立命館大産業社会学部 2019講義録

「AI戦略と文系の皆さん」と「中国の個人監視社会」

 【表現の自由論】
《はじめに》

 団藤保晴です。勤務していた朝日新聞で記事審査委員、科学技術や政治経済などの取材記者をし、ネット上で独自の評論・知的ナビ活動「インターネットで読み解く!」を満22年続けています。新聞社退職後はヤフーから依頼を受けた「Yahoo!ニュース 個人」を足場に活動しています。大学関係では非常勤講師だった関西学院大国際学部での大教室講義録6回分があり、公開しているので参考にしてください。  小学生にプログラミングを必修で教えるとか、文系の大学生からもAI(人工知能)人材育成を求める「国のAI戦略」が公表されるなど、デジタル力強化へただならぬ動きがあります。高校でつまらない「情報」の授業を受けただけの皆さんに、「後に続く世代に比べ不利」との危機意識を持ってもらい、日頃なんとなく使っているネット情報をデジタル力の資源として活用する実践的なテクニックを前半でお話しします。

 後半は西側の自由主義社会とますます相容れなくなってきた中国についてです。個人の行動を常時監視して国民に点数を付ける構想を初めて聞いた際には「そんな無茶な」と思いましたが、本当にやる気です。点数が悪い国民は航空機や鉄道の利用が実際に制限されています。街頭カメラによるAI個人監視システムが「一帯一路」のインフラ輸出に載せて海外にも輸出され、特殊中国的なものではなくなりました。
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《あまりにも出来ていないネット活用》

 ◇大変なAI変動が世界で起きている

 最近、「ものづくり」日本が見直されている観があります。確かに「物」は日本の強みながら、それに拘るだけでは21世紀に未来はありません。次に紹介するトピックが端的に示していると思います。

《「中国発AI」で、通訳も速記も、もう必要ない》
https://toyokeizai.net/articles/-/278801?display=b  ポケットに入る会話翻訳機を海外旅行用に買われた方がいらっしゃるかもしれません。簡単な機能で良ければスマホやタブレットにインストールできる無料アプリまで出来ましたが、このトピックにあるアイフライテック「智能会議系統(スマート会議システム)」は桁違いです。

 《会議中の発言をAIで認識し、自動で文字に変換してスクリーンに映し出す。音声認識の正確性は中国語で97%、英語で95%と、プロの速記者をも上回る高さだ。声紋を分析して話者を識別できるのはもちろんのこと、中国語と英語だけでなく日本語や韓国語にも対応し、リアルタイムでスクリーンに対訳を表示する機能を併せ持つ。中国語では、会議の要点を短くまとめた要約すら、自動で作成可能だという》

 企業向けサービスだけでなく、今年初めには個人向けの「AIノート」を発表しました。《A5サイズで厚さは7.5mm、重さは360gと軽く、アマゾンの電子書籍リーダー「Kindle(キンドル)」を彷彿とさせる。電子書籍を読む機能もあるが、それだけではない。スマート会議システムと同様、音声を自動かつほぼ同時に文字変換し、画面上に表示できるのだ。まるでノートが速記者の代わりをしてくれるようである》



 ◇パソコンが使えないでは困る

 「ものづくり」にこだわる日本企業がグーグルやアマゾン、フェイスブックなどに太刀打ちできず、アップルのスマートフォン開発に置いて行かれた現状はご存じの通りです。我々が今すぐ商品開発をする訳ではありませんが、デジタルの知的世界、つまりネットの世界に慣れ、活用する能力を身に付けることが現代を生きる上で必須と考えます。ところが、日本はパソコンの利用率がOECD(経済協力開発機構)諸国の中で突出して低いのです。 私が2011年に書いた
『日本人の4割はパソコン無縁:欧米と大きく乖離』 [BM時評](2011/05/24)
http://dandoweb.com/backno/20110524.htm で紹介したグラフを見ましょう。  《米インテル社の投資家ミーティングで公開されたグラフを、一部トリミングして以下に掲げます。その国のパソコン価格が週給の4~8倍くらいまで下がるとノートPCの普及が加速する様子が描かれていて、100%に迫っている黄色が北米、オレンジが西欧、離れたブルーが日本です》《「日本以外の先進国では、PCが不可欠なものになっているのに対し、日本ではそうなっていない、ということだ。日本では多くの人にとってPCは、あると便利なものではあっても、ないと困るものではない、ということが、普及の妨げになっているのではないか。わが国でPCは、40%の人にとって、買えないものではなく、買わないものなのだ」》

