第145回「大学改革は最悪のスタートに」

〜急務はピアレビューを可能にする研究者の守備範囲拡大〜
    (英国の日本研究電子ジャーナルに英訳を載せるために作成しました)

 政府は2004年4月、国立大学を法人化した。19世紀に明治維新を成し遂げた後、日本の国立大学は欧米諸国に追いつくための手段として創設された。21世紀に至るまで国の統制が厳しく、大学の自主性は極めて乏しかった。劇的な改革に踏み出す一番の原因は行政改革で国家公務員定数を削減せざるを得ない事情にある。法人化するに当たり各学部の教授会が連合して大学を構成する現状を改めて学長のリーダーシップを強化し、大学の組織を変える権限を従来の文部科学省認可から、学外者が半数は加わる経営協議会に委ねた。定期的に外部機関による評価を受けて、目標を達成したか判定される。評価結果は大学予算額に反映される。しかし、大学財政に裁量の自由を与えるとしつつも、国財政の窮迫で予算総枠を毎年削減する方針も示されている。


◆大学の評価めぐり混乱

 この評価をめぐって大学人から「学問の自由を侵す」「実用研究ばかり重視され基礎研究が滅びる」と猛烈な反発が起きている。有志が集まって大学評価学会が設立され、政府が考えている機械的な数値目標を設定しての評価ではなく、欧米で普通に行われているピアレビューを使うべきだとの議論がわき起こっている。

 一方、政府の胸の内は「大学人の仲間内の評価など信用できるか」である。国際的な舞台で活動している日本の大学人にとってピアレビューは自然な手続きだが、日本国内ではあまり行われていない。過去3年、大学評価・学位授与機構が試行的に実施した評価結果は、不慣れであることを割り引いても失笑を買うほど水準は低く、評価者の恣意性ばかりが目立った。

 日本ではこれまで大学の評価そのものが必要なかった。東大を頂点に戦前からの有力大学「旧七帝大」が続くピラミッド型の階層ができており、教授陣をほとんど同じ大学出身者で固めている。これに対してドイツでは同じ大学での教授昇任を禁止している。欧米の大学で自大学出身の教官が多いとされる米国ハーバード大でも割合は7割弱に止まり、しかも、一度は外部の機関を経験している。日本の大学は欧米では希な純粋培養組織だから、教官の選任でも部内者の昇進が多く、きちんとした評価をしたことがない。

 例えばドイツのように法律で大学内部からの昇進を禁止したとしたら、実力本位で外部から教授を採用せざるを得なくしたら、この国の大学は途方に暮れてしまうだろう。国際級の理系研究者ならば評価はつくが、文系を含めた研究者を各分野ごとに評価し、格付けするシステムがない。

 それでいて、研究費予算は公正に配分できるのか。文部科学省の科研費は結局のところ、有名大学、機関にネームバリューによる惰性で配分されているに過ぎない。米国でのように、研究費申請に対して実験計画の妥当性を検討して「ここをこう手直ししたらオーケー」といった具合に検証してくれるシステムは存在しない。いや、評価・検証できる人材を欠いている。


◆ピアレビュー能力を欠く研究者

 この国での研究評価の人的不毛について、私の新聞社での経験をお話しすると分かりやすいかもしれない。私の会社は自ら民間最高と称する「☆☆賞」を出している。以前には「☆☆学術奨励金」という制度もあった。

 その審査方法はとても風変わりだった。東京・名古屋・大阪・小倉の4本社にいる記者が申請が出た研究について、専門家の評価を内緒で聞いて回り、何度か集まって討議する。「この仕事の最初のアイデアは、某私大にとばされている講師が出したもので、申請している先生のではない」といった情報を集める。あるいは「この物質の発見は、対象者の多い病気の発見に匹敵する」といった評価をして、膨大な分野の仕事をふるいに掛ける。どれを採っても恥ずかしくない仕事だけにしぼってから、予備知識を持たない取締役会を相手にプレゼンテーションし、最終選択をさせる。

 ところが、私が科学部を出る少し前の時期から、申請の研究内容について「勉強」は良くできているが評価ができない記者ばかりになり、普通の密室型の審査方法に移行してしまった。少なくとも私の担当した当時は、学界のボスに功労賞としてあげる賞ではなく、明確なエポックを築いた仕事に与える賞だった。国内の大きな賞が軒並み、功労賞的な賞でしかないのは残念だ。

 問題なのは社内での退歩と、研究者側の退歩が相まって進んでいたことにある。普通に考えると、若い世代ほどドライに評価してくれそうなものなのに、私の経験でも切れ味の良い評価をしてくれる研究者は少なくなっていた。当たり障り無く、口ごもる人が多い中で、国際級の評価がある人達は、自分の研究に軸足を据えて、異分野の仕事についても積極的な発言をしてくれたことを思い出す。

