第17回「種子・修飾された遺伝子世界」

 遺伝子組み換え食品に対する「抗議行動」が4月下旬、世界27カ国であった。厚生省がその安全性評価を確認したものだけで大豆、ナタネなど「15品種」にのぼっている。除草剤に対する耐性遺伝子を付与した大豆の場合、昨年収穫された米国産大豆の2%を占め、すでに通常の大豆と混ぜられて国内に輸入されている。最大2割の増収効果が言われ、収穫の割合は今年秋には10%に達するとみられている。世界的な大豆豊作見通しの中で大豆相場は春先に比べて1割近く下げているのに、8月には東京市場で米国産有機大豆は逆に10%以上高騰して普通大豆の3倍にもなる異常現象が起きている。厚生省が「遺伝子組み換え食品の表示は必要ない」との立場を変えないのに強く反発する消費者の動きを見て、大豆を使う豆腐メーカーなどが、「組み換え技術を使わない」と有機農産物認定団体が明言している米国有機大豆の確保に走っているためだ。

◆遺伝子組換え農作物の今ここまで

 一番早く店頭に出た遺伝子組み換え農作物は「海外で開発されている組換え農作物の現状」にあるように、米国カルジーン社の日持ちの良いトマト「FLAVR SAVR(フレーバーセーバー)」である。熟しすぎないようにする遺伝子が入っていて流通には便利だ。まだ国内市場には入っていない。

 その遺伝子を、キリンビールが自社のカロチノイド合成系遺伝子と引き替えに国内に導入して、国産トマトと掛け合わせる。同社の「ニュースリリース」には「現在、当社では、日本の気候・風土・栽培条件・そして日本人の嗜好に合った完熟での流通が可能なオリジナル・トマトを開発するために、この『FLAVR SAVR』トマトと、当社関連会社トキタ種苗株式会社(社長 時田勉)育成のトマトとの交配による育種を進めています。当社は、この『FLAVR SAVR』トマトについて、平成6年12月より農林水産省の定めた指針に基づき『模擬的環境利用』での安全性評価を実施し、安全性が確認されたことから、平成8年4月からは指針の次段階である『開放系利用』を開始しました」とあり、国内でも一般野外での栽培が始められた。トマトジュースの大手カゴメは英国の会社と組んで同様の開発をしているが商業化に慎重なのに、キリンは積極的と割れている。

 遺伝子組み換えによる育種栽培については、農水省の「組換え農作物早わかりQ&A」が広範囲に豊富なグラフィックスを交えて解説している。基本的な考え方は「人類が利用する生物の改良は、私達が生命を維持していく上で最も基本となる食料を将来にわたって安定的に確保していくため、また、将来予想される地球規模の環境問題を克服していくためにも不可欠な取組です。遺伝子を組み換えることも、これまでに人類が行ってきた品種改良と同じであり、技術自体も従来の改良技術の延長線上にあるものです」と、過去の品種改良と変わらないとの立場をとっている。そして、産業利用を進める上でOECDで合意された安全性評価の最も基本的な考え方「実質的同等性」について「導入する遺伝子が産生するタンパク質の安全性を確認し、また組換え農作物とその元の農作物とを比較して様々な性質に変化がなければ、安全性について元の農作物と同等であることが明らかになるということです」と述べている。

 組み換えの専門的な技術解説は、植物工学研究所の「遺伝子を導入する方法」などを見てもらうほうがよい。生物間を移動する遺伝子プラスミドを利用した「アグロバクテリウムによる方法」と、細胞壁を取り除いた裸の細胞と目的の遺伝子DNAを溶液に入れて高電圧パルスをかける「エレクトロポレーションによる方法」、それに金属粒子に目的のDNAをまぶして細胞中に撃ち込む「パーティクルガン法」が主な手法であり、組み換え後に細胞培養して元の植物体まで育てる。動物の場合は細胞ひとつから個体にまで育てるのは極めて困難だが、植物の場合は十分可能になっている。

