団藤保晴の
「インターネットで読み解く!」

第82回「過労自殺判決と新たな裁量労働制」 (2000/03/30)

 3月24日、大手広告代理店「電通」の20代社員が自殺した「過労死」事件で、最高裁が初の判断を示した。「企業には、過労によって社員が心身の健康を損なわないようにすべき義務がある」とし、残業時間を過少申告していた本人や両親側の過失による相殺を認めた二審判決を破棄、全面的な責任が会社側にあると結論づけた。97年11月の連載第29回『過労死と働くことの意味』でモチーフにした事件でもある。その後、明らかになっている労働現場の悪化状況、社会全般での根こそぎに近いリストラの進行、さらには4月から労働基準法が改正され、ホワイトカラーに広く適用される「新たな裁量労働制」の導入を考えると、警鐘としての意味は大きい。

◆古典的な働き過ぎとは違う労働現場での圧迫感

 働き過ぎというと、戦後成長期の「働き者・日本人」を連想しがちだ。しかし、我々が目の前にしている過労死あるいは過労自殺は、少し違っている。

 『過労死と働くことの意味』では、日米欧の社会心理学者調査を使って、世代間で仕事に対する思い入れ「仕事中心性」が大きく異なっていることを紹介した。昇格や昇給が速かった成長期世代と違い、若い世代にはそれは望めない。最も若い10代では、日米間で逆転するほど「仕事中心性」は下がっている。

 しかし、古典的な働き過ぎ世代より、会社に対する帰属意識が低いはずの若い世代でも過労死はどんどん起きている。

 88年から99年までの「過労死110番全国集計結果」を見ても、30代以下世代の相談が4分の1を占めている。相談件数自体も年間数百件と、高水準を続けている。

 それでも死ぬまで働き続けるのはどうしてか。

 『過労死と働くことの意味』で引用した「モチベーションと過労死」からの指摘を再び用いると「彼らの労働に対する動機、モチベーションは経済的動機付け、社会的動機付けではなく内発的動機付け(マイケル・アージル、1983)に属する。マズローの欲求階層モデルで説明するならば、『自己実現』の欲求に当たる」のである。

 加えて、職場環境の悪化がある。労働省の「平成10年版労働経済の分析」にある「第67図 ふだんの仕事での心身の疲れと職場ストレスを感じる者の割合」が、62年と比べて97年ではストレス、神経の疲れ、体の疲れの3項目とも大きく増えていることを端的に表している。リストラの進行で将来への不安感が広がっていることも合わせると、深刻な環境悪化だ。

◆依然として足りない心の健康対策

 このグラフのもとになったデータは「平成9年労働者健康状況調査結果速報」である。ふだんの仕事で体の疲れを訴えるのは72.0%、神経の疲れを訴える者74.5%、仕事や職場でのストレスを訴えるのが62.8%。前回の調査は平成4年に実施されていて、わずか5年しか経ていないが、この間にもはっきりと増加傾向にある。

 疲れを訴える年代は30代、40代にピークがあると読みとれる。「とても疲れる」との回答が若い世代に多い。また、労働時間との関係でみると、1日12時間を超える場合は4人に1人が体・神経とも「とても疲れる」を選んでいる。

「最近の若い者は」とつい言い出す職場の管理職層が、実は過去に自分たちに提供してもらっていた職場環境よりも、「若い者」に相当に劣悪な環境しか与えていないと考えるのは、私の言い過ぎだろうか。

 この調査でもうひとつ注目は、心の健康対策(メンタルヘルスケア)である。「取り組んでいる事業所は、全事業所の26.5%(前回22.7%)となりやや増加」「5,000人以上規模で96.6%と最も高く、1,000〜4,999人規模で86.5%と大規模事業所の実施率は高くなっており、100人以上規模の事業所では実施率は5割を超えている」が、その内容はスポーツ・レクリエーションのようなものが多くて、管理職への講習など実質的な中身を備えた取り組みは10%程度である。

