第83回「続・肥満と食欲の仕掛け」
◆若い世代で目立つ太る男性とやせる女性
国民栄養調査では若い男性の肥満者割合が倍増、30代で3割に達して年上世代まで続く。一方、女性は10代、20代さらに30代でも「やせ」の割合が大幅に増えている。詳しくは以下の表で見ていただこう。
男性の肥満傾向は、ずっと年上の世代まで一貫していることが分かる。逆に女性は若い世代の変動ぶりが目立つものの、40代で肥満の割合が大きく減ったことを併せると、若い世代のスリム指向はここまで延びている。見方を変えると、いわゆる団塊の世代のお母さんたちが、10代まで一連のやせ傾向の震源地になっていることをうかがわせる。
「肥満」か、「やせ」かはBMI(ボディ・マス・インデックス)指数を使った判定なので、自分でも計算してみることができる。体重(キログラム)を身長(メートル)の二乗で割った数字がBMI。標準は「22」で、肥満は「25以上」、やせは「18.5以下」と分類している。例えば、身長170センチの男性なら「72.25」キロ以上を肥満、身長160センチの女性ならば「47.36」キロ以下をやせとみていることになる。
◆体重コントロール意識に大差
体重を理想的な状態に近づけようとする意識も、男女間で大きな落差がある。この調査では、女性側がどの世代でも70〜80%も意識しているのに対して、男性は5割前後に止まっている。男性は肥満者であっても体重コントロールを心がけていない者が40%を超えている。
男性の意識は別の項目をみると、さらにはっきりする。「いつになったら食事の量や内容に気をつけて食べるようになるか」を問うと、20〜40歳代の8割は「すぐには実践するつもりはない」と答える。
男性は20代後半から30代にかけて飲酒頻度が増えており、「ほとんど毎日」派が20代後半で17.3%、30歳代で38.9%、さらに年上では半数にもなる。最近、飲酒が増えた理由を問うと、20代から30代にかけては「仕事上のつきあいが増えた」さらに40代にかけては「ストレスが多くなった」が多い。
肥満はストレス社会の産物でもあるが、基本は人類の400万年に及ぶ長い飢餓の歴史にある。国立循環器病センターの「肥満さよならの医学」にあるように、「食物から体内に取り入れたエネルギーを効率よく蓄えるには、余ったエネルギーをすべて脂肪に変え、皮下か内臓に蓄えねばなりません。つまり、飢餓と対抗して、体内に大量の脂肪を蓄積する能力を身につける必然性が、人類にはあった」。
10キロの脂肪がお腹にあるとすれば、1カ月分のカロリーに相当する。つまり、どこかで遭難しても水さえあれば生き延びていける貯蔵庫を自分の体に持っていることになる。
こうした体質を配慮しないで欲しいだけ食べていて、特に運動もしないでいれば、肥満にならない方が異常である。
一方、女性たちは「やせ」に分類される人が増えていても、今回調査結果でさらに理想の体重は低く低くと考えようとしている。体重に対する脂肪の割合「体脂肪率」で評価すると、男性は20%、女性は25%以上が肥満とされる。この男女ギャップ「5%」分は女性が妊娠・出産という大事業を抱えていて、それに対するエネルギーをまかなう担保だと考えられる。現在の若い女性たちには、そのギャップさえ邪魔なものに映るようだ。
◆お酒のカロリーと熱にして逃がす仕組み
ここで、常識とはちょっと違う知識をふたつ。まず、アルコール類は高カロリーで肥満の大敵のように考えられがちだが、最近の研究では見方が変わってきた。
日刊スポーツ連載『隠れ肥満がこわい』(20)「飲んで食うこれが元凶」に「アルコールがほかのカロリー源と大きく異なることはアルコールおよびその代謝産物を体内に貯蔵することができない」「また、アルコール自体にビタミンやタンパクなど体に必要な成分が含まれていないことから、アルコールから得られるカロリーは中身のないカロリー。すなわちエンプティーカロリーと呼ばれている。だから同等のカロリーを他の食物から摂取した場合と異なり、ほとんど寄与しない」と、研究者の見解が述べられている。
