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団藤保晴の |
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第34回「『アジアの時代』は潰えたのか」
(98/01/08)
「21世紀はアジアの時代」と多くの人が思い込んでいた'97年前半。しかし、その後半は目を覆うような展開だった。香港の中国返還翌日、7月2日のタイ・バーツ下落に始まった経済危機がASEAN諸国を呑み込んだ。国際通貨基金(IMF)による支援はタイ172億ドル、インドネシア320億ドルにのぼり、香港株の大暴落もあった。さらに年末に韓国・ウォンが対ドルレートで1年前のほぼ半値にまで落ち込んで、IMFに584億ドルの支援を求める事態にまでなった。アジア経済研究所の「図1:1997年日本・東アジア通貨の対米ドルレート変化率、IMF方式」は11月末現在までのもので、ウォンは28%下落した段階にあり、この後、35%のインドネシア、37%のタイを超えて落ち込む。そして、'98年の年明け、ウォンは小康状態にあるが、東南アジア通貨への売りは続き、タイ、インドネシアもほぼ50%下落の線に並んだ。通貨切り下げに至っていない中国、香港、それに小幅の下落に留まる日本、台湾、シンガポールくらいが比較的打撃が少なかった国だろう。今年はマイナス成長の国もありうるアジア経済危機は、世界経済全体の減速につながると観測されている。「アジアの時代」は実現することなく、夢に終わるのだろうか。 ◆経済学者から忠告はあった 今回の経済危機はこうした見方の裏付けをし、「市場」がアジア諸国の瀬踏みをしたともとれる。政治的リーダーであるマハティール・マレーシア首相に焦点を当てている「マハティール・ウォッチ」には「1997年12月15日に採択されたASEAN非公式首脳会議のアジア通貨・金融危機に関する『特別声明』は、『IMFの支持や助言を通じてASEAN経済のファンダメンタルズが改善したにもかかわらず、通貨下落が続いている』とIMFによる支援の効果に疑念を表明した」と、「市場」に翻弄されるアジア諸国の憤りが見える。マハティール首相らは欧米から批判を浴びながらも、通貨取引の規制を求めている。 '97年11月初めのアジア欧州協力協議会について報告をしている「船橋洋一のホームページ 連載389・米国抜きの議論を楽しんだアジアと欧州」は「アジアの代表のなかからは『アジアの経済は危ない、ダメだと、アジアを引きずり下ろそうとする攻撃がクルーグマンやザックスから仕掛けられた』との感情的な反発もあがった。ポール・クルーグマンとジェフリー・ザックスはいずれもエコノミストである。九〇年代に入ってからのアジア経済急成長を『花見酒の経済』と、警鐘を鳴らしてきた」「しかし、多くのアジアの人々は、むしろ『自省』を口にした。『この危機をバネにして国内の改革を進めなければならない。好機だ』『アジアは少し有頂天になりすぎていた』。表立っては言わないが、国内の専制的な政治体制、官僚の横暴、政治の腐敗にメスを入れるチャンスととらえているようだ。今回の危機を『ガイアツ』として、変革しようとの意欲を感じた」と述べている。さらに「韓国からの出席者は言った。『われわれは開発途上国から先進工業国へそのまま卒業していくものと思っていた。しかし、それは大間違いだったということをいま思い知らされている。高校を出ることと、大学に入ることとはまったく別のことなのだ。韓国はなお開発途上国と先進工業国の中間にある』」とも。 日本だけがなぜ先進工業国になれたのか、そう考えるとき、アジアの新興工業国 にはソニーやホンダのような存在がまだ無いことに気付く。 ◆アジア経済はどうやって急成長してきたか アジアの台頭を論じる未来学者ジョン・ネズビッツの来日講演が「メガトレンド・アジア」でたっぷりと聞ける。そこでアジア台頭の真の理由として、一番に挙げられているのが、起業家の存在である。「このダイナミックな新市場は、政府の関与をさほど受けずに、起業家たちが何もないところから築き上げたものです。起業家が起業家たり得るという意味で、アジアはアメリカと似ているわけです。1950年代から60年代にかけてアメリカが一大工業国だった時代には、新会社は年にせいぜい6万か6万5,000程度しか設立されませんでしたが、70年代になって経済の基盤が情報サービスに移行すると、起業家にとっては理想的な環境が整ったために、1年に10万、30万、60万という新会社が誕生し、95年にはとうとう100万もの新会社が設立されました。アメリカの経済は、こういった新会社の誕生の繰り返しで支えられています。『フォーチュン』誌の上位500社が、1970年にはアメリカ経済の20%を占めていたのに対し、いまでは10%にすぎないという実情をみても、そうした状況が分かると思います。アメリカの経済を支えているのが起業家であるのと同じように、台頭著しいアジア経済を支えているのは個人起業家なのです」と指摘する。 彼の論点の中で最も興味深いものは、アジアを動かす華僑経済力についてであり、そのあり方はインターネットにそっくりだという点だ。「インターネットがどう機能しているのかを理解していれば、華僑のネットワークも理解できると思います。インターネットが2万5,000ものネットワークをネットワークした存在であるのと同じように、華僑もまた、何万というネットワークをネットワーク化しています。インターネットというのは完全に分散しており中心がありませんから、インターネット上のネットワーク数や個人の数は無制限で、責任者もいません。華僑のネットワークも、まさにこの点において共通しています」「私が自宅からインターネットにアクセスし、世界中にメッセージを発信し、世界中からメッセージを受信していると、まさに自分がインターネットの中心にいるかのような気分になります。インターネットにアクセスすると、誰もが『自分が中心にいるのだ』という感覚を味わえるのです。おそらく、インターネットの全利用者がそうした感覚を経験しているのだと思いますが、それは強烈な経験であり、それこそがネットワークの真骨頂なのです」