 デジタル・ディバイド層が欧米より多いのは大人に限らず、内閣府国際比較調査によると、日本の13歳から19歳のパソコン保有率は先進国中では突出して低く、約7割がパソコンを保有していません。自民党は「子供に1台ずつタブレットを配れ」と言い出しています。

 お金があるのに欧米のようにパソコンを買わないのは、「面白い」「魅力がある」と感じないからでしょう。皆さんも、スマートフォンで日常必要な検索などを済ませているからパソコンに触るのはリポートを書くときだけ――になっていませんか。それでは今の時代に生きるデジタル力を身に付けるには不足です。これから講義するネット活用の実際を知っていただけば、皆さんにも納得してもらえるでしょう。



 ◇すぐれもの「検索デスク」

 まず、私がネットに入る玄関口にしている 「検索デスク」
https://searchdesk.com/
を紹介します。検索デスクは大阪にお住まいの浅井さんが1996年から開設されています。新しいネットサービスが出来ると速やかに追加され、多様なネットサービスを1ページに網羅したすぐれものです。知的探索からニュース、買い物、娯楽、旅行、グルメなどネットで何か出来るのか一覧で見せてくれます。このページの半分が何か分かれば、社会に出てからネット通でいられます。例えば「Y!リアルタイム」を開けば、どんな言葉がツイッターで盛んに語られているか、その頻度グラフが見られます。



 ◇機械翻訳の大進歩

 日本語で読めるウェブの情報では世界を理解するのに足りないと以前から感じていても、英語版のニューヨークタイムズ紙などを読むのがせいぜいでした。AI系の言語意味解析を取り入れたグーグル機械翻訳が近年とても進歩しており、ブラウザのグーグルクロームに組み込まれているので、ネットを回りながら英語はもちろん中国語ウェブでも韓国語ウェブでもクリックひとつで翻訳できます。  誤訳や意味不明な訳もまだありますが、急速に減っており大意を知るには十分な段階に至りました。昨年来の急速な日韓関係の悪化をウオッチするために朝鮮日報の日本語版中央日報の日本語版を見るだけでなく韓国語版の親サイトで読むようになっています。結果的に韓国メディアの日本語版は日本人向けのプロパガンダの性格が強く、読ませたくないような記事は韓国語版を見ないと駄目だと知りました。また、ニュース重要度を反映していなくて韓国語版ではとても小さな扱いの記事が日本語版ではメインになっています。相手の手の内を知るには親サイトを読まねばなりません。中国については人民日報が日本語版でだけ日本の対中援助実行記事を紹介、中国語版では伏せる動きをしており、
第400回「了解しかねる対中ODA継続、NGO支援に限定を」(2013/12/23)
http://dandoweb.com/backno/20131223.htm
で指摘しています。



 ◇ニュースサイト「ヤフー」「グーグル」

 代表的な二つのニュースサイトには決定的な違いがあります。ヤフーには編集部が存在し、契約メディアから提供されたニュースを分類、重み付け、選別して見せています。一方、グーグルはロボットが各メディアのサイトから勝手にニュースを収集し、ニュースとして提供する画面もロボットが編集しています。的確なニュースバリュー判断はヤフーに分があるかもしれないものの契約していないメディアはそもそも対象外であり、ニュースの網羅性ではグーグルが優ります。

 ヤフーは契約媒体にお金を払っていますが、グーグルは米国流の「フェアユース」の考え方を取り、ロボットが無断で勝手に集めます。ただし、紳士協定があってロボットに対してサイト所有者が全体または特定ページでコンテンツの収集拒否を宣言することが可能です。実際に多くのソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)はロボット収集を拒否しています。従ってグーグル検索でもSNSで話題になった話は出て来ません。

 ヤフーは国内・国際・経済・エンタメなど大分野別に分類した上に、国際ニュースならさらに「中国・台湾」「韓国・北朝鮮」「アジア・オセアニア」などに分類していますから、例えばインドについて継続的にウオッチする用途には有利です。グーグルは本来、網羅的に時系列でも集めてくれるはずだったのですが、細かいニュースまで拾ってくれなくなっています。



 ◇消えてしまったウェブの検索

 米国にあるNPO「Internet Archive」が1996年以来、世界中のウェブ3570億ページを蓄積しています。これもフェアユースとして扱われ、日本で同様の企画がありましたが著作権法の下では不可能でした。例としてアップル社(www.apple.com/jp)でiPodやiPhoneが売り出された頃のウェブを呼び出してみましょう。

 また、企業が不祥事を起こして関連するホームページを閉鎖することもよくあります。2007年に科学的知識を装った番組内容捏造が発覚した関西テレビ制作のバラエテイー番組「発掘!あるある大事典」もその一例ですが、消されたページのアドレスさえ知ればどのような内容だったか現在でも読めます。

