第32回「冷凍冷蔵庫に起きている事件」

 「地球温暖化防止京都会議」(サーバーは停止中)は12月11日、温暖化ガスの排出削減目標を盛り込んだ議定書を採択して終わった。2008〜2012年の目標値は'90年比で日本6%、米国7%、欧州連合8%をそれぞれ削減と、先進国間で形は整ったが、具体的な削減量算定方法であいまいなところを残し、途上国である中国・インドといった大排出国を枠外に置いているのだから、実効性には疑問がある。ともあれ、国内としては手を打たねばと、橋本首相は工場などへ排出削減を義務づける省エネルギー法の改正を表明し、通産省は「エアコンやテレビなど家電製品を、二酸化炭素排出量の少ない順に評価する『環境格付け』を公表する」と発表した。その家電製品に、最近ほんの1、2年のうちにエネルギー効率を倍増、言い換えると使用に伴う二酸化炭素排出を半減させたものがある。大型の冷凍冷蔵庫だ。使い勝手の点で別のアイデアも付加されて、ありようを一変させてしまった。

◆インバーターの魔法再び

 先鞭を付けたのは松下である。'97年2月のAK-Sellection「Nationalインバーター冷蔵庫」(リンク切れWayback Machineに原文)は「ここ数カ月、冷蔵庫市場は大きな、あたらしい2つのトレンドがおこりつつあり、その波は時間と共に大きくなっていく。その波のひとつは、このナショナルが提案している『インバーター化』である。もうひとうが『野菜まんなか』(これは他社が仕掛けた)のレイアウトである」と、秋葉原の雰囲気を伝えている。主婦が日々使うことが多い野菜室を、従来のようにかがみ込まなければならない最下部から真ん中に持ち上げたのは日立とされている。インバーター化による驚異的な省エネと静粛化、それに重要な主婦ニーズの具現が、ありきたりの家電製品の最たるもの、冷蔵庫で同時に起きた。「普及率が100%の商品でも、日々革新があるという、非常にわかりやすい例といえる」

 松下の400リットルクラスの例では、'96年製で月間の使用電力量が53kWhから34kWhに落ち、'97年秋発表の「新製品」(リンク切れWayback Machineに原文)では29kWhまで下がっている。電力1kWhの値段は20何円だから、年間にすると主婦に訴えるに足りる節約になる。

 電機各社の一斉追随が始まっていて、冷凍冷蔵庫の売れ方が変わるほど。「消費電力量46%削減 5ドア冷凍冷蔵庫『氷温新鮮組』SR-44HPを発売」(リンク切れWayback Machineに原文)は、補助資料として冷蔵庫の「全メーカー出荷推移」グラフを付けていて興味深い。この業界で使われている冷凍年度(前年10月から当年9月まで)でみて、'95年度の467万台が、'96年度494万台、'97年度には536万台、'98年度の予測は550万台にのぼる。バブル期購入からの買い換え需要があるとはいえ、伸びているのは容量350リットル以上の大型が圧倒的なのだ。こうした大型冷蔵庫の月間消費電力量は、まだ40kWhくらいしている140リットル以下の小型冷蔵庫より、ずっと少なくなる逆転現象が発生している。インバーターの導入には2万円近いコストが必要で、新興工業国輸入品と競合があり、値段が安くなければ売れない小型冷蔵庫には導入しにくいからだ。

 インバーターは交流の商業電力を、一度直流にしてから再び交流に転換する。この際に周波数を自由に設定でき、運転の調節が格段にきめ細かくできる。「キーワードは省エネ!」(リンク切れWayback Machineに原文)に、エアコンの例で手頃な解説がある。「最大の特長は、省エネにあります。例えば冷房運転の場合、外出先から帰ってもハイパワーで、すぐに冷やします。この時、部屋の設定温度を仮に25度にしておきます。設定温度になると、高回転のモーターが自動的にゆるやかになります。部屋が適温になると、必要以上にモーターが回らなくなる分、余分な電気代がかからなくなります」「自動車を運転する人なら経験があるかと思いますが、エンジンを始動したり止めたりするよりも、断続的に走行する方がガソリンの燃費率がいいでしょう。エアコンのインバーター機能にもこの原理はあてはまります」

