第118回「iモードは日本でしか成功しない?」

 携帯電話でインターネットと接続する「iモード」の欧州進出が始まったものの、日本での爆発的な普及とは遠い、寂しい出足という。この秋には米国でも同じサービスがスタートする。こちらも長く逡巡していて成功を確信する雰囲気はない。総務省の「インターネット接続サービスの利用者数等の推移」は3月末時点で、iモードを含む携帯電話端末による利用者数を5192万人としており、欧米とは際立った落差がある。なぜ日本でだけ成功するのか、欧米では見込みはないのか。これまでいろいろな場所で言われてきた議論を振り返ると、重要な視点が抜け落ちていると気づいた。それは、我々の社会の特質を考える視点でもある。

◆欧米現地の反応はこう語られる

 NTTドコモが現地の会社に出資あるいは提携してiモードを展開するのは、3月にまずドイツ、4月からオランダ、6月にベルギー、来春からはフランスも加わる。そのドイツは端末の値段が3万円もしていることもあり、先日の日経新聞の報道だと、まだ1万件余りの契約しか取れていない。日本では1999年2月にスタートし、半年で100万件、1年で400万件を超え、後は爆発的だった。現在はiモードだけで3200万件にのぼる。

 ZDNetの4月26日付特集「ドイツでiモードは売れていない?──『n21i』を現地調査」はドイツでサービス開始から20日後の時点で現地の反応をレポートしている。実機に触っての報告は国内のiモードとほぼ同じ感じだし、コンテンツについても十分な準備をしてスタートした様子も分かる。しかし、ベルリンの販売店員はこう話している。「iモードの反響はかなりあります。でもここで購入したという人はまだいません。来店される方も興味はあるようで,みなさんひととおり操作はしていくのですが,価格が高いからか買うまでには至らないようです」

 この3月、ドイツで開かれた世界最大のIT関連トレードショー「CeBIT(セビット) Hannover 2001」でも、ASCII24編集部の正田拓也さんが「取材を重ねるうちに、日本とヨーロッパのケータイがあまりに違うことに気づい」て「来場者にインタビュー、iモードケータイは欲しいか?」と尋ねている。

 「かけたお金に見合うだけ、便利なことが条件です。そうでなければ買いません」「ヨーロッパでは、こんなデータをやりとりする必要があるんでしょうか」「難しいというのが第一印象です。説明を受けてやっと使えました」と大人たちはシビアである。一方、16歳の高校生は「とても気に入りました」「日本人はいい“おもちゃ”を持っていると思うよ。こんなのが発売されたら買いたいね」と、日本の若者に近い反応を示していた。

 iモード型の携帯電話について日本との間にある落差をINTERNET WATCHの「後藤貴子の米国ハイテク事情」2000年12月11日付「米国にiモードライクな携帯が普及しない理由」は次のように考える。

 「理由として考えられるのは、米国の貧富の差だろう。貧しい人にはかっこいい電子製品は高すぎ、金持ちには住宅関係とかもっと大きなレジャー用品とか、ほかにいくらでも金の使い道がある。チマチマして、高いといっても知れている電子製品は、中流が金を出すのにちょうどいい価格帯なのだ。そしてそんな中流がどちらの国で多いかといえば、それはもう圧倒的に日本だ」

 さらに手慣れたキーボード入力で出来ているパソコンと比べた、文化の面でもこう指摘する。

 「キー数の少ない携帯には日本の五十音のように法則性があるほうが向いている。第一、小さなナンバーキーを親指で何度も押すなんて、普通の米国人にはイライラするだけかもしれない。また漢字に変換すれば、日本文は少ない文字数だけで意味が伝わる文を作りやすいが、英文だともっと文字数が必要になる。それに携帯の小さな画面では折り返しが多くなりすぎ、読みにくい」

 とは言え、ネットをよく利用する米国人だからこそモバイル通信環境は欲しいはずであり、今後どう進むのか、注目なのだという。

◆特殊性はシステム作りとは別の問題だろう

 これに対してiモードの成功は、国内関係者からは総合的、戦略的なシステ ム作りの成果と捉えられている。

 日経デジタルコア緊急討論会で、ドコモの夏野剛iモード企画部長は「資本主義社会においては、きちんとマーケットを創造できるかどうかが、最も重要である」とした上で「iモードは、バリューチェーンである。端末、ネットワーク、ゲートウェイとサーバ、ビジネスプラットフォーム、マーケティング、コンテンツ。これらが端末の画面の裏側に全部あり、全部のバランスが取れていないと、成り立たない」と述べている。

 パケット通信網を整備し、多彩なコンテンツを持ち、勝手サイトを作る一般人も参加しやすいよう簡易なHTML文法で構成された。事業者が利益を得られるよう最初から情報料徴収代行システムも用意した。比べれば「欧米では、メーカーがすべてであり、事業者が望むサービスや、コンテンツへの要望は基本的にはほとんど聞き入れられない。バリューチェーンが分断されていることが理由だろう」

 システム作りの周到さは否定しないが、ドイツなどでの反応を見ると全く別の要因が働いていると考えざるを得ない。それは日本にだけ、小金を持った、軽薄で好奇心に満ちたデジタル・ディバイド層が大量に存在した点だ。

