団藤保晴の
「インターネットで読み解く!」

第135回「たばこ依存脱せぬ日本人を考える」 (2003/06/12) [This column in English]

 6月初め発表の平成14年人口動態統計で、男性の肺癌死者が初めて4万人を超え、注目されている。後で詳細に見るが、人口当たりの死亡率は半世紀で驚くべき上昇ぶりを示す。私の連載では第71回「新・たばこをめぐる日米の落差」で、たばこ問題を取り上げている。男性の喫煙率は下がったとは言え先進国中で異例に高く、若い女性の喫煙率は上がっている。最近、公共の場や職場などでの受動喫煙防止から禁煙化が急ピッチで進み始め、人口動態統計に出る明白な健康被害があるのに、日本の喫煙者はたばこ依存から脱せない。今回は「タバコは悪」と糾弾するのではなく、喫煙者寄りに視点を置いて、依存の内実を探ってみたい。


◆肺ガン死亡率上昇の深刻さ

 人口動態統計の「3 死亡」に「表8悪性新生物の主な部位別にみた死亡数・死亡率(人口10万人対)の年次推移」がある。男性肺ガン死者41,115人の絶対数もさることながら、死亡率が1955年(昭和30年)の「4.3」から10年置きに「11.2」「19.6」「35.3」「54.8」そして昨年は「66.8」と加速度的に上昇している。2005年には「70」に達するだろう。半世紀で18倍だ。

 女性は男性ほどでないが、大腸ガン「26.5」と肺ガン「23.7」が現在トップの胃ガン「27.0」を猛烈に追い上げており、間もなく胃ガンを抜き去るはず。 昨日のたばこが今日がんに結びつくのではなく、喫煙10年、20年をへた中高年世代の死者増加となって現れる。たぼこが大量に含む発ガン物質は肺ガンに限らず、他部位のガン発生にも影響している。肺ガン急増は端的な指標だが、全てでない。心疾患などへの悪影響も大きい。

 たばこを好んで吸っている本人の病気は自業自得だが、受動喫煙になる周囲はたまらない。ニューヨーク市がついに3月末、バーやレストランを同市内では全面禁煙にする新たばこ規制条例を制定した。

 手ぬるかった国内でも4月の健康増進法施行により、厚生労働省から「受動喫煙防止対策について」が出された。「分煙効果判定基準策定検討会報告書」概要が添付されており、「屋内に設置された現有の空気清浄機は、環境たばこ煙中の粒子状物質の除去については有効な機器があるが、ガス状成分の除去については不十分であるため、その使用にあたっては、喫煙場所の換気に特段の配慮が必要である」と現在の分煙施設ではダメだと指摘した。漫然と空気清浄機さえ設置しておけばよい状況は認められなくなり、全面禁煙に向け圧力が強まった。

 健康増進法第25条対象施設は「学校、体育館、病院、劇場、観覧場、集会場、展示場、百貨店、事務所、官公庁施設、飲食店」が明示されているほか、その他施設として「鉄軌道駅、バスターミナル、航空旅客ターミナル、旅客船ターミナル、金融機関、美術館、博物館、社会福祉施設、商店、ホテル、旅館等の宿泊施設、屋外競技場、遊技場、娯楽施設」さらに「鉄軌道車両、バス及びタクシー車両、航空機、旅客船」まで含まれる。

 喫煙者に対する包囲網は確実に強化されているのだが、喫煙人口の減少は、はかばかしくない。


◆95年の喫煙率反転上昇はなぜ

 平成7年(1995年)は「たばこ行動計画検討会報告書」 が出されて、たばこ問題へ行政が始動した年として記憶される。ところが、この年、減り続けていた喫煙率が急に反転上昇してしまう。豊富にグラフが用意してある「成人喫煙率(厚生省国民栄養調査)」が見やすい。この傾向は男性では20代から50代まで、女性でも20代と30代に顕著だ。例えば男性20代は前年の45%が60%に、30代は51%が60%にと激しく立ち上がってしまった。

