第63回「若者・流行歌・音楽文化と著作権」

 J−POPの2人組「B'z」が98年に出した二つのベストアルバムCDは、合わせて1千万枚を売ったという。ひとつの家庭に兄弟姉妹がいて別々に買うような例は少ないだろうから、家庭普及率として考えると、これは相当なブーム、社会現象になっていなければならない数字だ。ところが、世間からの認知度でみると、「結婚・1年の出産休暇・紅白歌合戦での復帰」を果たした安室奈美恵に比べるべくもない。これをお読みの方の相当数も「B'zなんて顔も名前も知らない」と言われるだろう。ミリオンセラー、百万枚を売れば家庭、団らんの話題になった、歌が時代の中心にいたころから遠いとはいえ、4百万、5百万枚売って、この状況とは、何を意味するのか。折しも、音楽を巡っては著作権にからむハード、ソフト両面での動きが激しい。今回は若者たちと音楽がテーマ。

◆ますます拡大する超ミリオンセラー

 日本レコード協会が認定した、記録的売れ行きのディスク類一覧は「GOLD認定作品の検索」で見ることができる。これまで「4ミリオン」つまり4百万枚が認定されたのは4つのアルバムしかなく、96年にglobeが、97年にはGLAYが、そして98年にB'zが2作で達成した。ひとつ下である「3ミリオン」は、89年の松任谷由実から現れ、97年まで年間3作止まりだったのに、98年は5作にも膨れ上がった。「2ミリオン」が登場するのは89年のDreams Come Trueからで、当時は驚異的と話題になったが、今では世間全体からは特段、感激のアピールもなしに超ミリオンの記録が塗り替え続けられている。

 超ミリオン認定の記録で目立つのはシングルが劣勢で、アルバムが大半と言える点だ。「この一曲は流行歌の歴史に残る」といった名作が現れているから高い売れ行きを獲得しているのではないことが、この事実からも、うかがえる。

 「情報財における消費者行動とマーケティング〜音楽産業を中心として〜」は、この事情を次のように描く。「現代社会は、電子メディアという媒体の中に、生産者や消費者が漬かっているような社会である。その意味で、商品の流動性が加速されている。その中で商品は、自己再帰的に、意味や価値を組織化している」「消費社会では、消費者は、他者との差異化という方向を求めていくと言われている。しかし、同時にメディアを媒介として、他者と連他性を持とうとする。この差異化と連他化という2つの方向性の間を、消費者は揺らぎながら、かつ混在させながら消費行動を行っている」「90年代に入って、メガヒット(100万枚以上の売上)が多数出ているが、その商品の消費者への認知度があまり高くないという、分衆的な大衆が存在している。これは、他者との連他性の結果である。消費者は、メガヒット曲を消費する一方で、自分の世界に合ったお気に入りのアーティストを消費している。前者の場合は、まさに自己再帰的な商品であり、様々なメディアの中で揺らいでいる消費者の中で、その価値が決定されていくものである」

 ここで言われている「消費者」とは、大方は若者のことだろう。実際には、メガヒット消費に加わらない中高年層が存在していて、それ全体に対して、若者層は消費する音楽を差異化しているのだと考えるのが妥当だ。若者が年上世代に対抗して、自分たち新しいの音楽を持つこと自体は何ら珍しいことではない。歴史は繰り返してきた。いま起きている事態の特殊さは、これから述べるようにテクノロジーの時代が生み出したものだ。

◆大量消費されるための作品性とは

 若者の音楽文化と言えばロックだった時代がある。現在もロックを名乗る音楽はあるが、60年代とは随分違う中身になった。「音楽世代論」はこう説く。「一九七〇年代に対抗文化の退潮とともに,次第に,若者のライフスタイルとその音楽は消費文化に強く彩られるようになった。とりわけ,オイル・ショック後の一時期を除いて類を見ない好況が続いた日本では,少産化の追い風も受けて,若者はますます『豊か』なレジャー階級になった」。「流行音楽のおもなターゲットが『苦』の経験の少ない社会的位置にいる若者とティーンに移ったため」「聴き手は,そのドラマ世界へ適当な距離を置いて感情移入することを通じて,日常生活のなかで半ば無意識のうちに表出を抑圧された『苦しい』感情経験を解発してその経験にケリをつけることができる」「カタルシスの歌が求められなくなった」。あるいは「『豊かな消費生活』のイメージにフィットしない『苦しい』感情経験は『ダサイ』ものとして,流行歌の世界から排除されるようになった」。

 これに一脈通じる、最近のエピソードがある。いまコンビニで一番売れている洋酒は、「クリアブレンド」を売り物にしたニッカのウイスキーだという。商品のポイントは原料の麦芽を燻すことでつけていたスコッチウイスキーらしいピート臭をなくし、それにまつわる苦味のようなものも取り除いた。チューハイからお酒の世界に入った若い世代には、あのほろ苦さは余分らしい。

 「日本ゴールドディスク大賞に見る 日本のニューミュージック・歌謡界」の解説を引用したい。「90年代におけるミリオンセラーは、ごく限られた世代によって支えられて成り立っています。この世代は、10代後半から20代前半の『団塊ジュニア』と呼ばれる、約800万人の人たちのことです。 故にこの世代を除くほとんどの人たちは、ミリオンセラーとなったヒット曲を知らないという現象が生まれ、従来のミリオンセラーの本質的な定義が変化してしまいました」「TVとのタイアップが、今の『メガヒット』時代を到来させた最大の理由であり」「90年代におけるタイアップは、ドラマ主題歌、CMイメージソングがシングルヒットを生み出す構造となっています」「ドラマの制作側とレコード会社が密に連携することで、『ドラマ、CM+主題歌=高視聴率・高セールス』という方程式が成り立つことを狙ったのです」。画像と合体して売れていく現象、特にビデオクリップの場合は各種の凝った技術を駆使した映像である点も、この時代らしい特徴と言えよう。音楽が主なのか、映像・画像が主なのか、分からなくなりつつある。ポップスの主要グループでダンスミュージックの要素が濃くなっている点とも通じている。