 「携帯電話天国『香港』の魅力に迫る」が「学生が利用している姿はあまり目にしない。日本では、中高生にも相当数普及しているのだが、香港の場合はあくまでも自分自身で収入のある人が利用するものらしい」と紹介する通り、携帯電話の使い方で日本はアジアにおいてすら特殊な存在なのだ。

 「最新の文明の利器」を子どもに使わせることを、親たちはあまり心配しなかった。いや、ブームになった新しい機械に親しませることは、乗り遅れを嫌がるこの国の風習では昔から「善」でしかない。

 「現役小・中学生の母親による本音トーク座談会」では、子どもに携帯を持たせて家庭が変わったと語られている。「父親からの電話だと、けっこうドキっとしてるらしいですよ。携帯電話を持ってるほうが、親の目が届くということですね」とか「昔は冷蔵庫にご飯はこれ、おかずはこれってメモを貼っていましたが、今はなくなりました。携帯電話のメールで済んでしまいますからね」とか「娘が父とメールのやりとりしてるのは驚きました。なにかおねだりしたあとのお礼のメールのようですけど。中学生の娘が父親にお礼するなんて、メールという手段がないと考えられないことですよね」とかである。

 私の理解する限り、ドイツの普通の家庭ではこうした「変化」は容認されない。こうした変化を喜々として受け入れるはずがない。家庭には家庭のやり方がある、それを簡単に変えていいものかと、ぴしゃりと言われるのが落ちだ。今まで目が届かなかったとは、親の責任を放棄しているのか、とも言われそうである。

 「出会い系サイトの犯罪で日本は“先進国”〜横浜でワークショップ開催」にある発言「携帯電話による出会い系サイトでの児童買春などの事件は、まだ他の国では起こっておらず、日本の事例などから学ぶ点は多い」などは、ドイツ人が知れば憤慨するに決まっている。

 出会い系サイトがすべて犯罪に関係するとは言わないが、「女子高生の22%が『出会い系サイト』利用、半数が実際に会う〜警察庁調査」にある行動のありようは海外では無理だろう。半面で、出会い系サイト利用がiモード型携帯電話の普及に大きく寄与したのは間違いない。

 繰り返すが、こういう急激な変化や行動を容認する「小金を持った、軽薄で好奇心に満ちたデジタル・ディバイド層の大量存在」は非常に稀である。その結果が大変な変化であっても気にしないのは、本物の保守主義が存在しない日本だからだ。

◆パンドラの箱を開けてしまった今

 では、欧米でiモード型携帯電話普及の可能性はゼロか。日本の現在が存在しなかったらイエスだ。しかし、その利便性を世界が知ってしまった以上、後戻りすることもない。「au携帯電話サービス『GPSケータイ』を利用した『HELPNETケータイ』、6月7日よりサービス開始〜緊急時に、自らの現在位置を把握し、通報〜」のようなサービスが月額315円から受けられるところまで来ている。高額な商品でも機能に納得ならお金を惜しまぬ日本の消費者相手だからこそ、短期間でここまで到達した。

 デジタル・ディバイド層にはパソコンよりずっと向いている。この層から求められているデジタル・データはそんなに複雑なものではない。普及して安価になればどこの国でも、この事情は同じだから、日本と全く同じ爆発的な展開は無理としても、ケータイWatch「読者コーナー」の声は妥当だと思う。「フランスに住んでますが」「日本のケータイを持って帰り、写メールを見せびらかすと皆こぞって欲しがります。そういう意味では、ツボを得たマーケティングとサービスを展開すれば普及は充分可能と思います」「iモードに似てヨーロッパに適した別のサービスが出てくるのも時間の問題なような気がします」

 ただ、私の連載第81回「ネットが変えつつある消費者行動」で考えたほどには、一般の人のiモード型携帯電話利用方法は進化していない。ビジネス面で電子クーポン、電子チラシのような存在があちこちに現れていても、消費行動まで変えてしまうほど劇的な変化を生んでいない。半額サービスの電子クーポン利用で、マーケティング巧者として知られるレンタルビデオチェーンが大きな反応を得て、ちょっと有名になっているくらい。

 ひょっとすると市民運動のありようまで変えるとも思えたが、もともとデジタル・ディバイド組が多い悲しさか、JAVAで自由にプログラムが組めるようになって間もないせいか、草の根からあっと驚くアイデアが現れたとは聞かない。国内各地でも拡大する地域通貨との組み合わせなど、考えれば応用範囲は限りなくあるはずだが……。

 英国の調査会社Ovum社の中期をにらんだレポートが「極めて不安定な情報通信市場、今こそ将来予測を見直すべし」で概説されている。その2006年にかけての予測はとても強含みである。

 「NTTドコモのi-Modeサービスが大成功している日本では特にその勢いが強い。しかし、西欧も、2006年までにはアジア・太平洋地域の規模に匹敵するくらいまで成長する見込みである」「ブラウザを使ったワイヤレスサービスのビジネスモデルから生まれるワイアレスインターネットの世界全体収益は、2001年の318億ドルから2006年には2870億ドルを超える見込みである」 

 世界的には現在の日本に止まらない事態が予測されていると言えよう。日本のような異例な「好環境」にいるのだから、企業はもっとベンチャー精神を発揮して驚くようなビジネスモデルを開発しなければ嘘だ。それが出来ないとすれば、私が最近よく語っているソフトウエア開発に人材が育たない不毛に通じる病根が社会に広く存在することになろう。