 私の第153回「科学をなめている『あるある大事典』捏造」 (2007/01/28)で見せたくなくも消せない過去となった実例を見ましょう。1999年から現在まで繰り返し収集されていて、2008年頃までは「お詫び」や「再生への取り組み」が掲載されていましたが、その後は「指定されたページは存在しません。」に変わっていく様までウオッチできます。

 実は検索サイトから昔の事実を削除して欲しいと訴える「忘れられる権利」問題が顕在化しています。グーグルは欧州で申請に基づく削除に取り組んでいますし、日本でも裁判所から削除の命令が出ました。「Internet Archive」の蓄積データも指定された手順を踏めば削除できるようになりました。



 ◇便利で膨大な社会データ集のウェブ

 「ひとりシンクタンク」を標榜している「社会実情データ図録」は各種データをグラフ化し、膨大で丹念な更新が特徴です。多種多様な国際ランクから出来た「国際日本データランキング」では多彩な相関分析、国別比較が可能です。

 社会実情データ図録を主宰している本川さんは元は代議士秘書で、国会図書館などから統計データを拾い集めて独自に分析されています。トップページの上の欄にある分野別を開いてみるだけで実に多様な問題意識を持たれているか分かります。例えばキーワード「中国」でサイト内を検索しましょう。「図録 中国の食料消費対世界シェアの推移」「図録 中国人が大問題だと考えていること」「図録 中国とインドの超長期人口推移」「図録 中国の人口ピラミッド」「図録 中国国内の地域格差とその推移(地図等)」「図録 米国・中国・韓国への親近感の推移」などチャーミングなタイトルが並びます。  この中から「図録 中国の食料消費対世界シェアの推移」を開きましょう。人口シェアで世界の2割である中国の巨大な胃袋に、世界の野菜は49.3%、豚肉は45.8%、水産物は34.3%が取り込まれているのです。食品別のシェア推移が描かれています。野菜も豚肉も1980年ごろまでは人口シェアを下回っており、芋類に頼っていました。食の大変革は1978年に改革開放政策が始動した結果であると見て取れます。

 国際日本データランキングは明治大の鈴木さんが主宰しています。前は欧州で教職に就かれていた方で、日本にいるとメディアの報道がなくて気付きにくい多種多様な統計や社会調査を集めてランキングにまとめています。人口や経済の統計以外に治安、文化、人生などそんな調査があるのかと思えるものが並びます。例えば「スポーツ」の項目を開くだけでも50近い調査があります。

 2つのデータの相関分析が手軽に出来るのも特長です。例えば説明軸のX軸に「国民経済」から「1人当り国民総生産(GDP、米ドル)」、Y軸に「人口・家族」から「都市地域の人口(全人口に占める割合)」をとります。相関係数は0.601ですからかなり高い値です。もしY軸に「自殺、全世代(人口10万人当り)」を設定すれば相関係数は0.151ですから相関は極めて薄いことになります。



 ◇現在を生きるための過去と未来の年表

 年表と聞くと遠い昔の歴史年表が思い浮かびますが、ネット上では広告大手2社が現在と近接した過去・未来の年表を提供しています。電通による「広告景気年表」と博報堂による「未来年表」です。

 広告景気年表は広告のクライアントの参考にする目的で作成されており、信頼できる内容です。1945年から昨年まで政治経済、10大ニュース、時の商品・新製品、話題のテレビ番組、流行語、流行歌、映画、ベストセラー、マンガ、ファッションから気象まで揃っています。例えば自分が生まれた頃や小学校に入った頃はどんな年だったのか簡単に調べられます。

 一方、未来年表は「○○年ごろにはこんな事柄が実現する」といったメディアの報道を実現年ごとにまとめ直した年表です。医療、宇宙、環境、資源、社会、情報、人口といった分野別でも括っています。2020年の医療をみると「このころ認知症の根治薬の治験がはじまる 」などの項目があります。自分の年齢を入力すると何歳ごろに何が起きるかを一覧するサービスもあります。



 ◇イメージで世界を知る多彩なサイト

 日常品300種の出来るまでを工場見学「THE MAKING」、世界の美術を細部まで拡大鑑賞「Google Arts & Culture」、世界中の今吹いている風を見られる――「earth:: an animated map of global wind and weather」、5千年の世界史を90秒で見せるマップス・オブ・ウオーの「History of Religion」

