団藤保晴の
「インターネットで読み解く!」

第49回「性差の科学と環境ホルモン」 (98/05/07)

 環境ホルモンについて、国内でも本格的な調査と研究が開始されようとしている。厚生省の「食品衛生調査会毒性・器具容器包装合同部会 議事次第」に、内外のいきさつや中間的な報告類がまとめられているが、現段階のお役所の資料では、はっきり言って何も分からないに等しい。インターネットで調べられるデータを単に並べてみても、同じことかも知れない。性ホルモンというと生殖に関係しているイメージが強いが、実は我々の存在をかなり深いところで規定している。今回は男と女の性差について、科学的に分かってきたことを整理した上で、性ホルモンに類似した構造を持つ環境ホルモンが、人類のこれからにどう絡むのか、あるいは既に影響してしまったかも知れない事柄を考えてみたい。

◆脳に見られる性差

 外性器の違いだけが、男と女、あるいはオスとメスの違いでないことは容易に理解されるだろう。男性的な女性もいれば、女性的な男性もいる。これは日常的に感じられる感覚的なものだし、同性愛者といった性の行動として中間的な存在もある。個人的な趣味の問題と笑い飛ばすのは勝手だが、脳にも性差があることが分かってきた今、脳の器質差として説明できてしまう日が来ないとも限らない。

 「脳の性分化」はこんなエピソードを紹介している。「1980年Gorskiは、脳内の内側視索前野という部分の神経核に性差があることを示し、さらに、この体積の大小に性ホルモンが関与していることを証明して、この部分は性的二型核(sexually dimorphic nucleus,SDN)と呼ばれるようになりました」「同性愛者であるLeVayが最愛の相手をエイズで失い、同性愛も異性愛と同様、人間の本性であるという信念から、エイズで死亡した人たちの性的二型核を調べ、同性愛者のそれは異性愛男性の半分で、異性愛女性と同じ大きさであったと報告しています」

 脳の性差について、いろいろなことが言われ始めている。懐疑的な専門家もいるが、この内側視索前野の性差と、「新井康允の『男脳と女脳は、ここが違う』」の脳梁部についての指摘には異論は出まい。

 「MRI(核磁気共鳴画像撮影装置)などの発達により、脳内の構造に男女差のあることがわかってきました。そのなかで、左右の大脳半球を連絡する2億本もの神経繊維の大きな束である脳梁に男女差のあることが話題を呼んでいます。女性の脳梁後部の膨大部は、球形をしていて大きく、男性のほうが細いのです。この部分は、視覚情報や言語情報を左右の大脳半球間で交換する繊維が通るところです。ここが女性のほうが太いということは、この部分を通る繊維が男性より多いということです。これは、女性のほうが、とくに意識をしなくても細かいところまで目が行き届くことや、言語能力がすぐれていることなどと大いに関係しているものと思われます」。

 ちなみに空間認知能力は右脳、言語能力は左脳が主に司っていると言われる。

 こうした脳の性差は、母親の胎内にいる時期にアンドロゲン(男性ホルモン)によって形成されると考えられている。日本医大生理学講座の「最近の和文総説・解説」にある「女性の性行動とホルモン」を見ていただこう。「脳の性差は脳の個体発生の途上で、妊娠90日前後に決まる。脳の性分化の臨界期と呼ばれるこの時期には男性胎児の精巣のアンドロゲン分泌が盛んで、アンドロゲンが神経細胞の軸索の伸展や樹状突起におけるシナプス形成を促進することにより、男性型の脳が形成される。アンドロゲン作用がない場合には女性型の脳が完成する。脳・脊髄の初期発生では成熟個体で見られる数のおよそ2倍の神経細胞が発生し、標的細胞に軸索が到達してシナプスを形成した細胞だけが生存すると考えられている」

 ネズミによる実験では、こうした性分化の臨界期に男性ホルモンの代わりに大量のエストロゲン(女性ホルモン)を投与しても、不思議なことに男性型の脳になる。男性ホルモンはそのままの形で作用するのではなく、脳内に入って女性ホルモンに転換され男性化に働くのだった。それなら女性胎児の脳も男性化しそうだが、臨界期に限って血液中のエストロゲンとだけ結合するタンパク質が出現し、血管から脳への入り口である脳血液バリアのふるいに引っ掛けて、通れなくしてしまう巧妙な仕組みが用意されている。もし、この邪魔をするタンパク質よりも多量にエストロゲンがあれば、女性胎児でも脳の男性化は起こってしまう。