 実は、インバーターが冷蔵庫に搭載されたのは今回が初めてではない。日立が10年も前に試みた。しかし、それは当時はやった各種家電と同じハイパワー化が目的であり、省エネの視点がなかったために、たちまち廃れてしまった。省エネに使われ始めたインバーターの魔法は、回転音が小さくできることもあって静粛化のメリットも大きく、夜間でも洗える洗濯機などに拡大中だ。

◆冷凍冷蔵その歴史と周辺技術

 冷蔵庫は冷やすだけのものと考えるのは誤解だ。実は温めたり、冷やしたりしている。冷蔵庫といえば、かつていろいろとアクセサリーを付け過ぎて、根本の冷やす能力不足に陥った苦い経験が思い出されるくらい、さまざまな技術が盛り込まれている。そのアクセサリーばかりではなく、冷却の心臓部分に取り付く霜が本当の厄介者で、これまではタイマー処理で冷却を中断し、定期的にヒーターで温めて溶かしていた。「新着情報(ニュースリリース)」は、サーミスターによる着霜検知センサーの開発で、霜があるときだけ温めた結果、420リットルの冷蔵庫で12%の電力カットになったと報告している。省エネ=二酸化炭素削減に、やれば出来ることがまだ多いことを示唆している。

 我々はいつからこんな便利なものを使い始めたのだろう。「冷蔵庫の歴史」によると、家庭用の冷蔵庫は「(昭和元年)この年は2つの画期的な物がスウェーデンから発表されました、ミート・ボールと2人の若い技術者、 Baltzar von Platen とCarl Muntersが開発した小さな吸収式冷蔵庫」に源流があるそうだ。戦後しばらく、国内では氷を上段に入れた冷蔵庫を使っていたものだが、海外では戦争中に本格生産が始まっていて、フリーザーを付けた2ドアタイプに発展するのは'60年代。「2ドア冷蔵庫の登場!」(リンク切れWayback Machineに原文)である。「こんな冷蔵庫が欲しかった話」(リンク切れWayback Machineに原文)の「昭和40年(1965)の半ば、『冷凍食品』というものが出た。簡単に調理できるので人気がでたが、冷蔵庫の製氷室は狭い上に冷凍食品が解けてしまったりと不便だったんじゃ。そして冷凍庫と冷蔵庫の二つが独立した『2ドア冷凍冷蔵庫』が出来上がったんじゃ」となる。

 解凍してみたら、形が崩れてとても食べる気にならなかった冷凍食品を経験された人は多いと思う。最近になって、脱水シートをうまく利用することで、家庭の冷凍冷蔵庫でもかなりのレベルの冷凍が可能なことを「冷凍保存肉の食味に及ぼす脱水シートの影響」(リンク切れ移転先はこちら)は教えてくれる。「蓄肉食品を冷凍保存する際、脱水シートで包装した場合の効果を検討した。その結果、脱水シートで包装し保存した食品からはドリップの流出が少なく、それに伴って旨味成分の流出が抑制された。また官能検査においても脱水シート使用区の食品を好む傾向が見られ、食品を保存する際の脱水シートの有効性が示唆された」

 一方、マーケットで買える冷凍商品は、工場での急速冷凍の技術が進んで元の素材の組織、細胞を壊すことが少なくなり、上質化していると感じている。インターネットでとんでもなく高度な冷凍処理が登場しているのを知った。「エルファのスーパーショックフリーザー」(リンク切れWayback Machineに原文)だ。超急速冷凍処理で、凍らせた刺身を溶かしても、あの嫌なつゆ、ドリップが生じないし、急速過ぎて氷の結晶同士がつながり合う暇もないらしく「−20℃の凍結品でも包丁で切ることが出来ます」(リンク切れWayback Machineに原文)という。実物を試したことはないが、私の取材経験からすると、これは本物のようだ。早く、広い範囲の冷凍商品に普及して欲しいものである。

 冷凍に関して最近知った思わぬトピックに、豆腐の冷凍成功がある。普通なら凍らせると水気が抜けて高野豆腐になってしまうが、和歌山の「テンドレ」という企業が小口切りしたままの状態で冷凍に成功し、O157など食中毒を気遣う給食施設などに出荷している。「ベンチャービジネスコンペ97」(リンク切れ移転先はこちら)の入賞企業として名前が出ている。このページで'98年1月に、概要紹介が掲載されるというから期待しよう。