 ネットには360度パノラマ写真がありコンテンツが豊富です。富士山頂やエベレスト山頂、ニューヨークの摩天楼、ベルサイユ宮殿、NASA火星探査車などを見てみましょう。マウスで上下左右、自由に操れます。なお、スマホやタブレットは対応していないようです。フジヤマNAVIオリジナル パノラマ写真アーカイブでは富士山頂の雲海や剣ヶ峰から火口。「panoramas.dk」では、 Curiosity Rover First Colour PanoramaEVEREST 60 YEAR ANNIVERSARYニューヨーク・ビル群ベルサイユ宮殿・鏡の間など。







《中国の「監視社会化」は世界へ拡散?》

 ◇街頭にある多数の監視カメラで顔認証  2017年に私の同じ講義で、中国では赤信号で横断歩道を渡るとカメラで顔認証されて顔写真と氏名が街頭大型ディスプレイに晒されるようになったと話しました。当時、中国からの留学生の方から「そんなの見た事が無い」と反論されたものです。監視システムの内部でどんな処理がされているのか、うかがい知れる画像と詳細記録が最近、ネットで紹介されました。  TechCrunchによる《中国のとあるスマートシティ監視システムのデータが公開状態になっていた》
https://jp.techcrunch.com/2019/05/06/2019-05-03-china-smart-city-exposed/

 《スマートシティとは、住民の生活が楽になるようにデザインされるものだ。交通整理を行い、公共交通機関が時間どおりに運行できるようにし、カメラを使って頭上からの見守りを行う。しかしそのデータが漏洩したときにはどうなるのだろうか?実はそうしたデータベースの1つが、数週間に渡って誰でも中が見られるようになっていた》

 《このシステムが監視しているのは、北京東部の少なくとも2つの小さな住宅コミュニティ周囲の住民たちだ。その中でも最大のものは市の大使館地区として知られるLiangmaqiao(亮馬橋)である。このシステムは、顔認識データを収集するように設計されたカメラを含む、いくつかのデータ収集ポイントによって構成されている。公開されたデータには、人々がどこに、いつ、どのくらいの時間滞在していたのかを個別に特定し、ある個人の日々の生活を割り出せるだけの詳細なデータが、誰でも(もちろん警察でも)アクセスできるかたちで含まれていた》

 《データベースは、人の目や口が開いているかどうか、サングラスをかけているかどうか、マスクをしているかどうか(スモッグが激しいときにはよく見られる)、そしてその人物が微笑んでいるのか、あるいかヒゲを生やしているのか、といったさまざまな顔の詳細情報を扱っていた》《顔認識システムを使用して民族を検出し、それらをラベル付けしている。例えば、中国の中心的な民族である「漢族」や、北京政府によって迫害を受けている少数民族の「ウイグル・ムスリム」などだ》



 ◇国民に点数を付けて管理する社会に

 監視カメラによって指名手配者が大量に逮捕されたとの報道も見ますが、最大の目的は普通の人の行動を監視して管理する社会実現です。
ニッセイ基礎研REPORT《あなたの‘信用’、何点ですか?―中国12都市をモデルに進む「社会信用システム」とは?》
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=61260?site=nli
を見ましょう。

 《もし、社会で生きていく上で、自分に点数やランクがつけられているとしたら、どうだろう。中国政府は2020年までに、国民の社会秩序の向上を目指す「社会信用システム」の構築を目指している。アリババのゴマスコアなど商用の信用スコアとは別の、国による国民への信用格付けだ。信用ポイントが高い人はより便利な生活サービスを利用でき、ルールを守らない人には行動の制限を加えるという、国による信賞必罰の評価システムである》

 2018年1月に南京・蘇州・成都・杭州など12のモデル都市でスタートした段階であり、ここでは山東省威海市の例が詳しく述べられています。ランク別の点数や加点になる項目、減点になる項目などが紹介されますが、減点項目が圧倒的に多く這い上がるのは至難ですから、要するに「いい子でいなさい」なのです。  《このように、努力して信用を維持し、ポイントを積み重ねれば、お得な社会サービスを受けることができる。減点の項目数が圧倒的に多く、加点の項目数は限定的である点から、点数をある程度維持するには、いかに減点されないか、いかに品行方正に生活するかが重要となってくる》《中国では、今後、消費行動、社会活動、法律や社会のルールの順守などの日々の行動がスコア化され、信用ポイントとして可視化されることになる。更に、法の裁きに従わない場合は、移動や消費に制限をかける社会信用システムで管理される》