◆性分化の行動への影響

 「Man & Woman」に性差と甘党辛党に関する面白い実験が紹介されている。「ラットに水道水と3%のブドウ糖水の二種類を飲み水として別々の給水瓶から自由に選ばせて飲ませてみる。雄も雌もブドウ糖水のほうを好んで飲むが、雌のほうがはるかに多量のブドウ糖水を飲む。次に0.25〜0.75%のサッカリン水を用いて同様な実験を行ってみた。これは人間にはうんざりする甘さである。雄ラットは、初めはサッカリン水を飲んでいても、やがてあまり飲まなくなるのに、雌の方は、サッカリン水の方を好んで飲み、しかも、だんだんとその量が増加していった」「雌ラットの卵巣を取ってしまうと、正常な雌と比べてサッカリン水を飲む量が明らかに減少する。しかし、この去勢した雌ラットに卵胞ホルモン(エストロゲン)と黄体ホルモン33を注射して卵巣のホルモンを補ってやると、再び甘党にもどり、正常な雌と変わらずサッカリン水をたくさん飲み続けるようになった」「一方、雄ラットは去勢しても、甘味の好みはほとんど変わらなかった。女性ホルモンが甘党の原因ならば、雄ラットに女性ホルモンを注射すれば、甘党へ変えることができるはずだが、去勢した雄ラットに女性ホルモンを注射しても効果はなかった」

 「雌ラットが甘党であるためには女性ホルモンが確かに必要であるが、甘味の好みに対する雌雄差を生ずる原因はもっと根本的なところにあるようだ。つまり味覚の情報を受けて、それを行動に移す脳に雌雄差があり、それがカギをにぎっていると思われる」。人間と違い、母胎内にいる時間が短いネズミでは脳の性分化の臨界期は生後数日である。「生まれてすぐ雄ラットを去勢し、精巣から分泌されるアンドロゲン(男性ホルモン)の影響を取り除くと、遺伝的に雄でありながら、雌と同様に、甘党になることがわかった。逆に、生後5〜6日までに、雌ラットにアンドロゲンを一回注射しておくと、雄と同じように甘党でなくなった」

 毎日新聞の伝える「<同性愛女性>内耳が男性化−−米テキサス大研究グループが発表」も、脳の性分化と関係しているようだ。小さなクリック音を聴かせて内耳を伝わってくる「同性愛女性から得られた振動は、同性愛でない女性の振動よりかなり弱く、バイセクシュアルの女性はその中間に位置することが分かった。男性から得られた振動は同性愛者であるなしにかかわらず、同性愛女性よりも弱かった。内耳は胎児期のホルモンの影響で性差が進む器官とされている。男性ホルモンにさらされる男性の内耳は男性化し、音に対する感受性が女性より低くなることが知られてきた」。脳に極めて近い場所にある内耳にこの変化が現われるのなら、脳内にも関係した変化が発生していると考えるのが自然だ。最初に取り上げたエピソードは男性の同性愛者のものだったが、女性の同性愛者にも脳に器質的な差があるのではないか。同じ雷の音を聞いて、男と女、さらにそれぞれの器質差によって聞こえる音の大きさが違うということになり、示唆的な話だと思う。

 性分化の臨界期に、性ホルモンの微妙なバランスが狂うことで何かが起き、行動に影響が出るとみて差し支えあるまい。胎児期に男性ホルモンの「シャワー」を浴びた後、思春期になって再び男性ホルモンの分泌が盛んになるまでの間に、男の子にはもう一回、血中の男性ホルモンが高まる時期がある。出生後半年の期間であり、何かの形成が体内で行なわれているようだ。我々の存在を規定する秘密について、知らないことの方がはるかに多いことだけは断言できる。

◆環境ホルモンがしていること

 「環境ホルモン」は「わが家の子供たちはカップめんが大好きです」「しかし最近わが家では、カップめんを食べるときには、一旦、めんを瀬戸物のどんぶりに移してお湯をかけ、なべのふたをかぶせて作るようにしています。それは、発泡ポリスチレン(発泡スチロール)製の容器から、スチレンという環境ホルモン(内分泌かく乱物質)が熱湯に溶け出すことが分かったからです」と、既に家庭での自衛策が真剣みを帯びていることを語っている。

 この筆者はさらにダイオキシンにも触れている。「ダイオキシンは、女性ホルモンそのものとしてはたらくことが分かっています。乳がん細胞は女性ホルモンのはたらきをする環境ホルモンを添加されると、猛烈な勢いで増殖することが判明しています。また、妊娠15日めのラットに、ダイオキシン1マイクログラム/キログラム体重を投与したところ、生まれたオスのラットにはあきらかに精子数の減少が見られ、成熟してもつがいをつくろうとせず、メスのような行動をとることが確認されました。ラットに見られた異常が、人間で表れないとは言い切れないでしょう」。現在のダイオキシンの規制には、もちろんこうした観点は入っていない。

