結果(アメリカの公式発表)では、全体数267のうち、第1位はアメリカの114、第2位は日本で29、第3位はドイツ・イギリスでそれぞれ24、第4位がスイスで21。アメリカに比べれば少ないが、他の諸外国に比べれば多い」と反論はあっても、私は指摘発言の大半が真実だと思う。しかも、国内での新薬臨床テストの質に問題があって、再評価で効果無しと判定された薬に膨大な薬剤費が払われていたり、海外からみるとおかしな薬はいくらもある。抗生物質は新しい薬はできるだけ温存して、古い薬から使っていくのが耐性菌を増やさないための常識だ。薬剤費をめぐる欲得ずくの動きは、この医療常識すら危うくさせている。

 厚生省改革案はとりあえず財政の危機を救うことに熱中するあまり、関係者の行動をお金で制御しようとしている。本来は老人介護を含めて次の世紀にどれほどの医療水準が必要か見極めるのが先決のはずであり、それには医師の養成の仕方から始めて様々な見直し作業が山のようにあるのだが、能力に余るとみた。「ストックホルム厚生省訪問」は、有名な老人医療改革について現地の評価を聞き出している。「スウェーデンの医療制度は大きな改革を遂げたと言えます。特別な診断でみた場合、ストロークという脳溢血関係の病気の患者の例ですが、その平均的な治療期間は1989年は17.6日間、1994年で8.2日間となっています。薬剤による治療を行なった場合を見てみると、89年は21日間だったのが、94年は7.9日間で治療を終えました」

 こんな元気のある言葉が、官僚の口から聞ける日が来るだろうか。



【INDEXへ】

無料メールマガジンとして配信中。登録される方はこちらへ
【リンクはご自由ですが、記事内容の無断での転載はご遠慮下さい】

※ご意見、ご感想や要望はメールフォームで