 ◇社会信用システムは移動の自由を奪う

 The Guardianの《China bans 23m from buying travel tickets as part of 'social credit' system》
https://www.theguardian.com/world/2019/mar/01/china-bans-23m-discredited-citizens-from-buying-travel-tickets-social-credit-system
は2019年3月にこう報じました。社会信用システムの落後者に対して「2018年末までに1750万回の航空券購入を禁止」「550万回、列車乗車券の購入を禁止」です。「Once discredited, limited everywhere」のだそうです。

 中国では一部の市民の移動を制限するためにブラックリストを使用していましたが、社会信用システムはその慣行を拡大したようです。

 また、中国は市民のパスポートを押収し始めており、「政治的にクリーン」で愛国心を持つ市民のみに国外への渡航を許可しているようです。



 ◇世界中に監視技術が広まりかねない

 ニューズウイーク日本版のスティーブン・フェルドスタイン(米ボイシ州立大学准教授)による《中国が世界54カ国にAI監視技術を輸出》
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/04/post-12040.php
は中国の特殊事情は我々と関係ない、と甘い考えをしてはならないと警告しています。

 《不可解な制度や人権侵害が多い国では、AIシステムがより大きな被害をもたらす可能性が高い。中国はその代表的な例だ。政権幹部はAI技術を熱烈に受け入れ、新疆ウイグル自治区に世界最新の監視システムを構築、住民の日々の動きとスマートフォン使用状況を追跡している。中国によるこれらの技術の悪用は、世界の独裁者たちにとっては格好の手本となり、開かれた民主的な社会にとっては、直接の脅威となる。中国以外の政府がこのレベルのAIによる監視を再現したという証拠はないが、中国企業は同様の基礎技術を世界中へ積極的に輸出している》

 《私の調査対象は、タイ、トルコ、バングラデシュ、ケニアなど閉鎖的な独裁政権から欠陥のある民主主義政権まで、世界90カ国に及んでいる。この研究の過程でわかったのは、研究対象のうち54カ国に中国企業がAI監視技術を輸出していることだ。多くの場合、このテクノロジーは、中国が最も力を注いでいる経済外交圏構想「一帯一路」の一部に組み込まれている。中国はこの構想のもとで道路や鉄道、エネルギーパイプライン、電気通信などの広範なネッワークに資金を提供。最終的に世界のGDPの40%を生み出し、世界の総人口の60%がこの経済圏で暮らすことを目標としている》

 既にパキスタン、フィリピン、ケニアで、AI監視技術を組み込んだ「スマートシティ」が構築されているのです。

 我々の身近にも顔認証技術は迫っています。兵庫医大では4月から講義室にパソコンを置いて顔認証で出欠を取っています。

《大学初、顔認証で出欠=「代返」防止、事務効率化も-兵庫医大》
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019041100170&g=soc&fbclid=IwAR2yHuEsBGq8VLXCXUiPgNzPHS733D0rJ5ZVux0APb7uGUGbRIVkaf_zuhc

 西側社会では顔認証など個人情報の利用は本人の了解を得ることが大前提ですし、顔認証技術にはまだまだ間違いが多いと専門家は見ており、万能とは考えません。中国は身分証明者の写真などで10億人以上の顔を収集、さらにDNA情報なども勝手に集めています。一方で監視システムが間違った判断をして「濡れ衣」を着せられても回復する方法がありません。国家にこうした横暴をさせない市民社会の力が育っていません。

 中国全土ではないものの、新疆ウイグル自治区でのイスラム教徒抑圧は凄まじいレベルになっています。100万人が職業訓練と称される強制収容所に送られ、イスラム教徒のアイデンティティーを奪う生活を強いられています。神を崇める代わりに共産党に忠誠を誓わせられ、禁忌である豚肉を食べさせ、髭をそらせるなどです。強制収容所の外にいる260万人は監視システムで常時、位置を把握され、住民が自分の地域から離れると公安当局にアラームが通知されます。

 中国における宗教と人権の弾圧を現地情報で生々しく伝える日本語ウェブに 《Bitter Winter》(https://jp.bitterwinter.org/)があります。 《圧力をかけられた新疆ウイグル自治区の漢族の職員が首つり自殺》
https://jp.bitterwinter.org/han-official-in-xinjiang-commits-suicide-by-hanging/
が悲惨な話を紹介しています。

 抑圧側である漢族の《公務員は勤務時間を除く毎週土曜日と日曜日に指定されたウイグル族のホストファミリー宅で過ごすことになっている。さらに、およそ150元(約2,500円)相当になる米、小麦粉、または子ども服と靴を持参する必要がある。それを1か月に4回、休まず行わなければならない》。つまり週末の休みを無くし、かつ自前で土産(月にして1万円)を用意してスパイするためにホストファミリー宅に入り込む任務が義務付けられています。親が強制収容所送りが相当か、判断するために子供から日頃の言動を聞き出すと言います。それでいてホストファミリーと和やかに過ごす写真の毎週提出が義務付けられています。