◆もうひとつの世界、氷温

 再び三洋電機の「消費電力量46%削減 5ドア冷凍冷蔵庫『氷温新鮮組』SR-44HPを発売」(リンク切れWayback Machineに原文)を見てもらうと、「冷蔵庫の平均使用年数は約11年ですが、買い替え対象となる9〜13年前の301L以上の冷蔵庫のうち氷温室など新温度帯が独立した4ドアタイプは約6割を占め、出荷台数は約400万台にのぼります。当社の使用者アンケート調査では、氷温室の鮮度のよさに満足され、さらに大容量化を希望する声も高まっています」とある。パーシャルフリーザーとか、新温度帯とか言い方はいろいろだが、零度をわずかに下回る程度の「氷温」は、すでに言葉として家庭に定着している。

 しかし、氷温の世界はもっと奥が深いものらしい。鳥取県にある氷温協会の「氷温についての詳解」がいろいろな情報をまとめている。「氷温の発見」は「−20〜−30℃の厳寒地に生育する樹木、あるいは冬眠するカエルやヘビ、さらには南極海に棲息しているライギョダマシなどは、なぜ凍結死しないのでしょうか。だれもが擬問を感じるところです。何故でしょうか。それは気温が0℃以下(マイナス温度)になると、自分が凍結するのを防ぐために、体内で高級アルコールや糖、糖タンパク質などによって不凍液が形成されるからです。その不凍液によって、本来生物がそれぞれに持っている氷結点(凍結する温度)を下げ、凍結死を防いでいるからです。とすれば、これまで一般的に考えられてきた凍結死の基点は0℃ではなく、生体それぞれが持っている0℃以下にある氷結点ということになります」。この発想から山根昭美・氷温研究所長が調べた、生物ごとの氷結点がグラフ化されている。サラダ菜はマイナス0.3度くらいでだめになるが、カニならマイナス2度、バナナはマイナス3度までもつという。

 これを応用した「氷温貯蔵」は「キャベツ、ブロッコリー、ホウレンソウなどをはじめ、レタス、サラダ菜、トマト、カリフラワーなどの野菜類や、日本ナシ、イチゴ、メロン、リンゴ、オレンジ、ブドウ、イチジクなどといった果実類まで、冷蔵(+5℃)と比較して2〜3倍の期間の貯蔵が可能です。水産物では、松葉ガニは氷温下(−1℃)で200日以上、北海道の毛ガニは同じく氷温下(−1℃)で100日以上も生存しております」と述べる。「氷温食品一覧表」には全国各地での氷温利用が並んでいる。「熟成」という言葉が目につくが、生物が凍結死を防ぐために作り出す物質がうま味を増すこともあれば、雑菌の影響を排除して長期に化学変化を起こさせる、つまり肉の場合ならタンパク質をアミノ酸に分解させていく。インターネット上では「富士食品」(リンク切れWayback Machineに原文)の氷温熟成納豆が目に付いた。

 科学的に十分には解明されていないが、「これからの氷温」にある「水は冷却速度を調節しながら降温すると、−9℃でも安定して未凍結状態を示します。この氷温水を使った新しい生体保存法や加工法などが検討されています。また氷温域や超氷温域では、酸素をほとんど必要としない代謝系が存在し、たとえば氷温処理によって古米が新米に若返るなどの現象が見られます。米のほかにも落花生、小麦、大豆などについても確認されております。現在、この若返り現象の生物化学的解明がすすめられています。氷温に加えて、氷温水による超氷温への誘導や乾燥処理など、耐寒性や耐乾性をより強めるストレスを加えます。こうした生命力や活性を高めるストレスを加えてやると、甘味や旨味が増加し、大寒や旬の味を再現することができます。この機構を利用した氷温処理によって、二十世紀梨などは樹上の完熟した旬の味が再現されている」などは、とてもチャーミングな仕事だと思う。ここ10年来、ありふれた物質と思われていた「水」について新しい目で種々の研究が進められており、インターネット上の情報提供サーバーが揃えば、まとめて取り上げたいと思っている。この氷温水もその1つだろう。