 では、中高年層はどうしているのか。カラオケ教室に通い、演歌を歌うような中高年層は、カラオケの先生から演歌などのCD新譜をカセットテープにコピーしてもらうようになって、CD消費者としての影は薄くなったとされる。カラオケパートも含んだCDシングルが売れて、若者のカラオケ熱をあおったのとは、また違うストーリーになっている。

◆ポピュラー音楽と複製テクノロジー

 「『ポピュラー音楽』とは、大量複製技術を前提とし、大量生産〜流通〜消費される商品として社会の中で機能する音楽であり、とりわけ、こうした大量複製技術の登場以降に確立された様式に則った音楽である」と定義する「特別講義『ポピュラー音楽史概説』の概説」は、「決定的にそれ以前と以後に断絶をおこしたのは、音そのものの複製技術である、録音(レコード)と放送(ラジオ)です。この転換期は、助走期も含めて幅広く捉えるならば、十九世紀半ばから一九二〇年代までと考えてよいでしょう。この時期は、産業革命を通過した近代資本主義が完成されていく時期であり、現代にも直結した、大衆社会的な都市文化が形成された時期といえます。音楽に直結する事項をあげるならば、学校教育などによって楽譜のリテラシーが拡大し、楽譜出版が急成長して著作権概念が形成された時期であり、自動演奏機械が普及・発達するとともに、レコードとラジオが発明された時期ということになります」と述べている。

 そして、いま鋭い問題を提起しているのも複製テクノロジーである。

 98年11月には、音楽録音用のCD-R/CD-RWが認められて、音楽CDを自分の好みで編集して自分用に作ることが可能になった。CD-R Home Factoryの「著作権って何だ?」が状況を教えてくれる。「音楽録音用CD-R/CD-RWは、DATやMDなどと同じにように補償金が課せられることでクリアになった。ちなみにDATやMDの場合は、機器の卸価格の2%、記録媒体の同3%となっている。だが、1998年11月中旬の時点で音楽録音用CD-R/CD-RWの補償金の料率は未定」である。ただし、パソコン用のCD-R/CD-RWは補償金制度の対象外であり、厄介な問題を生みそうであることは想像に難くない。

 特別の機器がなくてもインターネットを使うだけで「違法」なコピーが利用可能なのは、MP3と呼ばれる高度の圧縮ファイルシステムだ。つい先日、国内でもそのファイルを作成できるソフトウエアのリリースを見かけた。「MP3 Maker」には「Webページに誰でもダウンロード可能な状態で掲載するのは、たとえZIPやLZHなどに拡張子を変更しても、違法行為です。プロバイダーによっては拡張子MP3のファイルをホームページの作者に断り無く削除しているところもあります」とある。

 MP3の使用感について「パッケージはなくとも音楽は鳴る」がレポートしている。「置かれている音楽のジャンルは、圧倒的にJ-POPのヒットチャートものとアニソンが多い」。日本音楽著作権協会「が警告を発したために、最近はMP3関係のページが次々と閉鎖しているようで、今も存続しているページのデータの置き場所は」「海外の無料サーバーが大部分だ。そしてダウンロード終了後、いざ音を聴いてみたのだが、確かに思いの外いい。パソコンの貧弱なスピーカーじゃ判断は難しいが、普段ラジカセで音楽を聴いてるような人には、このぐらいの音質で充分だと思う」「気に入ったレコードは買わなきゃ気が済まない僕みたいな人間は試聴感覚で聴くわけだけど、別に音楽なんてものはマニアックに聴き漁らなくても、MP3程度の音質のヒットチャートものだけ聴いてても生活には充分だというのも真実だと思う」

 98年11月、インターネットで音楽ソフトを配信するサービスについて、日本音楽著作権協会などが合意している。「ネットワーク上での有料の音楽利用に関する著作物使用料について暫定合意」は難しい言い回しになっているが、1曲100円でデジタル配信して、家庭のパソコンに取り込める場合は著作権使用料として「7.7円」払えばよいことになった。MP3利用者の中にも、廃盤になった曲を探す人がかなりいるようなので、合法的に懐かしい曲のオリジナルが持てるなら面白いだろう。聞きたい曲が廃盤になっているとしても、よく見かける通信販売の何とか全集には余分な曲が多すぎて、手が出ないから。

 配信サービスを受け取る機器は、第61回「パソコンとテレビの明日は」で取り上げた家庭用のサーバーになるかもしれない。現状でもパソコンに取り込んで先に取り上げたCD-R/CD-RWに書き込めば、自分用のCDとして、あちこち持ち回れることになる。

 こうしたデジタルコピーのテクノロジー時代に、超ミリオンセラーの世界、そして、やがて30代に入る団塊ジュニアの若者層、中高年層も含めた大衆の音楽生活がどのように変わっていくのだろうか。プラグインソフトのReal Audioさえあれば、ちょっと懐かしいポップス99曲が手軽に聞ける「Q盤search」を紹介するので、何曲か聞いてもらいながら、これが素晴らしい音質で提供される近未来を想像してみて欲しい。