団藤保晴の
「インターネットで読み解く!」

第40回「安全保障とは国の生き方そのもの」 (98/02/26)

 沖縄県名護市の海上ヘリポート建設について、名護市長選の投票を前に大田知事が反対の立場を表明した。市長選は建設容認派が勝ったが、普天間飛行場の返還という大事業を始めた橋本首相と大田知事の協力関係は、冷え切ってしまった。2月16日付け日経新聞のコラム「風見鶏」は「『大田外交』の挫折」と題して、「東京」の雰囲気を実に露骨に伝えている。「東京では知事の反対表明への不満が噴き出した」として、「全国の自衛隊と米軍の基地を分母とすれば、沖縄にあるのは約20%であり、少なくはないが、福井県に原子力発電所の25%が集中しているのとどう違うのか」などの発言を紹介した。コラムの筆者は「暴論とは思えない」との立場だが、クォリティペーパーを志向している日経新聞にして、「本土」側の本音はこれかと、私は呆れた。「沖縄は日本ではない」との潜在意識が透けて見える。日本復帰26年経っても米軍基地の削減は進まず、'96年、沖縄県民による「住民投票」では9割が基地の立ち退きに賛成した。「沖縄政府」と日本政府、米国政府が歴史的にせめぎ合い、互いの利害を明確にしている沖縄問題を入り口にして、この国の安全保障問題を考えたい。

◆沖縄の「復帰」は何だったのか

 沖縄の人々は古くから武器を持たず、軍隊のない平和な島だった。その原点が明治維新の廃藩置県で変わる。「沖縄で語る、これからの世界」で、大田知事はこう語る。明治政府は「それまで琉球王府が使っていた中国の暦とか中国風の年号を、日本の暦や日本の年号に改めなさい。あるいは琉球科律といった琉球王国独特の法律も、全部日本の制度に真似なさい、日本の刑法を用いなさいと強く指示するわけです。そのほかにもいろいろ指示事項がありますが、ほかの指示事項に対しては琉球王府は『わかりました』ということで聞くわけです。ところが、たった一つだけどうしても聞けないということで頑強に抵抗したものがあります。熊本の第六師団の分遣隊を沖縄に駐留せしめることを要求してくるわけです」「琉球王府の人たちは、『この小さな島に軍隊を置くことは、われわれの伝統に反する。われわれはこれまで軍隊を置かないで、東南アジア諸国と貿易関係を結ぶことによって、この小さな島国を無事平穏に数百年の間保ってきた。この小さな島に軍隊を置くと、かえって周辺の国々から懸念を持たれ危険視されて、この島自体が危なくなる。だから軍隊を置くわけにはいきません』と。それから琉球王国は昔から友達をつくることによって平和を保ってきた。したがって、武器を持って国を守ろうとするよりも、『柔よく剛を制す』というたとえのとおり、むしろ相手が凶暴な形で出てきても、それに対しては礼儀正しく対応することによって平和を保つことができる。そして人々の生命の安全を保障することができるということで、一向に聞かなかったわけです。ほぼ三年間ほど、どうしても軍隊を置くことは認めるわけにはいきませんということで認めなかったわけです」。この抵抗は力による脅しの前に屈す。

 そして、太平洋戦争末期の沖縄戦は、全人口45万人の沖縄を、54万人の米軍が包囲、攻撃する凄惨なものになった。沖縄の人々の3人に1人が死んだ。

 米軍統治下の戦後沖縄について、「沖縄レイプ事件と東アジアにおける冷戦の終結」で引用されている、'49年のタイム誌記事はこうである。「ここ4年間というもの、貧しい台風の島沖縄は、 口の悪い軍人に言わせれば『軍事上の必要性の最終地点』であるとされ、中には怠慢で無能な兵士達も配属されている。15,000人以上いる米軍人のモラルと規律は、おそらく世界中のどの合衆国軍隊よりも程度が低いのではないか。その彼らが、 貧困にあえぐ600,000人を超す現地人を支配しているのである。 この9月までの半年間の間、米国兵の犯した犯罪は、殺人29件、レイプ18件、強盗16件、暴行33件という、恐るべき数である」。

 続くのが日本復帰。宮里政玄・独協大法学部教授は「基本構造が明らかに…」で、「51年半ば、米国の統合参謀本部は、日本が北緯29度以南の琉球列島に対する権利と請求権を放棄するよう、沖縄に関する平和条約第三条案の修正を米国務省に要求していた。この軍部の要求に対して、対日平和条約を担当したジョン・フォスター・ダレス(彼は有能な国際法専門の弁護士でもあった)は、日本の潜在主権を認めることが、主権国である日本との合意のうえで琉球の排他的な戦略的管理権を取得する唯一の方法だと米軍部を説得したのである。沖縄の基地は日本の『潜在主権』の下で存続し、他方本土では平和憲法が施行された。安全保障の面からすれば、沖縄の米軍基地は平和憲法の前提条件であったのである。そしてこの状態は現在も続いている」と述べている。この26年間にあった事態の推移は、沖縄の日本復帰は、日本の「顕在」主権下でも米軍基地を維持できる見通しを持てたから実現したことを明快に物語っている。

