第18回「電池の革新が引っ張る先」

 8月上旬に「旭化成工業がリチウムイオン電池の国内での基本特許を確立」とのニュースが流れた。'90年にこの電池を世界で初めて量産化に成功したソニーが断然トップを走っていたはずなのに、といささか意外だった。蓄電池で出遅れていたソニーは他社の弱いところから参入して成功したと聞いているが、旭化成の特許内容は正極と負極に使う素材の組み合わせに始まる3項目で、確かに基本的なところは押さえている。ノートパソコンや情報端末、携帯電話など、需要が急速に伸びている、この最も高性能な蓄電池。新規参入メーカーが相次いでおり、旭化成は各社に特許使用料を請求する構えだ。特許の世界では、米国が日本などの先願主義とは違う仕組みをもち、時々とんでもないサブマリン特許が現れることがあるが、重要なデバイスで国内でまず特許を確立したことを評価したい。今回は一見、地味な存在である電池が、時代を動かす鍵にもなるという話。

◆小型・軽量化の支柱

 電池の性能評価はいろんな条件を付けた上で説明されており、結構面倒だ。概略のイメージをつかんでもらうために敢えて言うと、家庭で一番普及しているニッケルカドミウム(ニッカド)電池に対して、次世代電池としてまず現れたニッケル水素電池が5割増し、リチウムイオン電池は2倍のパワーがある。リチウムイオン電池は電圧が高いこともあって、ニッカド電池なら3本要るところを1本ですませることができる。まだコストが高く、汎用品として市販されていないので気付きにくいが、われわれの目の前で進展しているさまざまな電子機器の小型・軽量化の支柱になっている。

 第一生命の調査レポート「モバイル市場拡大を支える二次電池」は、この蓄電池3種の勢力関係が'96年に入って、劇的に変化したことを伝えている。「資料2」のグラフを見ると、立ち上がったばかりと見えたリチウムイオン電池の生産が'96年後半には、他2種の合計をも上回る存在になってしまった。「リチウムイオン電池市場に於いて特徴的であるのが、従来の二次電池市場とのプレイヤーの相違である。ニッカド電池市場に於いては2社寡占の状況にあり、ニッケル水素電池も当該2社に1社を加えた3社寡占の状態にあった。しかし、リチウムイオン電池市場で現在トップシェアを有しているのはこれらとは別の会社であり、将来的な成長を見込んで化学メーカー等も含めた新規参入も相次いでおり、現在10数社が市場に参加している」

 シェアトップのソニーが月産1,000万個を'98年春に1,500万個にしようとしているのに対して、月産500万個程度の生産設備増設を進めている下位メーカーがいくつもある。ニッケル水素電池を含めた高性能蓄電池の分野で、国内勢が世界をほぼ支配する状況にある。'96年のリチウムイオン電池生産量1億1,500万個は前年比4倍近かったが、'97年も驚くべき数字になりそうだ。大阪税関による「蓄電池ブーム! 輸出入額とも過去最高!」に、'96年で2,343億円にも膨れ上がった蓄電池輸出を中心にグローバルな動きが見える。

◆大手が電気自動車に動き出した

 特許会社に敬意を表して旭化成の「Core Technologies」を挙げておこう。電池としての容量を鉛蓄電池、ニッカド電池、ニッケル水素電池と比較したグラフがある。特に鉛蓄電池と比較した場合、体積、重量当たりいずれも何倍も大きいことが見て取れよう。普通の車のバッテリー1個をリチウムイオン電池に取り替えてもさしたることはないが、電気自動車なら話は違う。従来試作されていた電気自動車の類は、人間が乗るスペース以外はほとんどと言えるほどバッテリーを大量に積んでいるのに大した走行距離を稼げなかった。

 電気自動車については日本電動車両協会の「でんき自動車って何?」に、かなりの情報がまとめられている。「世界の電気自動車」を見ると、普及台数は英国の25,000台を最高に、日米が2,500台前後に並んでいる。とても普及したと言える状況ではない。ところが、これまでは中小のメーカーしか関心を示していなかった電気自動車に、トヨタ、日産、ホンダなど国内大手の自動車メーカーが本気になっているのだ。米国・カリフォルニア州のZEV(ゼロ・エミッション・ビークル)規制導入が決定的だった。2003年には各社がカリフォルニア州で販売する自動車台数の内で、電気自動車など排気ガスを出さない車を10%とし、目標が達成できないメーカーは1台につき5,000ドルの罰金を払うことなどが盛り込まれている。罰金を支払うことは全米市場の10分の1を占める大市場から、事実上撤退させられることを意味する。

 '96年9月に、まず国内でトヨタが「RAV4L EV」を売り出した。この電池はニッケル水素電池だったが、走行距離215キロ、最高時速125キロ、電池寿命6年以上は鉛蓄電池時代の車に比べ、数倍である。かつて1台800万円もした値段も下げているが、やはり高価で495万円。ホンダもニッケル水素電池を使った「HONDA EV」を、日産はリチウムイオン電池を積んだ「プレーリー ジョイ EV」を年内に市場に出す。走行距離、動力性能などはだいたい似ている。量産を始めるものの、年産規模は当面100台、次いで月産100台に上げていく。'96年末に先行してカリフォルニア州で発売したGMの電気自動車は走行距離130キロ程度で、販売不振が伝えられている。国産勢は一回り高いレベルの車でカリフォルニアに乗り込むことになる。