 「イリノイ環境保護局による環境ホルモンの仮リスト」には、「既知」「可能性あり」「疑いあり」の3段階に分けて、多様な容疑物質がリストアップされている。除草剤や殺虫剤などにはなじみのものもあがっている。全国5,000校の学校給食で使われているポリカーボネート樹脂食器から溶け出すビスフェノールAは、スチレンなどと並んで「可能性あり」の格付けだ。

 人間への影響としてほぼ明確なことは、立花隆氏の講演録を掲載している「環境ホルモンの影響」に記述されている。精液1ccに含まれる「今日の若い成人男子の精子数は、1億どころか5,000〜6,000万まで下がっています。しかも、精子の運動率は急落し、奇形率も、'60年代には20%程度だったものが、今では70%と言われています」「女性にも異常をもたらすことがわかっています。月経は、8歳の女子で月経が始まる率は1%と言われてきました。アメリカでの大掛かりな調査の結果、8歳時で黒人の場合は48.3%、白人でも14.7%が月経が始まっていることが分かりました。つまり女性の場合、女性ホルモンに似た環境ホルモンを摂取した結果、性的な成熟が異常に早まったと考えられます。しかも、3歳の時点で乳房が大きくなり、陰毛が生え、月経が始まるというケースも報告されています。こうしたケースは、かつては100万に1例といったレア・ケースだといわれていましたが、今日のアメリカでは、3歳の時点で黒人の3%、白人の1%が初潮を迎えていることが分かっています」。免疫系の異常によるアレルギー疾患増加や、学習能力低下などにも触れられているが、因果関係の確定にはまだ至っていないと思う。

 非常に力の入った特集を組んでいるのが「BART SPECIAL REPORT」「第3部 世界の最先端科学者による座談会」から興味深い議論を引用したい。環境ホルモンの問題は人類の進化と昔から関係しているのだった。

 「多くの植物がエストロゲン様の作用を持っています。進化という観点からすれば、植物がエストロゲン作用を持つ化学物質を産生することは、動物に対抗するために獲得した防御メカニズムのひとつなのです。動物がそうした植物を食べると生殖異常を起こし、結果として、その植物を食べなくなる、あるいは、食べる量が減って、植物は種を存続することができる、という仕組みです。ふだん私たちが口にする、ごくありふれた植物の多くが高濃度の化学物質を含んでいます。とくにアジアでは大豆加工品が広範囲で食用とされていますが、アメリカでも乳児用粉ミルクの20〜25%は大豆が原料です。大豆粉ミルクを飲んでいる乳児は、高濃度の植物性エストロゲンにさらされているわけです」

 「植物性エストロゲンは有益な影響をももたらすかもしれないということです。長い進化の歴史の中で、私たちはしだいに植物性エストロゲンの存在に適応し、それらの摂取に対応できるようになったとも考えられるのです。その点では、合成化学物質はまったく異なります。このことはまだ推測の域を出ていませんが、現在、活発に議論されています。とにかく、植物性エストロゲンに関して、リスクと恩恵をはっきりさせることは非常に重要だと考えます」。なお、植物性エストロゲンは食品加工の過程でかなり消滅する。

 この「座談会」から、もうひとつ引用したい。「内分泌攪乱物質など、発生に悪影響を与える化学物質については、いくつかの特質が明らかにされています。そのひとつは、胎児期から出生直後の時期に、これらの物質にさらされた場合、ほんの短い期間であっても決定的な影響を受けてしまうということ。なかには、発生のある特定の時期にたった一度暴露しただけで、影響が出る場合もあります。大人では、一般的には、長期的な暴露があって、初めてそのような悪影響が起こるのです」「もうひとつの特質は、大人に対してはほぼ例外なく可逆的に作用するが、胎児期から新生児期では、発生のメカニズムゆえに不可逆的に作用するという点です。取り返しのつかない影響を及ぼす可能性があるのです。たとえば、避妊用ピルを例に取れば、服用を止めれば妊娠が可能になります。だが、ピルの成分と同じホルモンを動物の胎児に投与すれば、ごく短期間の投与でも、生まれてきた子は不妊になるのです」

 脳の性分化について知っている我々には、理解しやすい発言と思う。環境ホルモンとして確定しているDDTは、現在、先進国では使われなくなっているが、ふんだんに散布された記憶が残っている。それはほんの一例に過ぎず、多種類の環境ホルモンによる複合汚染に知らず知らずの間に曝されてきたのが実態だろう。精子数の減少といった目に見える現象を超えて、我々の内部で何が変えられたのか、あるいは変えられようとしているのか、知ることは容易ではない。



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