◆日米安保と米国の世界戦略

 安全保障問題の枠組みについて、最初に外務省の見解から見ていこう。「日米安保Q&A」から、質問2「冷戦が集結し、二国間同盟の時代は終わったのではないか。欧州のような全域の多国間協力による地域安全保障体制に移行すべきではないか」には「欧州で武力攻撃に対する共同防衛を確保する枠組みは、冷戦下から共同防衛機構としての役割を担っていたNATOが唯一のものであり、NATOは依然として、欧州における平和と安定の維持のために中心的な役割を果たし続けています」と答え、「アジア太平洋地域においても、94年よりARF(ASEAN地域フォーラム)が開始され、お互いの安心感を高めるための全域的な対話と協力が推進されることになり、本年1月及び4月にインドネシアと共催で信頼醸成に関する会合を開催する等、我が国も積極的に取り組んでいます。こうした枠組みは、米国が我が国を共同して防衛することを確保し、我が国の安全保障にとって不可欠の抑止力を提供する日米安全保障体制を補完するものであっても、それに取って代わるものではありません」と、米国の軍事力による防衛こそ基本であるとの立場が揺るがないと表明している。

 では米国から見たとき、日米安保はどう見えるのか。「アメリカはなぜ世界支配の必要を感じるのか」で、ベンジャミン・シュバルツ世界政策研究所上級研究員は戦後の日本政策についてこう述べる。「東アジアに対するアメリカの戦後政策の第一番の目的は日本の経済力の復興であった。そうすればこの地域が共産主義の蔓延からの免疫を手にするのに役立つのは目に見えていた。しかし、アメリカの世紀を築いたアチソンを始めとする指導者にとっては、この政策は、ソ連の脅威とは係わりなく、それ自身が重要なのだとの認識をもっていた。ウイリアム・ボーデン、ブルース・カミング、ロナルド・グロスレン、マイケル・シャラーといった歴史家達の主張のとおり、アメリカ政府当局者達は、自らの描くグローバルな経済システムの構築には、結局は先の第二次世界大戦でアメリカが自分の手で破壊した日本帝国の経済圏『大東亜共栄圏』を結局再建するという方法を選んだのであった。日本が世界経済に活力を与える役割を果たすためには、アチソンの言葉を借りれば、日本は『アジアの工場』となる必要があったからだ。アメリカの戦後政策立案者達が到達した結論によれば、今世紀の始めから1945年に至る期間に北東アジアに構築された政治経済システムは、日本が、アジア大陸の資源へのアクセスを手にして地域工業の核心部を形成し、近隣の諸国がその周辺部と外延部を形成するという発展のパターンだと理解した」。

 しかし、強大になった日本が再びアジアで閉鎖的な経済ブロックを築くような事態は、あらかじめ回避しなければならない。「著名な歴史家で、外交官でもあったジョージ・ケナンは当時国務省の政策立案スタッフを統括していたが、アメリカが東アジアで直面しているこの『ひどいジレンマ』と彼が呼んだこの問題を解決する有効な手段はただ一つしか無いという意見を持っていた。そして、アメリカ政府の政策は、それから四十七年たった今日でもケナンが当時示した選択肢をそのまま踏襲し続けているのだ」。ケナンの選択肢とは「今一度南方を指向する『帝国』的版図を再現する――それも、日本がかって経験したよりもはるかに大規模な貿易とビジネスの機会の開拓に成功する以外には、日本が将来どのようにして生きて行くのかという困難な問題が立ちはだかっていた。これ自身がまさに大変な作業であった。そして例えこれに成功しても、日本が将来いかなる進路に進もうとも、それに有効に対処する手段としての...海軍力と空軍力によるコントロールを万全なものにしておくのは絶対的な必要条件なのであった...日本が必要とする海外資源や、その海軍力および空軍力をコントロール下に置くことによって日本が再び侵略的となることを阻止する能力を我が国が維持することはとりわけ重要となる」だった。「日本に安全保障を提供し、その外交政策と軍事政策をアメリカの管理下にある同盟関係に組み込むことができるならば、ついにアメリカはかっての敵国日本を封じ込めることに成功し、この『パートナー』が独自の――そして、アメリカの政策当事者の考えによれば、危険な――政治的、軍事的政策に走るのを防止することができるというのだ」。

 米国内の最近の動向については、ビジネスライクにまとめられた「レポート日米安保条約をめぐる問題」がある。

◆進路を自ら決める時が来ている

 日本をコントロール下に置くことが日米安保の本質でなければ、毎年何10億ドルもの膨大な軍事支出を続けてきたことを米国議会に納得させることなどできなかった。しかし、その資金の構造も変化した。「在日米軍駐留経費の日本負担(思いやり予算)」にある通り、日米地位協定などに法的根拠の無い「思いやり予算」でさえ、年間5,500億円を負担するようになった結果、米本土に軍隊を置くよりも安上がりになった。湾岸戦争の多国籍軍を支えたのは日本の資金だった。これは冷戦が集結した以上の、大きな枠組みの変動である。さらに、沖縄、そして本土に置かれている米軍基地の意味も、戦後の早い時期とは違っているのではないか。見直してみなければならない。

