第28回「養殖漁業に吹く世界化の風」
◆我々はどんなエビを食べているのか
物価の優等生と言われるものに、卵と並んでエビがある。「海老よもやま話」が、それを支えた過去20年余りの海外エビ産地の盛衰を伝えてくれる。「20数年前は、中国がわが国の海老の輸入相手国のナンバー1だった。当時は天然の海老がほとんどで、渤海湾の大正海老が中国からわが国に輸入されていた。海老業界では中国大正と呼ばれている。この頃は養殖海老は、国産の車海老しかなかった。ところが、15年ほど前に、台湾で通称ブラックタイガーと呼ばれる車海老の仲間が養殖されるようになり、爆発的に生産量が増えた。一時、台湾がわが国の海老輸入国相手国のナンバー1になった。あの小さな国の台湾が、養殖のおかげで世界で有数の海老の生産国になったのだ。ところが、海老のウイルス病による病死で、台湾の海老養殖は幕を閉じた。高密度養殖による養殖池の汚染が原因と言われている。養殖池の老朽化とも言われている」
こうして始まったエビの大量養殖は、各地の養殖池を使いつぶす形でまず台湾からタイへ、さらにマレーシア、インド、インドネシア、フィリピン、ベトナムなどへと広がっていった。東南アジアの水辺に多いマングローブの林がエビ養殖のために大規模に破壊され、エビ養殖が去った後、生態系を立て直すためにマングローブ再生が試みられたりしている。
今ではエビ市場の4割はブラックタイガーが占めるようになった。クルマエビ類については「海老の種類」を参照していただきたい。そのほかにも100種類くらいのエビが輸入されている。それにしても、かつて最大のエビ輸入相手国だった中国と、国際市場でエビを取り合う時代が来るとは。
大量養殖は、「姿のイセエビ、味のクルマエビ」と珍重されたクルマエビの大衆化を目指して始まったのだが、海外と国内でのエビ養殖はその様子が違う。「クルマエビ」に「日本では活き作りのクルマエビは、その優雅な色彩と甘美な味わいのゆえに、古来海の幸のうちでも最高級の料理の一つに数えられてきた。したがって日本でエビ養殖といえばクルマエビの養殖に限られ、必ず活きエビとして出荷され、料亭やホテルなどで豪華な料理として提供され、品質においても養殖ものが天然ものに比べて勝るとも劣らぬほど高く評価されている。一方、今日海外で養殖されているクルマエビ類は多種に及んでいるが、一部の国で海鮮料理用に水槽に活かして鮮度を売り物に提供されている以外、大部分は発展途上国から冷凍エビとして日本、アメリカ合衆国、ヨーロッパ諸国などに大量に輸出され、一般家庭向けに冷凍エビとして惣菜用に安価に売られているほか、業務用としても大量に消費されている」「これらの冷凍エビは、日本で養殖した活きクルマエビとは消費形態が異なり、両者間には原則として市場での競合はない。海外のクルマエビ類の養殖に比べると、わが国のクルマエビ養殖の経営規模は極めて小さい。しかし、活きクルマエビは、舌が肥えて味に独特のグルメ市場向けの商品であり、美味で華麗な銘柄物を作る繊細な名人芸が評価されるような商品である。海外のエビ養殖が一般向けの冷凍食品を作っているのとは目標の高さが違う」
水産物の養殖物といえば、淡水のアユにしても海産の代表ハマチ類にしても、身のしまった天然物のほうが、エサの食べすぎでこってりした養殖物より美味と相場は決まっている。なぜ、クルマエビだけは違うのか。「エビについてのよくある質問」に、「その秘密は、体に含まれる脂肪分にあります。魚などは脂肪からくる匂いがあり、匂いは味覚に大きく影響を及ぼします。魚や肉類のような飼料に由来する脂肪臭が天然の餌を食べているものとはちがいますので、匂いで味を区別することができます。しかし、エビには脂質はわずかしか含まれておらず、エビの味はタンパク質を構成するアミノ酸に由来し、体のタンパク質を構成するアミノ酸組成は、天然も養殖も同じですから、味は変わりません」と、その答があった。