 《和田 地区 のある公務員がBitter Winterに話したところによると、同僚の1人は、ウイグル人ホストファミリー宅に滞在する任務のために、麻痺で寝たきりの両親の世話をする時間がなくなったという。妻が出産でに入院し、他に面倒をみられる人もいないので部署に休暇を願い出たが、部署の幹部に却下された。この件で彼は悲壮感を抱いた。逃げることもできない果てしない政治的任務に、個人の自由を奪われたように感じた。家庭生活の中で直面した困難と葛藤はますます重くのしかかり、解決できないほどになった。彼は次第に沈みがちになったが、所属部署が彼の苦境を懸念することはなかった。最後には精神上のストレスが極度に達し、彼は首をつって自殺した》

 イスラム教だけでなくキリスト教や仏教、ユダヤ教など弾圧迫害の対象になり、宗教と結びついた少数民族の文化まで破壊して、無理やり中国化していく動きが明らかです。中国の他の地域に移ったウイグル人労働者も厳しい監視下に置かれます。新疆ウイグル自治区で形成された監視管理体制が中国全土に広がる兆しがあるとの観測さえあります。



 ◇中国の自由制限:大学にも学問の自由は無い

 この授業のテーマ「表現の自由」と関わる中国での自由の制限についてまとめておきます。中国憲法は明文で市民の政治的表現(言論、出版、集会結社、デモ行進等)の自由、信教の自由、人身の自由等について保障しています。ところが、実態は全く違います。

 中国のネット監視当局「金盾」の要員は2013年の段階で200万人とも言われます。中国語で「金盾工程(金盾プロジェクト)」と呼ばれシステム設計は1999年から始まって、2003年には有害サイトブロック、個人情報の管理、個人アクセスの監視に成功したとされます。世界から接続遮断されているのはBBCなどの西側ニュースサイト、FacebookやTwitterなどのSNS、GoogleやYouTube、ウィキペディアも駄目です。どうしても見たい中国人はVPN接続を利用するなどして世界のネット資源につなげています。

 本家Twitterには接続できなくても中国版Twitterの微博(ウェイボー)があり、中国のネット民はそれなりに発信できていました。ブログの時代は検閲の巡回頻度は半日に1回でも足りましたが、素早く大量にシェア、リツイートされる時代になって、検閲側も体制を強化しました。2013年3月に習近平指導部が発足してからネット統制の厳しさは飛躍的に増しました。2010年から2012年にあった「アラブの春」によるアラブ民衆の蜂起が共産党指導部に衝撃を与え、事前に危険な芽を摘んで大衆を管理する方向に向かわせたとの見方も出来ます。監視システムもこの後から構築が始まりました。

 さらに最近では、日本の「LINE」に相当するチャットアプリ「WeChat」が監視されていると公式に発表されました。10億人が使うWeChatの削除済みメッセージを中国政府が収集していると認めました。家族や仲間内のチャットですら「物言えば唇寒し」の状況になる訳です。ライブ配信やブログなどの多様なオンライン文化に通じた若い世代に対し、影響力や統率力を失うことを懸念しています。

 習氏が総書記に就任する前年、2011年に死者40人を出した高速鉄道事故では、政府の強い圧迫に晒されながらもメディアは抵抗する姿勢を見せていました。 『今度は本物、高速鉄道事故で中国メディア反乱』[BM時評](2011/08/03) http://dandoweb.com/backno/20110801.htm
に当時の報道ぶりを残してあります。

 現在ではメディアも大学も厳しい統制に晒されています。拙稿で見ましょう。 第515回「中国の異様な言論統制、安全弁も根こそぎ圧殺」 (2016/02/21)http://dandoweb.com/backno/20160221.htm

 かつては政府批判をする先生がごろごろいたはずの大学。2013年5月、マイクロブログで先生のつぶやきから暴露されニュースとして世界を駆け巡ったのが、大学で話してはいけなくなった「七不講」通達です。「普遍的価値」「報道の自由」「市民社会について」「市民の権利について」「中国共産党の歴史的過ちについて」「権貴資産階級(権力者・資産階級)について」「司法の独立について」いずれも語るべからずとされました。

 次いで2015年1月には中国教育相が「欧米の価値観を掲げる教科書を教室に持ち込ませてはならない」とし、「中国共産党の指導力を中傷したり社会主義を汚す見解が大学の教室に持ち込まれることがあってはならない」と語ったといいます。