ビールの大瓶なら256キロ・カロリーもあるはずだが、この説に従えばアルコールによるカロリーは除外されて、糖分などの3分の1くらいになってしまう。蒸留酒であるウイスキーやジンは糖質などを含まないから、カロリー「ゼロ」になる。お酒を飲んで太るのは、いっしょに食べるおつまみ類からのカロリーが相当多いからということになる。加えて、消化器が昼間より活発になる夜間に食べるからだろう。
「やせの大食い」と言われる人がいる。これには摂取した食物の吸収率が人によって違うとされるほかに、とったカロリーを熱にして放出する能力が高いからでもある。脂肪を蓄える目的の白色脂肪細胞に対して、もともと体温の維持、調節のために存在している褐色脂肪細胞が活発なのだ。
『あるある大事典』の「3.超ズボラなカロリー消費法 お教えします!」に、食事後の発熱がどれほど人によって差があるか示す実験が紹介されている。食物のカロリーのほぼ1割は内臓が消化するために使われる。このほかにも、食べた直後に、よく汗をかく経験をされると思う。首の回り、肩などに多く汗をかくが、そこに褐色脂肪細胞が集まっている。この細胞による発熱は1日最大800キロ・カロリーにも達するといい、トウガラシに活性化させる力があることも紹介されている。
さらに、愛媛大医学部の「肥満のメカニズム」は褐色脂肪細胞を活発しているのは何かをポイントに、肥満とエネルギー消費について議論を進めている。褐色脂肪細胞を活性化するタンパク質と似た仲間を見つけだし、褐色脂肪細胞に限らず、広く体中の組織に存在していて、例えば骨格筋での熱産生に関係していると指摘している。
スポーツマンは基礎代謝量が大きく、食べたカロリーの相当量を熱として発散してしまう。発熱の役割を存在場所が限られている褐色脂肪細胞だけに求めるのは無理だと思ってきたので、もっと広範囲に働く発熱活性化タンパク質の存在は、私には納得がゆく研究である。こうして体中で余分のエネルギーを熱に変えて発散してしまえるような体質にすることが、糖尿病などの運動療法の意味だろう。
◆頭を良くする朝食の大事さ
飢餓の歴史を考えても、肥満を防ぐこつは体に飢餓感を抱かせないことだ。その応用でもあるが、一時的にやせることに成功しても、その後の「リバウンド」の怖さが、ネットのあちこちで言われている。検索サイトでリバウンドと入力するだけで、いくらも出てくる。ダイエット期間中の飢餓感が、体の吸収力を良くしてしまい、今度余分な食べ物が入ってくると、以前よりも効率的に脂肪に変えていく。
そんな極端でなくても、1日2食主義は3食とるのと比べて太りやすいとされる。飢餓の時間が長いからだ。過去の国民栄養調査には食事の時間などを聞いた項目があり、それをみると男性の半分はきちんと決まった時間に食事をしていないことが分かる。
こうなると、結びでは第14回「肥満と食欲の仕掛け」と同様に、朝食の大事さを訴えたい。前に紹介した時のリンクが切れている「頭が良くなる食事学」が説得力がある。自治医大の学生の入学後の成績を調べた結果、「出身地、体格などあらゆる要素を調べても成績との相関関係はなく唯一、朝食をとっているかどうかだけに」関係していたという。
どうして、こんな結果になるのか。朝食をとることで夜の睡眠から覚醒に体が切り替わること、脳を使って勉強するには、食物から入ってきたばかりの新鮮なブドウ糖が必須であることが挙げられている。脳が使うエネルギーは脂肪などから引っぱり出しては来られない。
加えて、記憶を促進して学習効果をあげている「FGF(繊維芽細胞促進因子)」が食事によって増加する現象がある。これは大村裕さんの「食事と脳」を読んでいただくのが一番だと思う。