 このほかにも電気自動車をめぐる、さまざまな動きがある。「電気自動車」に要領よくまとめられているので、参照ページに挙げる。バッテリーの充電設備を広く展開する必要性と、その際に充電するのではなく、バッテリーを交換すればいいのだとの意見は実現すれば確かに面白い。

 電気自動車といっても、商用電源から充電するのだから無公害ではあり得ない。その電気を起こした発電所が存在するからだ。それでも「運輸部門における地球温暖化問題への対応方策・第2節 短中期的に採るべき個別施策」にあるように、電気自動車の「CO2排出量は発電時を考慮してもディーゼル車の約50%程度の大きな効果」がある。現在のエンジン車のエネルギー効率がいかに悪いか、この数字だけでも分かってもらえる。工業技術院がこの7月に発表した「リチウム電池を対象にしたライフサイクルアセスメントの実施について」には、製造、走行、維持管理、廃棄まで含めたガソリン車と電気自動車の比較があり、エネルギートータルで6割しか使わないことになっている。大都市の窒素酸化物規制は事実上尻抜けになっているから、この面でも都市部での導入は意味がある。ところで最近では、昼間の電力需要ピークに出力変動幅が小さい原発増設で対応しているために発生する、夜間の余剰電力の消費先として、電力業界などから期待され始めている。個人的に電気自動車に改造する人たちが出ていて「ディーゼルに比べて燃料費は半分だ」と自慢している。社会的・技術的制約から生まれた苦心の産物だが、量産で高性能電池の値段さえ下がれば大きな勢力になりそうだ。

◆省エネの特効薬、燃料電池

 エネルギー利用効率の高さで期待が高いのが燃料電池である。その仕組みについて、インターネットらしくJAVAを使ったアイデアで、燃料、空気などの動きを見せてくれるのが「燃料電池って何?」。電池というより、水素ガスによる直接発電に近く、直感的には分かりにくい点があるが、この図解説明はなかなかよい。宮崎大の「燃料電池研究室」も詳しく勉強してみたい人に挙げておく。

 日本ガス協会の「技術開発基本計画・97年4月」に「発電効率が高く、NOxの排出が極めて少なく対環境特性に優れる燃料電池は、新たな都市型発電装置、コージェネレーションシステムとして商品化・市場普及期待されている。平成6年度に発表された『新エネルギー導入大綱』では、2000年に20万kW、2010年に220万kWの市場導入が期待されている」と位置づけがある。現在、設置されているのは51台で8,750キロワット(50kW 9台、100kW 7台、200kW 33台、500kW 2台)である。1基百万キロワット級が当たり前の原発や火力に比べるべくもないが、都市部に設置できて、発生する熱を給湯・冷暖房などにも使うコジェネレーションに仕立てられるため、総合エネルギー効率は、熱を捨てている商用発電の35%程度に対して、80%と格段に上げられる。

 '95年末の電気事業法改正で、民間会社も電力の卸供給に参加できるようになった。勢いに乗って燃料電池システムがもっと展開するのかと思っていたら、高コストに加えて商用電源との接続問題も米国のように自由にならないのか、普及は足踏みしているように感じられる。2010年220万キロワットの半分を担うと想定され、国家プロジェクトとして推進されている「溶融炭酸塩型燃料電池」は、現在1,000キロワット級が中部電力川越火力発電所構内に建設中であり、'98年度末の運転を目指している。どうも、こうした官民、業界一体の研究組合式開発は、実用への展開では小回りが利かない感じがする。

 NTTが発表している「災害時にも適用できるマルチ燃料型の燃料電池システムを開発」のほうは、災害時に都市ガスの供給が止まっても、備蓄してあるLPガスに切り替えて支障無く運転を続けられる。重要な通信設備を維持するばかりでなく、電力供給が断たれた場合に、最低限の供給をする基地としても使える。阪神大震災などの経験を生かした技術開発と思われ、実用的で好ましく感じた。有望な燃料電池システムをこんな風に生かせるなら、自治体や大規模団地などが使わない手はないと思う。団地を開発しているデベロッパーにそうした知恵が出てこないものか。

 米国ペンシルベニアの「燃料電池設置による高齢者センターでの省エネルギー」には「本燃料電池システムは、電気出力で200kW、さらに熱出力で100kWの省電力能力を持つ。本事例では、設備工事費は300,000米ドル(USD)を要したが、現在では100,00USD強ですむとみられ、工事費を含めた燃料電池の総コストは、おおよそ500,000USDとみられる」「80,000USDのエネルギー費節減は達成できたと見られる。この80,000USDにより、燃料電池システムの総コスト500,000USDの単純回収期間は、6年強となる」との実例報告がある。

 もっと、出来るなと感心したのはカナダ開発の「水素燃料電池動力の路線バス」である。「実証バスの燃料補給までの走行距離は160kmであるが、開発中の実用プロトタイプでは400kmを超え、間もなくディーゼルに匹敵する550kmに延びると期待される。バンクーバー地区の交通条件下での性能評価からは、極めて良好な結果が得られた。水素燃料電池システムは、ディーゼルバスとの比較で、少なくとも50%のエネルギーの節約になると推定される」「1995年9月には、シカゴ市が、市バス2,000台の転換を目標に、この実用プロトタイプを実証計画用に3台発注した」

 今回は化学電池に限った。物理電池である太陽電池は別の機会に、別の視点から見てみたい。