似てきた日韓バイオ論文捏造疑惑だが [ブログ時評45]

 ソウル大が黄禹錫教授によるヒト・クローン胚ES細胞作成を全て捏造と断定したのに続いて、日本でも東京大の調査委が著名な遺伝子研究者、多比良和誠教授の論文捏造は疑惑を晴らすことが出来なかったとの結論に達した。詳細が明らかになるにつれて、両者とも実験の過程を詳細に記録する原則を守らず、部下の研究者が出した実験結果を信じたとの弁明に落ち着きそうである。ノーベル賞級とも言われたクローン胚ES細胞ほど一般受けはしなかったが、多比良教授のRNAに関する論文も英ネイチャー、米サイエンス両誌に載って世界的な注目を集めた。

 黄教授はクローンの「源泉技術」では、なお優位にあると頑張っていたが、昨年末の韓国中央日報「黄教授『箸の技術』91年に日ですでに発表」は、日本の近畿大の真似をしているだけとのネット上の指摘を伝えた。業績中、クローン犬だけは本物とされても、大きな意義を見る専門家は少ない。2千個以上の大量の卵子を使えた研究環境だけが、生命倫理から躊躇していた他国との差だった可能性が高い。

 東大側の事情は「東京大学工学系研究科調査委員会による記者会見資料」に昨年9月までの経緯が述べられている。日本RNA学会から12論文への疑問が出されたのに応えて実験結果を検証できる資料提出を求めたが、納得がいかなかった。そこで、この1月初旬までに再現が容易と考えられたネイチャー誌など掲載4論文の再現実験を求めた。ところが、期限までに提出されたのは2件分だけで、それも論文の結果を再現していないという。実験当時とは何か微妙な条件の差が生じて再現できないこともあり得るが、4件とも駄目となれば信じてもらえなくて当然だ。

 「多比良さん、ピーンチ!」(スター・ウォーズ エピソード3を結局9回観た社長のブログ)は実験記録の重要性を具体的に書いている。「実験ノートって、今のバイオ研究にとっては物凄く重要なんですね。書式を統一して、鉛筆での記述は禁止、あとになって書き加えたりできないようにびっちり書くし、消しゴムの使用も勿論ダメ。記述後は第三者に確認してもらってサイン、あるいは押印してもらったり。そして通し番号を振って、一冊書き終わったらそれは金庫に保管」「なぁんでこんな厳密なことをやるかって、アメリカが先発明主義だからで、誰かが特許を申請したときに『いや、うちはもうそんなこととっくにやっちゃってましたよ』って言えるから。バイオベンチャーは医薬品開発に直結するので、特許の根拠となるノートは本当に重要なんです。その一冊が数百億円を産むかもしれない」

 ところが、企業では当たり前でも大学はそうでもなかったらしい。この研究分野の大家が「ふたつの論文の撤回」(柳田充弘の休憩時間)で「ある研究組織では、実験ノートのすべてのページにナンバーが打たれ、各ページに責任研究者のサインをすることに、これからなると聞きました。企業研究所などでは昔からあったことですが、大学などではあまり聞いたことがありませんでした。捏造問題はいまや危機的状況と意識されてきたのでしょう。科学者は牧歌的な時代の夢から完全に覚めなければいけないのかもしれません」と書いている。パソコンに実験装置から直接、データが入る場合もあろうが、紙にバックアップもしていなかったというのが、今回の日韓疑惑である。

 昨年は大阪大でもデータの捏造で、論文を取り下げる騒ぎがあった。「研究者の良心って‥‥」(さびしんぼうのブログ♪)は「不正や捏造が相次ぐ中で、文部科学省は昨年12月、研究現場の監視を強化し、不正を行った研究者に罰則を科す制度を導入することを決定した」「罰則制度という縛りがないと、もはや日本の科学者は、正義をつらぬくことができないのだろうか?これも研究界における業績主義、成果主義のなれの果てなのだろうか」と、疑問を投げかけている。

 2004年春、国立大学法人化を貫いたのは、その業績主義の風だった。しかも、業績主義なのに、きちんとした評価システムが無い点が決定的に悪い。私の連載第145回「大学改革は最悪のスタートに」で、日本では専門家同士の相互評価・批判「ピアレビュー」が欧米でのように出来ていないことが問題であり、その能力育成が急務と指摘した。韓国でも国民的英雄、黄教授に対しては疑問のひとかけらも許さぬ風土が出来上がっていた。最初に口火を切ったテレビ局への逆風は大変だった。韓国ばかりでなく、日本でも研究者社会の自治能力が問われている。果断な処理で結果として体面を保ったソウル大に比べて、東大もマスメディアも淡白なのは何故か。