 「約4分の3の労働者が健康管理等で会社に期待」と集計されているが、自分のことは自分で考えないといけないようだ。

 「心療内科のケースに学ぶ・健康特集『心』が招く『からだ』の病気」には、「■あなたは心身症になりやすいタイプ?」のセルフチェックがある。気になる方は受けたらよかろう。例えば最近「『うれしい』『悲しい』などの感情をともなう夢を見ない」などということはないだろうか。

 その上で次に引用する指摘を読んでいただきたい。

 「同じストレスを受けても、深刻に受け止めて落ち込んでしまう人もいれば、まったく意に介さず、ケロッとしている人もいます。一見丈夫そうな後者には、『相当なストレスがあるのにその自覚のない人』がいて、心身症予備軍として注意が必要です」

 「たとえば、もう仕事がいっぱいでほかには手が回らない状態でも、新たに仕事を頼まれると『大丈夫。やりますよ』と引き受けてしまうような人です。このような人は、自分の心やからだが苦しい状態なのに、それに気づきにくくなっています。結果的に病気になるまでがんばってしまうのです。このような傾向を『失感情症』『失体感症』といい、心身症になりやすいだけでなく、過労死に多いのもこのタイプといわれます」

◆裁量労働制への傾斜は

 勤務時間をきちんと把握して、残業は時間数だけの手当を支払う。これに対して勤務時間に幅をもたせた、これまで認められていた裁量労働制は、専門的な研究職が時間的な制約をあまり気にせずに研究・開発に打ち込むような状況を考えていた。今年から導入される裁量労働制は「企画業務型」と呼ばれ、完全にホワイトカラーを対象にしている。

 改正労働基準法の施行のために労働省告示として「新・裁量労働制(企画業務型)従事労働者の適正な労働条件の確保を図るための指針」が出ている。

 分かりやすいところを引用すると、こんな業務になる。

 「法第38条の4第1項第1号の『当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする業務』とは、当該業務の遂行に当たり、その内容である「『企画』、『立案』、『調査』及び『分析』という相互に関連し合う作業をいつ、どのように行うか等についての広範な裁量が、労働者に認められている業務をいう」

 給与計算や出納業務、営業活動、製造作業などは外されている。給料計算のもとになる「みなし労働時間」や健康管理などの問題については、労使委員会がチェックすることになっている。

 具体的にはどう進むのか。指針をつくるための研究会が、専門業務型を導入している企業や、企画業務型導入を予定している企業、それに労使の団体から聞き取った「参考資料・第1 企業・労使ヒアリング概要」が参考になる。

 日経連(日本経営者団体連盟)の立場は明解だ。「あるべき裁量労働制の姿はアメリカの『ホワイトカラーイグゼンプション制』」「今回の企画業務型裁量労働制も『イグゼンプション制』へ向けての第一歩であると考える」。従って実施上でできるだけ細かな制約をしないで欲しい、個別の企業の労使委員会に任せて欲しい、と述べている。これに対して、もちろん連合は新・裁量労働制を「ホワイトカラー一般に拡大しないよう対象業務、対象労働者の厳格な適用」を訴える。

 新・裁量労働制を予定しているC社の例が、先行きを予感させてくれる。既に定額残業制(おおむね20時間相当)を実施していて、その規模は従業員4万人に対して全社の主任7000人。「自主的な時間配分の下、手当の範囲内で仕事を完遂させる」ことになっている。

 定額残業制実施による変化について、労働組合のアンケート結果は「より成果を重視するようになった=20%」「以前より働いている時間を意識しなくなった=19%」「仕事にメリハリをつけ、切りがよいときは早く帰宅するようになった=15%」としている。

 「時間を意識しなくなった」という、C社の勤務実態が良い方向に向いているのか、そうではないのか推察するしかないが、最高裁判決が述べているように、企業が労働者の心の健康にまで義務を負っていることを、企業側はまだまだ意識していない。裁量労働制になっても勤務時間が長すぎないか把握はしますよ、ということになってはいるが、過度な期待はしない方がよい。日経連はこの聞き取りで「労働者は自己の裁量により労働時間管理をすべきものであり、健康についても自己管理が原則である」と、はっきり言っているのだから。



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