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団藤保晴の |
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第29回「過労死と働くことの意味」
(97/11/27)
過労死問題が最近になって再び、社会の目を引くようになった。数年前の単純な過労死事例と違って、'96年3月の東京地裁判決を契機に、過労による自殺を労災認定する方向が明確になったためだ。判決の自殺例は、労務安全情報センターの「あるサラリーマンの過労死・自殺」に詳しい。「日本労働研究機構」の10月28日付労働ヘッドラインニュースが「10月18日に過労死弁護団が開設した『過労死110番』には141件の相談が寄せられた。このうち59件が過労で自殺した人の遺族からの相談だった」と伝えるほど、類似のケースは多いらしい。かつて過労死問題が盛んに取り上げられたころ、海外の日本人を見る目は、まるでエイリアンを見る目だった。「KAROSHI」は英語になって、海外の日本人観を著しくスポイルしたのだが、最近の過労死「自殺」報道を見てインターネットを歩いているうちに、もう1つ、大変なものをスポイルしてしまったことに、私は気付いた。 ◆働くことの意味を若者はどう考えるか
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調査結果でまず注目されたのは、各世代の「仕事中心性」は年齢を加えることであまり変化しないと分かった点である。「40点」と答えてはばからないなど、'82年日本の40代、50代の仕事人間ぶりは明らかで、日本人の場合、その下の30代も年を取れば、つまり10年近く経た'91年調査で40代にもなると上の世代に習って仕事人間化すると予測されたのだが、実際は上がるどころか多少下がってしまった。米国の場合も2つの調査の間隔が10年近くあるから、ひとつ右へずらして見ることで同一年代の仕事中心性が、10年後どうなったのか読みとることができる。10代から20代へかけては日米とも変化しなかったという意味で「水平矢印」でつないである。 取材した当時の私には、新しい調査で日米10代の回答が示す奇妙さが気になってならなかったが、その意味は分からなかった。'91年日本の10代仕事中心性は「20点」と年上世代からかけ離れて落ち込み、米国の現役引退世代なみになった。逆に'89年米国の10代は「24点」と、年上のどの世代よりも仕事中心性が高くなった。日米逆転した状態であり、これで変化しないなら、この先どうなるのか。 「平成7年度国民生活白書(要旨) 戦後50年の自分史−多様で豊かな生き方を求めて」を読んでいるうちに、上のグラフの意味を解くデータに出会った。まず「ある時に就職した若者が何年か後に何倍の給料を得たかをみてみると(第I-2-16図)、1935〜39年生まれの世代は40〜44歳の時に20〜24歳の時の4倍の実質賃金を得たが、1950〜54年生まれの世代は2倍の実質賃金しか得られなくなっている。実質賃金の上昇は企業の成長と経済全体の成長があいまって生じたものであるが、かつての高い賃金上昇により、企業への帰属感をより高めた人も多かったと考えられる。また、逆に世代が若くなるほどこの倍率が低下していくことは、労働者の企業に対する期待を低下させることになると考えられる」。50代が示した高い仕事中心性の主要な正体はこれだろう。
◆過労死「職場体質」は変わったか 再び「平成7年度国民生活白書(要旨)」。「製造業の年間総労働時間の推移を、個人側からの調査である総務庁『労働力調査』、企業側からの調査である労働省『毎月勤労統計調査』でみると、共に労働時間は減少する傾向にある(第I-1-40図)。労働省調査でみると総労働時間は、1993年に初めて2,000時間を下回り、94年には1,957時間(調査産業計では1,904時間)となっている」が、第I-1-40図から読めば、労働者側の調査でサービス残業なども含むと思われる「労働力調査」の総労働時間はまだ2200時間はある。企業側の調査、つまり労働対価を支払った分の労働時間と、労働者側の意識にある労働時間との差は依然として開きっぱなしである。最初に取り上げた判決の例、過労死自殺した電通社員は「5カ月間の平日の時間外勤務時間は、265.5時間で、平日の平均残業時間は約2.41時間」と申告していたが、「管理員巡察実施報告書上はAが休日も含めて約5日に2日の割合で深夜午前2時以降に退館した旨記載されている」。この差を埋めない限り、悲劇は繰り返されると言わざるを得ない。 