 私の経験は見方を変えると、専門家同士の間には存在しないピアレビューを、新聞の科学記者が代行収集して作り出していたのであり、近年、それも難しくなっていた。その原因は大学の研究者が自分の分野だけに閉じこもり、他分野への関心を持たない傾向が顕著になったからだ。


◆大学人自ら変わる時

 「法人化で学問の自由と大学の自治が危機にある」と訴える大学人の声に、メディアも世間一般も冷たい態度だった。「学問の自由」の名の下に、国立大ではさして効率的な研究も教育もされず、自己チェックもなく、国際水準から遠い存在と化してしまったと、世間一般の人たちは感じている。

 ホワイトカラーの能力が欧米企業から大きく劣っている現実だけとっても、大学教育に大きな責任があると言うしかない。日本企業がこれまで本物の実力主義で出来ていなかったために、大学は従順な人材さえ送り続ければ良かった点を差し引いても、ひどい。また、研究テーマの選択で世界に例が無い独創を狙うより、流行に流され続けている傾向はずっと改まらない。多数のベンチャー企業群を生み出すような科学技術面の活性度が低い点も、米国と比べたら、あるいはアジアまで含めた諸国と比べても相当な「重症」と、科学技術分野で取材経験が長い私は考えている。

 とは言え、政府が考えている大学評価の仕組みは「科学研究費補助金の審査方式に準じて」とあり、学閥が支配する現状への洞察も反省も無く、不毛な結果になることは目に見えている。やはり採るべき道はピアレビュー方式しか無い。世間を納得させるピアレビューを実現するには大学研究者をトレーニングするしかなく、それには人事を透明化し、完全公募制にするのが早道だ。2年前、大学改革が議論されている最中に、私は次の2項目で本当の大学改革が可能になるとの提案をしている。

1.助手や助教授に対する教授の人事権を廃止、教官選考は公開、公募制とし、選考委が学部にどういう専門分野の人材が必要かを検討して選ぶ。

2.その大学の出身者は学外機関での勤務経験を経ていなければ給与を70%しか与えない。この規定は現職の全教官に対しても5年後から適用する


 2番目の項目は現状のままで法人化したために実現は難しくなった。残念なことに学閥の澱みを長期に引きずるしかなくなったのだが、第1項目は直ちに実現できる。公開の場での人事選考を多くの大学人に経験させ、その過程で狭い研究分野に閉じこもりがちな教官に一回り広い学問分野全体のことを考える機会を持たせる。公平な審査を数多く経験させることにしか、本質的な改善に導く方法はないと考える。大学の自治とは本来はこうした営みだろう。

 大学改革の動きが表面化して各種シンポなどで共通して聞かれたのは、大学での研究と教育について評価システムが出来ていないとの嘆きであった。長い時間を経て形成された格付け機関が無い日本で「誰かが正しい評価をしてくれる」と大学人が思っていることに私は呆れていたので、大学評価学会で自らピアレビューをしようとする動きが表面に出たことを歓迎した。実のあるピアレビューを実現するために、大学人自ら早急に変わらねばならない。


 【追記】 法人となった89国立大の今後6年間の中期目標が5月11日、文部科学省から公表された。当初は国が求める数値目標を嫌っていた大学が多かったが、国立大学法人評価委員会から修正を求められてほぼ半数が数値目標を盛り込んだと伝えられる。今回のコラムとの関連で、どんな数値目標があるのか列記してみたい。九州大「特許出願件数を2007年までに150件に増やす」、横浜国大「法科大学院の司法試験合格率70%程度」、東京学芸大「教育系卒業生の教員就職率を2009年までに60%に」、滋賀医科大「医師国家試験合格率95%を目指す」、東京農工大「地域との連携を6年間で60件以上実施」……。いずれもおやりになることに異存はない。しかし、これが当該大学の評価指標だと言われたら、余りにも大学のことを知らないと申し上げて憚らない。

 ★最近の記事:第397回「国立大学改革プラン、文科省の絶望的見当違い」(2013/12/02)
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 なお、このコラムは、英国の現代日本研究ジャーナル"electronic journal of contemporary japanese studies"の編集長から依頼を受けたのを契機に第13回「大学改革は成功するか」第74回「大学の混迷は深まるばかり」第114回「大学と小泉改革:担い手不在の不幸」第131回「暴走へ向かう大学改革に歯止めは」などを集約した上で最新の情報も加味した。英訳版は同ジャーナルで掲載中の"A Worst Possible Beginning to University Reform"

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