第147回「年金問題は情報公開特別法が先決」

 年金問題が争点だった参院選を経て、臨時国会が7月30日に召集された。民主党は先の通常国会で成立した年金改革関連法の廃止法案を衆院に提出したが、与党側は会期を8日間と限り、廃止法案は否決する構えだ。通常国会で廃案を訴えたことが参院選勝利につながった民主党としては、否決承知で筋を通す訳だろう。しかし、私には年金に関わる情報公開特別法こそ、まず必要と思えてならない。民主党が与党の年金改革に対案を出しても具体的な数字が盛り込めなかった。年金改革を考えるのに普通の方法では必要な情報を引き出せないことをはっきりさせ、与党側も引きずり出すべきだと考える。


◆民間チームの試みが進行中だが

 金融庁金融分野緊急対応戦略PTメンバーだった木村剛氏の「週刊!木村剛:05.年金問題を斬る!バックナンバー」で、面白い試みが進んでいる。「行政の保有する情報の公開に関する法律」、通常は情報公開法と呼ばれる法律に基づいて、坂口力厚生労働大臣に対して「平成16年の財政再計算に用いた入力データおよびプログラム」を開示するよう請求をした結果、6月下旬にA4判文書4991枚が約10万円のコピー料金を払うことで入手できた。

 情報公開に至るまでには曲折があった。木村氏が「公的年金に関して、公表している試算において使用されている生データ及び計算プログラムのすべて」を請求したところ、厚労省側は電話で「請求文書の範囲が抽象的なので困っています。当方は、存在する行政文書しか出せません」と言ってきた。木村氏が「そう言われても、こちらでは、どのような行政文書があるかわからないので、抽象的に書くしかありません。具体的な記載方法をご指示いただければ、開示請求書を提出し直しますが、いかがでしょうか」と応じると、「平成16年の財政再計算に用いた入力データおよびプログラム」を見繕って出してきた。

 これを分析する協力者を募ったところ、専門家やプログラミングに強いボランティアらが集まり「公的年金タスクフォース」が発足した。このホームページに入手資料の一部が写真で掲示されている。何の説明もない数字の羅列と、注釈もない生のプログラムソースであり、厚生労働省とミーティングを開いて細かい説明を求めている。そうしている間にデータに一部脱落があると判明したり、データを紙ではなくてCD−ROMで提供してもらえないか検討を依頼したりしている。

 数字の山を理解するための文書が別途、存在するはずと考えて第2弾の情報公開請求もしている。木村氏は「(1)入力データの出所(2)入力データが持つ限界と問題点(3)プログラムの基本的考え方(4)プログラムが持つ限界と問題点(5)入力データとプログラムの正当性に関する第三者によるチェック−−に関して、厚生労働省の上層部は、省内の専門家から書面による懇切丁寧な説明を受けているはずだし、その書面は普通の人が読んでも(専門家であればなおさら)分かる程度の内容になっているはず」と論じている。


◆データの恣意性を示す実例

 今の法律は、文書の存在を確認できなければ情報公開の請求が出来ないシステムになっている。これも困る点ではあるが、年金問題に関してはデータの取捨選択があまりにも恣意的に行われていて、そこにこそ問題があると考えている。文書があっても信頼できないのだ。その実例を示そう。

 厚生労働省の「年金財政ホームページ」で厚生年金の財政状況を検証しようとして「公的年金各制度の現状」に行き着いた。平成7年度から13年度まで収入、支出、収支残、年度末積立金が手に入る。厚生年金についてだけ下のように書き出してみた。前年度末積立金に当年度の収支残を足して予測積立金とすると、12年度まではほぼ合っているのに、13年度は突然、2兆7千億円も足りなくなる。  何があったのか、説明が無いが、「厚生年金・国民年金の年度末積立金は時価ベースであり、年金福祉事業団から継承した資産分は損益を厚生年金と国民年金の寄託・預託した分の元本平均残高の比で按分して含めている」との注釈がヒントになる。年金福祉事業団は13年度初めに廃止された。6兆円を超える赤字があったはずであり、その赤字分が一挙に繰り込まれたと推定できる。

 これで説明がついた。めでたし、めでたしだろうか。待って欲しい。12年度までは、この巨額な赤字分は各表のどこにも存在していないのだ。もし12年度までのデータでものを考えて発表し、その後で何兆円もの赤字が別に存在しましたと言われたら目も当てられない。

 もっと言えば、この国民向けに掲示しているホームページのデータで全て尽きていると信じることは、もはや出来なくなった。隠し赤字、あるいは隠し資産がまだまだあるのではないか。年金問題を真剣に考えるために特別の情報公開法が必要と考える。厚生労働省が持つデータベースの構造を全て明らかにさせて、直ぐにでも集計可能な項目を示して貰う。プログラムの改編で対応可能な項目も検討したい。文書が存在しなければ公開できない法律では、年金問題に根底からは対応できない。都合の良い集計結果だけ文書にされている恐れが非常に大きい。私の連載第35回「年金制度の疲労に見る社会の衰え」で危惧した問題点は変わっていない。

 個人の情報が漏れることが無いようにしなければならないが、それを名目に国会議員の情報請求すら拒んできた厚生労働省は、この際、禁治産者ならぬ禁データ所有省にしてしまいたいくらいである。