こういう指摘を前にすると、マスメディアが流す表面的な経済指標に踊らされるだけでなく、もう少しデータを集め、事態を読み込んでみる必要性を感じる。なお、華僑については「華僑ネットワークとアジア海域圏」も参照されるとよい。 ◆次の段階への予測と視点 アジア経済研究所の分析はかなり違う。12月9日付け「1998年東アジアの経済見通し」の「要約」で示されている経済成長の見通しは次のようである。 |
| 国・地域 | 1996年 | 1997年 | 1998年 |
|---|---|---|---|
| ASEAN5 | 7.3% | 4.3% | 5.2% |
| NIEs | 6.3% | 6.2% | 4.5% |
| 中 国 | 9.6% | 8.8% | 9.0% |
| 東アジア全体 | 7.7% | 6.6% | 6.2% |
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この推定の根拠は通貨危機がほぼ終了したとの判断にある。「これらグラフに基づいた考察からは、今回の東アジア、特に東南アジアの通貨下落は、94年初頭に大幅切り下げを行った中国通貨との格差是正と見ることができる。この観点からは、東南アジア通貨の下落幅は現時点で十分なものであり、通貨危機はほぼ終了したと言えよう。また、OECD加盟直後に通貨が下落したメキシコ通貨の対米ドル下落率が50%であることから、韓国や東南アジア通貨の下落率も最悪で50%と言える」 グラフ「日本・東アジア通貨の対米ドルレート変化率、IMF方式(1985年基準)」などで観察して、「中国の94年の通貨切り下げは、タイなどASEAN諸国の労働集約財の輸出にマイナスの影響を及ぼすはずであるが、94年、95年には、円高の好影響に加え、半導体、パソコンなどが世界的に好景気であったため、このマイナス影響は表面化せず、96年になってはじめて表出したと言える」「経済発展が類似しているタイ、マレーシアの通貨が、85年9月以降ほぼ同様の変動をしていることが分かる。また、インドネシアと中国通貨の対米ドル・レートも、85年9月以降93年まで、基本的に同一水準であったが、94年の中国通貨の大幅切り下げで、両国通貨の対米ドル・レートに格差が生じた。しかし、97年7月以降のインドネシア通貨の大幅下落によりこの格差が解消して、現在はほぼ同水準となっていることも読み取れる」との分析は確かに説得力がある。ただ、通貨危機の終了だけでは問題は終わらないと思う。花見酒経済下でのバブル体質や財閥や同族経営の社会体質で浪費されていたものを清算するのに、韓国などは相当な時間を見込まねばなるまい。もう1つ、東南アジア通貨に対して不利になった中国が輸出のために通貨切り下げに出たりすると、地域全体で悪循環に陥る恐れもある。 さらに、アジア経済が真に自立するためには創造的な起業家がもっと必要だろう。インターネットで散策しているうちに、こんなインタビューを見つけた。コンピュータとなじみにくいアジアの言語、そのフォント作りから出発して言語間の垣根を克服しようとする「フィッシャー・リー」である。「日本語版ウィンドウズの環境で、台湾のホームページをみると、文字化けしてしまいますね。《リー》そうです。これではインターネットという、せっかくのボーダレスな資産が活かされない。そこで私どもは『ダイナドック』という製品を開発しました。これは、OSやアプリケーションソフト、フォントの違いを乗り越えて、オリジナルのドキュメントを異なる環境でも再現できるようにしたものです。ドキュメントのなかにフォント情報を盛り込んでしまうわけですが、これを使えば、作成した文書をどういった場所にでも、どういったタイミングでも、インターネットを通じて送ることができる。その意味では、インターネット、イントラネットを活かすための、非常に画期的なソリューションだと思います。とくにアジアのユーザーにとっては重要な技術だといえるでしょうね」 「1949年広東省生まれ。71年、台湾大学工学部電子工学科卒業後、米スタンフォード大学ビジネススクールにて研究に従事。台湾に戻り、デジタル・イクイップメント台湾支社長、マイタック・コンピュータ筆頭副社長などを経て、87年ダイナラブを創業」という経歴を見て、米国では基礎部門を含む研究開発の相当部分を、アジアからの流入頭脳が支えていることを思い出す。日本はその中では小さな比率でしかない。彼らにとって働きやすい場所がアジアに広がった現在、今ある以上の大規模な還流がおそらく起きるだろう。その受け皿が華僑ネットワークであることも間違いあるまい。 '70年代末、中南米諸国は経済成長が急に失速して、もう一歩で先進国の仲間入りをするかに見えながら挫折した。ロシアの市場経済の失敗も比較の対象に挙げられることがある。しかし、「ASIANDATA3<アジアのダイナミズム>」や「米国の対東アジア貿易動向」に示されている集約やグラフを眺めているだけでも、現在のアジアは失敗の先例たちをずっと超えた地点まで踏み出しているように、私には思える。しかも、それは、上述の独自の将来性を備えている。 無料メールマガジンとして配信中。登録される方はこちらへ
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