 そして、2016年1月、ロイター《中国当局、大学教授らの「不適切」発言を監視》がこう伝えました。《中国共産党の中央規律検査委員会が、大学の授業中に政策批判などの「不適切な」発言が行われていないかを監視するため、調査官を大学に派遣したことがわかった》《共産党員に対し、主要政策に対する批判的な発言を禁じる規則が1日から施行されたことが背景にあるとみられる》

 最初は「べからず」訓示の形に留まったものの、2016年からはお目付け監視役を大学に派遣してがんじがらめにするところまで進んでいます》

 中国のメディアに許された自由は僅かになっており、天津での大爆発では国営通信社へのニュース発信一本化による報道統制が敷かれ、大型客船「東方之星」の沈没事故では遺族などへの取材が封じられました。抵抗はゲリラ的にしか出来なくなっているが、2018年2月に勇敢な例が生まれました。習総書記が共産党機関紙の人民日報、国営の新華社通信、国営の中国中央テレビの3社を一気に回り、「メディアは党に従うのが当然」と言って回った翌日です。  中国広東省の新聞、南方都市報がこの発言「(共産)党と(中国)政府が作ったメディアは(大衆に向けた)宣伝のための基地である。その姓は『(共産)党』とすべきである」を1面記事に掲載した際に、ひとひねりして直ぐ下に深センの経済改革の父として有名な幹部の遺骨を海に散骨した写真を配置し、「魂が海に帰る」との見出しを添えました。二つの見出しを合わせて読むと「党におもねるメディアの魂は死んでいる」と読めます。検閲のために常駐している党幹部の目をかいくぐって外部に出てしまい、ネットで全国的な評判になりました。ネットでの評判は出れば次々に消されるイタチごっこになり、後日、担当した30代の女性編集者が解雇されたと報じられています。



 ◇体制内的な運動も許されなくなった

 2013年の新指導部発足から、教育の自由や官僚の資産公開などを求める体制内的な「新公民運動」にも弾圧が始まりました。2016年6月に出版された文春新書『「暗黒・中国」からの脱出 逃亡・逮捕・拷問・脱獄 』を読みました。運動の幹部の身に起きた取り調べの拷問、国外脱出の試みに執拗な追跡劇などが描かれ、現在の中国を知る一級資料です。
http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784166610839

 ネットで概要を知りたければ筆者、顔伯鈞さんのインタビューがあります。 《元中国共産党エリート官僚の告白「中国の民主化運動は、こうして習近平政権につぶされた」》
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49063
《元中国共産党エリート官僚が決死の告白「私が見た、習近平政権下の腐敗、汚職、利権集団」》
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49064

 《顔: 党校の内部においては、学問の自由が存在しており、あくまでも客観的な目で中国の体制と諸外国の体制を比較研究することができました。議論もほぼ完全に自由で、リベラルな人もかなり大勢いましたよ。例えばかつて校内の重職に就いていたD氏は、天安門事件の学生デモの熱心な支持者でしたからね(笑)。

2013年4月に逃亡を開始するまで、私は体制内の人間の一人として、党校の同級生や官僚仲間と普通に交際を結んでいました。仲間うちではお互い「中国に西側の民主制を導入するには」といった話をごく当然のようにしていましたよ。当時までの時点で、中国共産党員であり民主化支持者でもあった私の思想的立場は、周囲と比べて極端な「転向者」でも「跳ね返り」でもなかったと言っていいと思います》

 《――個人の体験としては、考えが変わる契機はありましたか? 中央党校の修了後、しばらく北京市通州区長の秘書として勤務してから、官界を去っておられますが。

顔: 私個人の要因としては、当時みずから見た中国社会の現状への疑問も大きなものでした。例えば、私が通州区で勤務していたころ、大稿村と小稿村というふたつの地域の住民を強制退去させて、タバコ会社の建物を作るプロジェクトがおこなわれました。

中国の土地制度上の問題から、土地の自由な売買は許されないため、取り引きの中間には政府機関が入ることになります。以下、細かい数字を忘れたので「例えば」の話になりますが、政府は住民から1ムー(15分の1ヘクタール)あたり30万元(現在のレートで約460万円)くらいで土地を買い取り、それをタバコ会社に150万元(同、約2300万円)で売りつけるような行為をおこなうわけです。利ザヤとなった120万元の一部は、利益関係者のあちこちにバラ撒かれ、そのポケットに入っていきます。

土地を差し出した住民はいい面の皮でしょう。しかし、そんな彼らの陳情を聞くのが私の職務上の立場だったわけです。社会においてこんなことが許されていいわけがない、と考えるのは自然なことではないでしょうか》

