第132回「テレビ地上波デジタル化の読み違い」
◆パーソナル化の流れに逆行
総務省のホームページ「地上デジタル放送」を順に繰っていくと、「高画質・高音質で楽しめ」「見たいジャンルの番組が簡単に選べる」「地域情報も見られる」「双方向だから番組に参加できる」「データ放送、暮らしに役立つ最新情報」……と並んでいる。
これを結構なことと感じられるかどうか。受信機がハイビジョン仕様を前提にしており、32型で1台30万円はすると言われたらどうだろう。量産で価格が下がるにせよ限界があろう。
現在、家庭のテレビ普及率は100%に近く、家庭に2台以上あるのが当たり前になっている。アナログ機なら29型でも数万円、14型テレビなら1万円で買える。やはり1万円もしないパーツを買えば、パソコンにテレビ機能・録画機能が追加できる。2台目、3台目として、こうした小型テレビやパソコンが広く行き渡り、今日では家族集まってテレビを見るより、個人で好きなものを楽しむスタイルが主流なのだ。
仮に地上波デジタル化が計画通りに進んだとしても、家庭の居間に鎮座する大型テレビがデジタル化されるだけに終わるのではないか。ある意味では本当に熱心に見られているパーソナルなテレビ視聴は、大型・高額化には耐えられない。地上波アナログ放送が終了したら、何を見たらよいのか。ケーブルテレビに流れる方向もあるし、もちろんインターネットもある。
松下電器の「ブロードバンドTVチューナー『Broadnow』正式販売開始」などに将来の姿が予感される。インターネットからテレビやラジオ番組を視聴するシステムである。この製品は40ギガのハードディスクレコーダーでもあり、99,800円と値段が張る。もっと簡便なものが出来るはずだ。
さらに、こんなシステムも世に出た。
シャープの「パーソナルサーバー<ガリレオ>」も10万円近い製品だが、インターネットと接続、あるいはテレビ放送から取り込んだ番組を家庭内のパソコンに飛ばすのはもちろん、自宅外からインターネット経由で蓄積した番組を読み出せ、携帯電話で録画指示が出来る。自宅外から録画番組を見られるのはノートパソコンだけで、携帯電話ではまだ無理。しかし、ムービー機能を持つ携帯電話が急速に広まっているのだから、携帯電話で見たい番組の「さわり」を見るくらいは時間の問題と言えよう。
確かにハイビジョンでじっくり楽しみたい番組はある。しかし、そんな高画質は要らない、気軽にちょっと楽しめれば良い程度の番組が圧倒的に多いのではないか。過渡期混信対策に1000億円以上の国費が使われるほか、自らも巨費を投じてデジタル設備化する放送各社が、そのあげくに視聴者多数を失う危険が待っていると指摘したい。
1年前、2002年3月の「フジテレビ定例社長会見要旨」に、総務省に強引に引っ張られている民放の本音がのぞいている。
「デジタル化の良さは、皆が理解していると思うが、日本で進みにくいのはアナログ地上波があまりにも成熟しているということがあると思う。面白い情報もたっぷりある。なぜ、デジタル化しなければいけないのか。それを説得するのがなかなかしんどい面がある。アナログ波が衰退期を迎えていれば、すぐにデジタル化すると思う。アナログが横綱相撲を張っているので、変えづらいということだ」
◆ソフト著作権問題もブレーキ
今なら家庭のビデオデッキで番組を録画し、後で楽しむのは誰もがしていることだ。デジタルテレビは、その高画質・高音質のゆえに簡単にコピーを許す訳にいかない。コピーに劣化がなく、即、完全な商品になってしまう。既にこんな例が持ち上がっている。
BSデジタルハイビジョン放送を始めた当初、WOWOWがハイビジョン録画が可能なD−VHSデッキでの高画質録画を認めていなかった。同社のお断り文書「D−VHS録画/再生について」によると「デジタル時代における視聴者の私的録画の権利保護と、著作権者の権利保護の両面から、ほとんどの放送番組に『1世代録画可』のコピー制御信号を付加して放送して」いるという。この結果、走査線が1080本もあるハイビジョン仕様から、テレビで標準画質の480本に自動的に落として録画されてしまう。BSデジタル各社の規制は普及優先から現在では緩やかだが、地上波全部となれば当然変わってくる。
昨夏発売のNECパソコンにも同様な問題が隠されていた。「AV Watch」の「NEC、BSデジタルハイビジョン録画に対応した『VALUESTAR T』」を読むと、「ハイビジョンを録画した映像、およびハイビジョンのライブ映像は、すべてSTD表示(480p)となる」とあり、しかも「録画したハイビジョン映
像は、本体内蔵のHDDからのみ再生できる」とまで制限が付く。急速に普及し始めたDVDメディアに保存はできても、再生にはハードディスクに一度読み出さねばならない。店頭予想価格50万円もする製品で、この不便さ。
ビデオデッキやDVDレコーダーを使うにせよ、テレビ機能付きパソコンにせよ、家庭内なら自由に録画したり、加工できる現在の在りようと根本から様変わりする。事情が広く知れ渡れば「こんな厄介なものは要らないよ」という声があちこちから飛び出しそうなものだ。
地上波デジタル化はUHF波を使うので、既存U波局との混信対策が必要になり、もう各地で始まってしまった。地上波デジタル化の一番の旗印は電波の有効利用だ。デジタル化で従来1局分に3局分の枠が生まれるが、当面は地方局でもハイビジョン放送で枠全部を使う。これは既存局の既得権を守った結果で、自由な新規参入とはほど遠い。VHF帯を巡っては「インターネット概論」から「現状の電波割り当て」を見ていただきたい。VHF帯にあるテレビ、ラジオを追い出して空けてしまう。しかし、現実には何に使うか決まっている訳ではない。
「月刊ニューメディア3月号」の「総務省放送政策課長に聞く『地上波デジタル化、国はどう責任を果たすのか』」はインタビュー要約になっていて、多々ある問題点が一覧できる。
その最後で「もし2011年までのデジタル移行が実現困難となったら」との質問に「現段階では想定していない。予定通りの完全移行を目指し、全力で取り組んでいく」「万一、不幸にも移行が実現困難となる事態が起これば『大胆かつ柔軟』に考える必要があるだろう」と答えている。
一般大衆がメリットを感じにくく、家計も含め出費だけかさむ「国策」。一足早く始めた米国は、もともとケーブルテレビ視聴が多数派だったこともありデジタル化は行き詰まりつつある。「万一」が「十一」「五一」になったとしても不思議ではない。
※関連する記事に特集「地上デジタル録画の怪・2003年読者」があります。