◆陸上養殖への動き
そのクルマエビを陸上で養殖してしまう会社が現れた。「海水無交換、クルマエビ陸上養殖」に「陸上で、海水を全く交換しない陸上養殖システムが開発され、神戸市の農耕地でクルマエビ養殖が行われている。このシステムは直径500ミリパイプの中に多孔質砂を入れ、クルマエビの糞尿などが貯まらないように水を常に循環させると言うもの。大量の海水を使用しないため、海から遠く離れた休耕地や、ビルの屋上でも可能な養殖方法が確立された」と紹介されている。(注:現在は日本陸上養殖総合研究所に移転)
陸上養殖はこれまでにも動きはあった。「農林漁業に関する現地情報」に、長崎県でアワビの例として「陸上養殖は、長さ6m、幅1m、深さ30cmの水槽(6基)にU字型のシェルター30本程度を沈めて、孵化1年の稚貝(2cm〜3cm)を付着させ、ポンプで汲み上げた海水を流して育てるもので、2〜3年で出荷可能サイズ(7〜8cm、70〜80g)に成長する。餌は時化(しけ)の後に大量に流れ着く海草類やわかめ養殖で出荷に適しない茎等を利用するため安価なうえ、海草の乱獲による磯焼けの心配もない。また、海上養殖に比べ、いかだの付着物除去の手間も省け、作業も軽易で高齢者でも安全に行うことができるという。今後は水槽を12基に増設し、7万5千個を養殖(毎年2万3千個の出荷)する予定」と報告されている。しかし、きれいな海水を大量にかけ流すだけのものでは、養殖による海の汚染は避けられない。直接、海面のいけすにエサを大量にまいてしまうよりましなだけだ。ハマチなどのいけす下の海底は、食べ残ったエサでヘドロ状になっていることが多い。
新しい陸上養殖は海から離れて、自前の閉鎖系で水を循環して行なわれるのが特徴だ。海外のほうが進んでいて、「海外研修報告−陸上養殖システムに関する装置技術−」は「陸上養殖は、水質管理を徹底できる為、高密度養殖が可能になり、また、海面養殖に比べ給餌管理も容易で施設の耐久性の点でも有利です。反面、高度な水質管理や採算が取れる低ランニングコストのシステム等の周辺装置技術が必要になります。欧米では、陸上養殖の為の開発研究が進んでおり、水槽から餌やワクチンにいたるまで見習うべきところが多くありました。また、実際に陸上養殖が実業化されて大きな利益をあげる所が出てくるなど、確実に陸上養殖に進んでいることを実感して来ました」と述べている。
続いて、この「報告」は「生産規模は、100〜500トン/年で従業員は、2〜3名です。従業員一人当たりの生産量は日本の10倍以上となっていますが、これは養殖密度が100〜150kg/m3(日本では、10〜20kg/m3)と高いこと、給餌や水の管理がほとんど自動化されていることなど大きな要因となっています。養殖システムのコンサルタント会社があり、ほとんどの養殖場では養殖ノウハウや設備面で指導を受けています」と、日本とかなり次元の異なる養殖漁業が営まれていることを伝えている。
国の予算にも「平成10年度予算の農林水産省概算要求まとまる」で、環境保全型養殖の推進の柱として「海洋環境に有機物を排出しない養殖を実現するとともに、最適な養殖環境を創出し生産性の高い養殖を可能とするため、陸上における閉鎖循環方式による海産魚類等の養殖技術を開発[環境創出型養殖技術の開発(10年度要求額7千万円)]」と、ようやく顔を出した。国連海洋条約の下では、各国はそれぞれの水域での漁獲可能量を把握、管理して、水産資源の獲りすぎをなくし、資源と環境を保全しなければならない。新しい領域を開拓するとしたら、陸上なのだろう。
◆養殖資源のこれまでとこれから