死に至るまでなぜ働くのか、その動機について「モチベーションと過労死」がケーススタディをしている。自動車設計技術者、ファミリーレストラン副店長、広告ディレクター、外国人の海事鑑定人、女性銀行員それぞれが「当時の日本の労使構造、あるいは経済構造が必然的に働く人々を残業などといった苛酷な労働を強いていた面があったのは否めない。しかし、個人の視点から見る限り、こういった強制力によるというよりは自発性、合意の力や企業への忠誠心などといったモチベーション的な要素が含まれていたように思う。そして彼らの労働に対する動機、モチベーションは経済的動機付け、社会的動機付けではなく内発的動機付け(マイケル・アージル、1983)に属する。マズローの欲求階層モデルで説明するならば、『自己実現』の欲求に当たる」から「たとえ非人間的であっても仕事を中途放棄できなかったのである」。期待された責務の遂行なり、高卒・外国人・女性などのハンディキャップ克服なりに自分を賭けた結果と分析する。 「日本産業衛生学会 産業疲労研究会 会報〜No.3 1994年3月1日」に、過労死に関連して研究者のコメントがまとめられている。今回のコラムの文脈からは取り上げにくかったが、この問題に心のある方には産業医の意見も参照されることを奨める。 ◆克服にどんな知恵があるのか 中央労働基準審議会で、従来、時間外労働の上限(年間360時間)を決めている指針は行政指導の目安にすぎなかったものを、労働基準法に盛り込んで法的根拠を与える動きになっている。しかし、罰則は付かないようで、労働側には大きな不満が残る。 経営側の団体、経済同友会は3月に「『学働遊合(がくどうゆうごう)』のすすめ いつでも学び・働き、その楽しさを感じられる社会を目指して、企業は意識を変え、行動する」との提言をしている。直接に過労死を問題にしているのではないが、従来の企業行動ではもう世界に通用しないとの意識は鮮明である。「われわれは、これまでの『来たるべき将来像や求められる人間像を描き、これらを実現するために教育改革は必要である。そのために行政・学校・企業に行動を求める』という方向ではなく、『教育改革の実現を困難にしている過度の受験競争や学歴社会などの【ゆがみ】を是正するため、社会の意識改革をうながす』という方向で新たに提言をいたしたい。その発信は、企業の制度・行動が、社会の意識に大きく影響していると認め、『まず、企業自ら意識改革をし、行動する』という実行宣言の形で行いたい」
「ニューファクトリーのガイドライン」には、行政が考える労働現場の改善案がある。そして「都内中小工場におけるNF化実態調査 調査結果の概要」は、東京都が調べているのだが、資金や人材・時間の余裕がなくて実態改善は容易でないようだ。 「海外労働事情(世界28カ国の賃金、労働時間、労働費用の実情)」から、欧米各国との比較を引用してみたい。 |
| 国 別 | 賃金水準 | 調査実労働時間 |
|---|---|---|
| 日 本 | 358,500円/月('94年) | --.-/週('94年) |
| アメリカ | 39,325円/週('94年) | 34.6/週('94年) |
| カナダ | 42,437円/週('94年) | 31.0/週('94年) |
| イギリス | 50,764円/週('94年) | 40.1/週('94年) |
| ドイツ | 257,433円/月('93年) | 38.2/週('94年) |
| フランス | 209,679円/月('94年) | 39.0/週('94年) |
| スウェーデン | 1,313円/時('92年) | 37.3/週('93年) |
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空欄になっている日本の労働時間に、どの調査の数字を使うかで見方は変わる。「平成7年度国民生活白書(要旨)」から読みとると、企業が賃金を支払った分の労働省調査からなら「37.6時間」が入るが、労働者側による総務庁調査ならば「42時間」を超える。実は労働省調査で労働時間減少は下げ止まっていて、少し景気が上向くと残業を増やす傾向が見える。実態に近いと思える後者の数字をベースに、企業行動を変えさせるために労働政策として何らかの手を打つのが当然に思える。時間外労働の賃金単価を所定内の75%増し、あるいは2倍にでもすれば、確実に企業は変わる。労働分配システムに政府が介入するのはまずいが、これは競争にルールを課すだけだ。
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