 何が原因だったのか。最近、看護職の皆さんをめぐる報告や議論を見ている内にはっと気付くものがあった。

 いろいろな資料は日本看護協会の「看護職の喫煙対策」にある。医師の喫煙率は一般人よりも低いが、医療を支えるもう一つの柱、看護職の喫煙率は高く、女性に限れば一般の2倍「24.5%」にもなるのである。もちろん、病院でたばこを吸う看護職は少なく、多くの方は職場を離れて吸っている。しかし、医療知識が豊富な人たちがなぜ?

 協会とは別の研究だが、「看護学生、新人看護婦の喫煙行動要因」は、その心理の内を明かしてくれる。

 「看護職になってよかったと思っている新人看護婦の喫煙者割合は思っていない者に比べ有意に低く、同様に看護学生になってよかったと思っている看護学生の喫煙者割合も思っていない者に比べて低かった。また、仕事上の悩み、職場での配置換えを希望する、給料が少ないといった質問に対して大いにあるまたはハイと答えた新人看護婦では喫煙者割合がそれ以外の解答をした者と比べ有意に高かった」

 たばこの害を知識として知っている看護職でも、自分を取り巻くストレスの高さには負けてしまうのだ。

 では問題の95年に何があったか。広告景気年表「1995年」が10大ニュースとして掲げる、年明けの阪神大震災、オウム真理教による猛毒サリン散布事件、金融機関の破綻、さらには1ドル=80円台の超円高――安全な国=日本の「神話」が様々な面で一挙に崩れ去った。

 「喫煙習慣者の年次推移(性・年齢階級別)」(平成13年国民栄養調査)をみると、喫煙率がその後は国民全体としては下がり、95年に反転上昇する前、94年の水準に近くなっている。しかし、下がったのは高齢層がたばこを止めたからであり、若い世代は上昇した分をほぼ保っているように見える。

 
 喫煙率% 20代 30代 40代 50代 60代 70超
 男性94年 45.1 51.2 46.4 41.9 40.8 34.3 
   01年 58.9 58.1 58.4 49.6 35.9 29.0 
 女性94年 12.7 11.0  9.9  8.6  5.6  6.3 
   01年 16.1 16.0 11.7  9.7  6.5  3.4  

 今の20代には就職難というストレスも加わっている。喫煙率を下げるのに、この国では理を説いて十分とはいかないのである。おそらく自己責任を欠いた行動を社会全体が見逃しているからだ。兵庫県立健康センター長、河村剛史さんの講演「あなたは愛する人を救えますか?」では日米の禁煙教育を比べて、こう説かれいる。

 「アメリカでは心臓突然死が非常に多いことと、その原因は心筋梗塞です。『君たち、心筋梗塞の中の原因は何か知っているか』と尋ねて、みんなにタバコと言わすのです。『そうです、タバコが心筋梗塞の大きな原因だから、君たち大きくなったらたばこを吸うな』と言うのかなと思ったら、『このことを十分知ってたばこを吸いなさい』と。だから、アメリカでたばこを吸っている人は根性があるのです。死ぬためにタバコをやっているわけですから。だから、日本でたばこを吸う人は、死ぬということを意識して吸っているのだったらOKです。でも、倒れた途端に『助けて』と言うのであれば、それは吸う資格はないということになります」

 なお、看護職の喫煙について海外の状況はどうだろう。こんな報告を見つけた。1997年の週刊医学界新聞「イギリスの看護職 その実像」は「長年,医師の喫煙率が低いのに対し,看護婦の喫煙率は一般の人よりもずっと高かった」「しかし今回の調査では14.3%で,国民の平均である28%の約半数であった。医師と同じように国民の健康を増進する専門職としての強い自覚が出てきたものと思われる」と伝えている。



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