「食料」によると、世界の養殖魚の生産は'93年に1,630万トンで、10年で倍増以上のペースで拡大している。淡水魚の3分の2、サケの3分の1、エビの4分の1は養殖だった。アジアが養殖の中心で、中でも中国が生産量600万トンにも達する。「平成七年度漁業白書」で、国内の動きを見ておきたい。「漁業部門別生産量及び生産額の推移」のグラフを参照すると、沖合漁業が急速に漁獲を減らし、養殖以外の沿岸漁業も下落傾向にある。'94年に海面養殖が134万トンにも増えて、181万トンの養殖以外の沿岸漁業に迫っている。漁業全体の水揚げは810万トンだから、養殖は6分の1をうかがうところだ。従来は水揚げの減少分を輸入増加で補ってきた。
国内の場合はクルマエビに限らず、刺身として食べられるような高級な養殖が求められがちだが、世界的にはタンパク源として生産量が重要視される傾向にある。「ティラピア(イズミダイ)未来の養殖魚」は「FAO(国連食糧農業機関)および国際養殖協会は、ティラピア(イズミダイ)がこれからの未来の魚であると発表した。ティラピア(イズミダイ)は非常に早熟で活発な魚で、一匹のメスから約200個の卵が生まれる。淡水でも海水でも養殖が可能で、場合によってはエビと共に受精させて、エビ養殖場で代替種として養殖することが出来る。エンジニアのロジャースタッグ氏によると、エクアドルでのティラピア(イズミダイ)の集中養殖は年間で1ヘクタール当たり250,000から300,000ポンドの生産を可能にする」。1ヘクタール当たり、年間で130トンほどの水揚げだ。ティラピアは淡泊な肉質で刺身でも食べられる。
バイオテクノロジーは、養殖漁業にも新しい増産ツールを提供している。インターネットにある日本語ページでは見つけられなかったのは残念だが、たとえばJOISデータベースを検索すると、カナダ・トロント大などの研究として、成長ホルモンの遺伝子に手を加えて「タイセイヨウサケの受精卵にミクロインジェクション法で注入して得たトランスジェニックサケでは、成長速度が劇的に向上し、1年後には対照の2〜6倍、最大13倍に達した」などが出てくる。こうした遺伝子組み換えサケを、消費者がどう受け止めるかといった調査も公表され始めているので、輸入されるサケの中に混じる日が近いかもしれない。
サケ成長ホルモンの研究は国内でも進められているが、思わぬ方向で養殖漁業の未来に貢献しそうだ。養殖研究所による「ウナギの種苗生産」である。「養殖ウナギの種苗(シラスウナギ)を生産することは非常に困難とされてきたが、人為的にサケ脳下垂体懸濁液や成熟誘発ステロイドホルモンを注射することにより、安定して、多量の受精卵や孵化仔魚を得ることに成功し、シラスウナギの生産に道が開かれた」。ウナギの生態は謎に包まれていて、これだけ大量に養殖し、食べられているのに、稚魚であるシラスウナギは初夏のころ、西日本の河川に海から遡上してくるところを網で捕らえるしかない。透明な稚魚を俗に「白いダイヤ」と呼ぶほど値段が高く、資源量は減る一方だった。「中国、ヨーロッパうなぎへ転換」が伝える「日本うなぎの幼魚の漁獲高低下と大幅な価格上昇に伴い、中国はヨーロッパうなぎの輸入をすすめている」状況を、元に戻せるかもしれない。加工済みのものも含めて大量に輸入されている蒲焼きだが、やはり日本ウナギで食べたい。この技術は、他の魚の種苗生産にも応用可能に違いない。
最後に世界の水産資源動向も見通せる興味深いサイトを紹介する。「輸入通関統計」で、魚介の種類を指定すれば月別と年初来の累計で、どこからいくら輸入されているのか教えてくれる。たとえば冷凍物でない「生鮮タイ」なら、ニュージーランドが9月までの累計で816トンと、2位中国の487トンを大きく引き離している。