 《――近年は習近平政権下でかなり抑制されているとはいえ、胡錦濤時代の中国の官僚の腐敗は凄まじいものでしたからね。日本円で億単位の汚職は当たり前で……。

顔: まだまだ甘いですよ。私は官僚時代の2007年、広東省のZ市に出張したことがあります。そこでは現地政府が4.8億元(同、約74億円)で道路を通すプロジェクトをおこなっていたのですが、そのうち総額1.8億元くらいが、業者から様々な官僚に渡る賄賂に化けました。自分の目で現場を見ましたが、賄賂を現金輸送車で運んでいましたからね。昔の話とはいえ、本当にメチャクチャでした。

当時は通常、あるプロジェクトの予算の20~30%が賄賂に充てられるのが常でした。Z市の道路建設などは、実はまだかわいいものです。空港をひとつ作るプロジェクトになれば、予算規模は数千億元。凄まじい額の賄賂が発生しますよ》

 《――民主主義を自由に研究できた党校時代とは大違いの現実ですね。正義感の強い人ほど、官僚を辞めたくなるでしょう。

顔: そういうことです。現状に嫌気がさしたことと、ちょうど自分をかわいがってくれていた上司が移動したことから、官僚に見切りを付けて北京工商大学の教員に転出したのです。

やがて友人たちとともに、北京南駅付近に集まっていた陳情者たちの支援活動をおこなうようになりました。休日を使って、彼らに服やカップラーメンを差し入れたり、法律的な支援を得る方法を紹介したりする活動です。今回の逃亡記『「暗黒・中国」からの脱出』に登場する王永紅などの一部の仲間とは、この活動をやっていた頃からの付き合いなのです》



 ◇子供向け字典から「自由」が消え、歌も禁止

 最後に最近報じられた自由についての象徴的なトピックです。
《衝撃…!中国の辞書と音楽から突然「自由」の二文字が消えた》 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/64448
はこう伝えています。

 《中国の辞書から「自由」が消えたとされる問題だ。新京報(4月20日)によると、「新編学生字典」(人民教育出版社)の「自」の用例から、「自由」が消えたという。辞書を見た保護者からは「自由」「自覚」などの言葉がないのに、性的な「自慰」があるのは、子供向けの字典として不適切との声があったという》

 《ラジオ・フリー・アジア(4月12日)は貴州大学の元経済学部教授の話として、「編集者が『自由』を入れ忘れた可能性もあるが、当局が入れないよう、要求した可能性がある」と伝えた。この学者は「彼ら(当局)は自由を恐れており、人々や学生が自由の意味を知るのを恐れている」と指摘した》

 中国でも若者にロックミュージックは人気で、ロックと言えば「自由」は大きなテーマだったはずですが、李志(リージー)というミュージシャンの23カ所のコンサートが四川省の文化観光部門によって突如キャンセルされたと報道されました。

 《知人で著名な自由派知識人の栄剣(ロンジェン)氏もツイッターでこのほど「人民には果たして自由が必要なのか不要なのか」と次のように書き込んだ。「李志という歌手について、私は数日前まで全く知らなかったが、ここ数日ネットで大きな話題となっている。だが今、この若者が『行為不端(品行が良くない)』という理由で歌うことを禁止されたこと、そして『人民は自由が必要』といってもダメだし、『自由が不要』といってもだめだということを知った。」》

 《栄の言う「人民は自由が必要」とは李志の「人民不需要自由(人民に自由は必要ない)」という曲のことで、「人民に自由は必要ない。今は最も素晴らしい時代だ」と歌う、いわば政府による押し付けの「幸福な社会」を揶揄する内容だ(本人はメディアのインタビューで政治や反抗といった意味はなく、後に政治的な解釈がされたと述べている)》

 このエピソードには続きがあります。

 《微博には、コンサートの中止を受け、売り出された1万8000枚のチケットに対し、払い戻されたのはわずか300枚で、ファンが「李さん、お金を取っておいてください。今回は見られなかったが、次は必ず行くから」と語ったとして、「自分は李志のファンではないが、本当に感動した」との書き込みがあったという》

 払い戻しをしなかった大多数には自由抑圧への抵抗精神の匂いがして、やっぱり自由への思いは死んでいないと、ある意味でほっとします。しかし、チケットがネット販売だとすると、国家情報法に基づいて全ての情報を国家が吸い上げられる中国では、個人の割り出しが可能なのではないかと考えられます。もし不穏分子と認定されることがあったら不利益は大きなものになるでしょう。