◆食品としての安全性論争

 日持ちトマトの場合なら熟成させる酵素の働きを妨げるようにする。大豆やナタネ、トウモロコシでの遺伝子導入は特定の農薬や害虫、病気に耐性を持たせる。植物を枯らせる農薬を散布したら雑草は死ぬのに、その大豆だけは生き残る。害虫に抵抗性があるというのは、害虫に対する毒物を産み出しているということだ。うまく出来ているが、人が口にする食品としてどうか。

 食品としての安全評価は厚生省の仕事である。こちらにも「遺伝子組換え食品の安全性評価に関するQ&A」が用意されている。遺伝子導入で新たに造り出されるようになったタンパク質が、人にアレルギーを引き起こさないかがひとつの焦点である。「問12」に対し「1.アレルギーを引き起こすかどうかについては、安全性評価指針に基づき、遺伝子産物のアレルギ─誘発性に関する資料が提出されています。2.提出された資料では、遺伝子産物がアレルゲンとして知られているか、また、既に知られている食物アレルゲンと構造相同性があるかどうかについて、データベース検索により確認しています。また、胃腸液又は加熱などで、遺伝子産物であるたんぱく質が分解することを確認しています。3.これらの資料について、食品衛生調査会で個別に十分検討された結果、提出された資料が適切なものであると判断されたものです」と手順の説明がある。開発当事者が提出した書類を審査するということであり、毒性についても同じ考え方だ。

 市場流通段階で表示義務を課すべきかどうかの「問10」に対しては「3.これまで、食品衛生法に基づき、期限表示、保存方法などの表示を製造者等に対し義務付けてきましたが、これらは、いずれの場合も、表示をしなければ食中毒などその食品による危害等が発生するおそれがある等から、表示を義務付け、他の食品と区別してきたものです。4.一方、遺伝子組換え食品については、遺伝子が組み換わるという点においては、従来行われてきた品種改良などの伝統的な方法を用いて改良された既存の食品と差はないこと、さらに、指針に基づきその安全性評価を確認したものであることから、安全性の観点からは、他の食品と区別して表示を義務付ける必要はないと考えています」と、農水省と同一の態度である。

 輸入が認められた'96年末から、消費者の反対行動は急速に拡大している。「九州の動き」など。この9月5日に農水省や厚生省に作物開発側の関係者まで集めてシンポジウムを企画している「遺伝子組み換え食品シンポジウムのご案内[市民がつくる〜わたしたちの表示部会]」に、消費者としての心情が吐露されている。お母さんたちのQ&Aとして書かれている「品種改良とどう違うの? いままでの品種改良は、同じ種の中で優れた性質を持った作物を自然に交配し、偶然できた良い性質を更に掛け合わせるなど、5年、10年と時間のかかるものだったの。でも、その長い時間は、人間にとって有害なものを振り落としていく過程としてとても大切なものなのよ。ところが遺伝子組み換えは、生物の長い進化の歴史を無視して、その生物の中になかったタンパク質を無理やり作らせるため、眠っていた遺伝子が働いて、人間に有害な物質を産生してしまう可能性があるの」「害虫抵抗性作物ってなあに? 作物の細胞にBT菌という細菌の毒素を組み入れると、その作物の中に害虫を殺す毒素ができるんだよ。今回日本に入ってきたのは、トウモロコシとジャガイモだね。だけど、BT菌の毒素は食中毒を起こすセレウス菌の下痢毒素ととてもよく似ているという研究データもあるんだ。遺伝子を組み入れられた作物は、細胞のひとつひとつにその毒素を含んでいるからどこを食べても虫は死んでしまうんだって。虫が死んでしまうような毒素を人間が食べてもだいじょうぶなのかなあ!」など。