 軍事アナリスト小川和久氏は、'97年3月「第140回国会 衆議院安全保障委員会議録」で「とにかく、同盟関係と申すものは、その国の国益にかなっているというところから選択されるものであります。ですから、日米安保というものは日本の国益にとっても極めて重要である、そのような立場というのは当然あるのだと思います。しかし、アメリカから眺めた場合、お情けで日本と同盟関係を結んでいるのか、さにあらず、アメリカの国益にとって極めて重要であればこそ日米安保を維持しているのだというところは、私どもは認識をもう一度改めてみる必要があるのではないか、そのような感じがするわけであります」「私自身は、13年前に、アメリカ政府の正式な許可を得て、北は三沢基地から南は嘉手納基地まで、実際に米軍基地を歩き、基地司令官に聞き取り調査を行い、また、アメリカ側から資料の提供を受け、また、ブリーフィングを受けたわけであります。その中で、私自身のささやかな分析を報告書の形で公にしたわけでございますけれども、その結果を申し上げますと、それまでの俗論でありますところの、在日米軍基地などは韓国にある米軍基地の数10分の1の位置づけしかない、あるいは当時フィリピンにあったスピックの海軍基地と比べて日本の基地などは50分の1以下の重要性しかないといったものに比べて、逆であります。例えば朝鮮半島にある在韓米軍基地というのは、朝鮮半島の戦争にのみ備える格好で展開をしてきた。それに対して、在日米軍基地は、アメリカ第七艦隊の任務区域であります西経160度、これはハワイでございます。それから東経17度、これはアフリカ最南端の喜望峰でございますが、つまり、地球の半分で行動する米軍を支えるような機能を担っているということが明らかになったわけでございます」と証言している。

 日本の空軍力と海軍力をコントロール下に置いて暴走を防ぐ米国の戦略は、いわば「米国=性善説・日本=性悪説」に立っている。しかし、米国人以外で米国=性善説に立つ人はいないだろう。現実には、好戦的で危険な行動を繰り返し見せられてきた。いわゆる新ガイドライン「日米防衛協力のための指針」で、米軍との一体化がさらに進めば、在日米軍のこうした機能から考えても、逆にこの国が国際的な衝突に巻き込まれる危険は増す。

 一方的に抱き込まれる関係が終わった今、安保問題の焦点は、この国がこれまで選択してきた生き方をそのまま続けていくべきか、新しい生き方に変えるべきか、決めることにある。自民党による長期政権が途絶え、連合政権の時代に入った最大の課題のはずだ。そうした中で目に付いたのは、民主党の支援シンクタンクによる「『常時駐留なき安保』分科会」。「沖縄の米軍基地問題が切迫する一方、朝鮮半島の情勢が流動し、また米軍の4年に1度の戦略見直しも進む中で、従来の常識に縛られずに将来のあるべき安保の姿を議論し、日本として米国に向かって言うべきことを言えるだけの主体的な安保・防衛政策を持つことなしには、この国はいつまでも漂流を続けることになりかねない」との問題意識は良しとし、今しばらく展開を見守りたい。総理府による「自衛隊・防衛問題に関する世論調査」(平成9年2月)で、質問「あなたは日本の安全を守るためにはどのような方法をとるべきだと思いますか。この中ではどうでしょうか」に対して、「日米安全保障条約をやめて自衛力を強化し、我が国の力だけで日本の安全を守る」が7.1%、「現状どおり日米の安全保障体制と自衛隊で日本の安全を守る」が68.1%、「日米安全保障条約をやめ、自衛隊も縮小または廃止する」が7.9%、「わからない」が16.3%だった。次の総選挙で、比較検討に耐える安全保障政策が、各政党から初めて掲げられれば、当然、この数字は変わるはずだ。

 平和の維持には外交が非常に重要であることに、どなたも異論はなかろう。その外交の基本について「沖縄で語る、これからの世界」にある、ヘルムート・シュミット西ドイツ前首相の忠告を、最後に引用したい。周辺諸国との戦後の和解についてドイツのしたことや立場を説明した後で、「私が日本人の政治家であるとすれば、一番重要なのは中国であり、その次がロシアではないかと思います。それからそのほかの国々との和解を進めていくということだと思います。とくに土井党首に同行していらした記者の方々に向かって申し上げたいが、どうして日本政府はG7サミットに、中国の指導者とロシアの指導者を正式メンバーとして招請するべく他の国々に働きかけないのでしょうか。ソ連と中国の指導者がG7に参加してG9となった場合、彼らはG9の議論に参加でき、これが日本との関係の正常化に一番近道だと私は確信しているからです」「当然、米国との友好関係は日本にとってのみならず、われわれドイツにとっても重要ですが、今後の世界の発展を考えていきますと、超大国となるすぐお隣の国との友好関係が日本にとって何よりも重要になってくるのは明らかです。 中国の次にはロシアもあなたたちの隣国です」。戦後日本における自前の外交不在も、国の生き方に欠落した要素であった。



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