 この問題の米国の専門家フェイガン博士による「指摘」もある。「遺伝子組み換えはまだ不確実の技術であり、これを食品に適用することは深刻な誤りであると厳しく指摘しています。遺伝子組み換え食品が未知のアレルギーや新しい毒性を生み出し、栄養価を減少させるなど、いまは予想できない副作用をおこす可能性があるからです。しかもそれにたいする研究、安全性テストはきわめて不十分。とくに日本に第一陣として輸入されるモンサント社の除草剤耐性大豆『ラウンドアップ.レディ大豆』は、マウスなどの動物に4−6週間食べさせて急性毒素があるかどうかの実験をしているだけ。人間がこれを長い間食べていると、神経や消化系統などにどのような影響がでるかといった慢性毒素や催奇性などの実験は全くやられていません。(中略)最低千人くらいの人に一定期間食べさせる実験が必要だと指摘。食品添加物や新薬のように慢性毒素、催奇性、アレルギー性などの試験を義務づけるべきだ」をはじめ、突っ込んだ記述があり参照されるべきだろう。

 世界の動きは、農水省自身が「米国、遺伝子組換えトウモロコシを巡る情勢、961224」で伝えているように、オーストリアの販売禁止、スイスの表示義務付けの動きなど国内とは大幅に異なっている。政府レベルはともかく、消費者に拒否の姿勢が強まっている国も多いようだ。

◆種子ビジネスが変えてきたもの

 国内の代表的な種子メーカー、タキイ種苗の「開発史」を見ていただこう。断然、有名なのが「桃太郎トマト」である。この完熟タイプのトマトが市場を席巻したおかげで、トマトのイメージは真っ赤なものに変わってしまった。'85年にこのトマトが現れる以前を覚えている方なら、もっと青臭かったはずだと思い起こされよう。桃太郎トマトの種子は、ミニトマトの系列から生まれた高糖度の片親と、果肉が従来になく硬い海外種から発した片親を、専門の栽培農家が掛け合わせて作った雑種だ。だから桃太郎トマトを栽培した人が種子を採ったとして、翌年まいてみたら子の代には桃太郎もできるけれど、とんでもないトマトも生えてくるから商業生産にはならない。「一代交配種」と呼ぶ特殊な種を生産しているから、メーカーは売り物が絶えない仕組みになっている。

 種子メーカーは細胞融合などのバイオ技術で産み出した遺伝子資源も、一代交配種の仕組みを利用して種子にして売り出している。「今月おすすめの品種」に紹介されている、結球内部が鮮やかなオレンジ色をした生食可の白菜「オレンジクイン」がそうだ。遺伝子組み換え作物も、このようにして種子開発の遺伝子資源のひとつとして使われるならば現在の安全評価の対象からさえ外れてしまうという。

 農作物の商業生産と、それを支える種子の商業生産は相互作用、相乗作用で食についていろいろなものを変えてしまった。京大農薬ゼミの「これでいいの?今の野菜」が、甘くなったトマトだけでなく、歯ごたえがしなくなったキュウリ、ビタミンCが激減してしまったホウレンソウなどについて検証している。「野菜のビタミンCの含有量の減少が既に日本人の健康に影響を及ぼしている、という指摘がある。帝京大学医学部の橋詰助教授が、埼玉県坂戸市の18〜58歳の職員40人に対して行った調査がある。この調査は、血液中のビタミンCの濃度をはかるもので、その結果、全体の22%の人が潜在的ビタミンC欠乏症であるという結果が出た。奇妙なのは、同時に行われた食事調査の計算上では、1人1日あたり129mgと必要量の2倍ものビタミンCを摂取していることになることである。この計算上のビタミンC摂取量の半分近くは野菜に依存しているので、野菜のビタミンCが計算値より少ないと考えられるのである。潜在的ビタミンC欠乏症は、直接の自覚症状が無くても、免疫やストレス耐性の低下につながるという」。対策として「1,食品成分表の改訂を早くし、調査結果を随時公表する 2,食品成分表のみに頼らない、個々の販売者、食堂による栄養調査が必要 3,良い売り手を探し、提携する」。そして「最後に、食べる側自身が野菜の本当の姿を学ぶ必要がある」と主張する。

 食について保守的であることは、人間にとって根源的なところから発する欲求だろう。食品添加物などについては注意が払われるようになってきたが、丸のままの野菜ならまず心配はなかった。それがバイオ技術の進展によって、野菜などの上辺だけ見ていたのでは危うくなっていることを理解していただけたと思う。