吟醸酒隆盛で日本酒に新時代が来るか [ブログ時評55]
日本酒輸出が拡大しており、4年連続で前年比増を記録した。2005年は一升瓶(1.8リットル)換算で530万本にあたる9537キロリットルを輸出、輸出額は53億3857万円だった。国税庁が発表した清酒の年間課税出荷数量が73万キロリットル余りだから国内消費に比べ1.3%程度に過ぎないが、海外では高級な吟醸酒に人気が集まっているといい、国内でも若い世代に吟醸酒をアピールする長期イベントが東京駅八重洲北口で近く始まる。2005年は焼酎ブームが一服して前年比で横ばいになり、毎年6ポイント前後も下げ続けていた清酒出荷が3.3%減でおさまった。ネットの楽天市場で吟醸酒を検索すると7162件もヒットする隆盛ぶりが、後退し続けている日本酒に新時代を開けるだろうか。
「海外で日本酒ブーム到来!?」(獺祭庵・・・つれづれなるままに)が共同通信の記事を引きながら米国のブームを語り、興味深い関連サイトも集めている。「最近は日本酒を今までは“Japanese Sake”と言っていたのが“rice wine”と言ったりするそうです。僕の経験から、アメリカ人の日本酒の好みの傾向としては冷やでは淡麗辛口路線が多いように思う。なるほど、淡麗辛口なら吟醸香があってフルーティなので“rice wine”かも知れない」
輸出量が31%と最も多い米国が、金額で48%(26億円)を占めていることからも高級化が著しいことが判る。しかし、米国で日本酒を飲んでもらう道筋は単純ではなかった。1979年から「大関」が米国現地生産を始め、大手の「月桂冠」「松竹梅」、中小で「八重垣」なども続いて参入した。例えば米国月桂冠は2005年に3400キロリットルを生産し、米国内のほかカナダや欧州、南米にも販売した。現地生産により輸出量以上の日本酒が実際に飲まれているのだが、1998年に私の連載第56回「お酒の消費に起きている地殻変動」で「米国では安い米国産米を利用して清酒の現地生産も始めているのだが、日本酒はホットコーヒーのような温度で飲まれる習慣が抜けない。あれは日本酒ではない。文化としての日本酒を広めたいという」と書いた。
現在でも、びっくりするような高温で飲む習慣は現地産日本酒では続いている。しかし、吟醸酒が日本料理店ばかりか、フランス料理店などでワインに近い存在として出されるようになり、輸出されるものは全く別系統の酒と認識されるに至った。全国の小さな造り酒屋が連帯してつくった日本酒輸出協会などの日本酒文化普及への尽力が、ようやく実を結んできた。
そこに加わっている「南部美人」のリポート「日本酒輸出協会(SEA)アメリカ、カナダミッション」報告」(2000年)を見よう。「午前中の飛行機でニューヨークに移動して、夕方は昨年イベントを開催して大盛況だったグランドセントラル駅の地下にある有名な『オイスターバー』で食事をしました」「現在では飲み物のリストの中に『SAKE』として南部美人が入っています」「午後9時から2号店のオープンパーティーに参加しました」「一升瓶を得意げに持って歩いてくるニューヨーカーばかりで、あちらでは一升瓶はとてもかっこいい粋なものだと口をそろえて話していました。招待客はなんと300人を越え、その8割が地元ニューヨークのアメリカ人という地元に密着したイベントでした」
欧州でもこうしたイベントは試みられているが、飲んでもらって喜ばれたとして最大の問題は、どうやって広範囲な客に微妙な温度管理を必要とする吟醸酒を供給するのかである。「海を渡る酒半」(大門酒造)がその答をインターネットに見出したと書いている。「巡り会いは突然やってくる。2000年頃のドットコムブームの中で、ワインのインターネットビジネスを目指すいくつかのベンチャー企業との提携話が生れては消えていった。落ち着くまで少し様子を見ようかと考えていたころ、今の米国側輸入総代理店、『Vine Connections社』を紹介された。サンフランシスコに本社を置くワイン専門の輸入卸売業者で、南米産のワインを扱って急成長しているという」「小さい会社だったが、二人の真摯な姿勢と熱意に感じ入った。はじめから米国での戦略を非日本食のレストランと米国人の一般家庭で飲まれることをターゲットにしているeSakeとしては全米の流通業者へのフットワークが良く、願ったりの相手だ。即刻、提携の握手をした」。「USA-Premium Sake Menu」に米国で売られている商品リストがある。
ここで一つだけ、私がサイエンスライターを名乗っている分の仕事をしておこう。フルーティな香りを特徴にする吟醸酒とは何なのか。日本酒は麹菌と酵母とふたつの発酵エンジンを持つ珍しい酒で、そのために醸造酒でありながら原酒のアルコール度数は異例に高い。この両エンジンをフル回転で働かせる温度管理が日本酒にとって最適なはずだが、それでは吟醸香は現れない。最適な温度よりかなり低い温度で発酵させると、酵母は逆境に苦しみつつ異常な物質を生み出す。それが吟醸香である。微妙な味わいを楽しむため、高精米で米を4割も削り雑味の発生を極力抑える。日本一の酒どころ、灘五郷の古い蔵には北向きに開いた天窓があった。六甲山から吹き降ろす、寒の「六甲下ろし」を導き入れて、吟醸香が出来る状態を昔の杜氏は作り出した。当時は経験的な手法だったが、現在では温度管理をどうすれば実現できるか、研究は出来ている。タイガースソングにうたわれる六甲下ろしの効用である。
日本吟醸酒協会が「全国70蔵直営スダンディングバー『吟醸バー 蔵70』」を5月16日から8月5日まで、東京駅八重洲北口1F「キッチンストリート」内で開く。昨年も開催したのだが、目立たない場所で反響は今ひとつだったのだろう。今度は東京駅に打って出る。その分、昨年より単価は上がるが、それでも全国70銘柄の吟醸酒を1杯300円で飲ませる意味は大きい。戦時中の統制が尾を引いて、清酒の流通は地域が限られていた。地元の酒屋に注文しても「そんな遠くの酒は入ってきません」だった。味さえ知ってもらえれば、どんな遠くの顧客にも買ってもらえるインターネット通販時代に、日本酒を普通の商品として再生させる契機になるか、成り行きを見つめたい。
「海外で日本酒ブーム到来!?」(獺祭庵・・・つれづれなるままに)が共同通信の記事を引きながら米国のブームを語り、興味深い関連サイトも集めている。「最近は日本酒を今までは“Japanese Sake”と言っていたのが“rice wine”と言ったりするそうです。僕の経験から、アメリカ人の日本酒の好みの傾向としては冷やでは淡麗辛口路線が多いように思う。なるほど、淡麗辛口なら吟醸香があってフルーティなので“rice wine”かも知れない」
輸出量が31%と最も多い米国が、金額で48%(26億円)を占めていることからも高級化が著しいことが判る。しかし、米国で日本酒を飲んでもらう道筋は単純ではなかった。1979年から「大関」が米国現地生産を始め、大手の「月桂冠」「松竹梅」、中小で「八重垣」なども続いて参入した。例えば米国月桂冠は2005年に3400キロリットルを生産し、米国内のほかカナダや欧州、南米にも販売した。現地生産により輸出量以上の日本酒が実際に飲まれているのだが、1998年に私の連載第56回「お酒の消費に起きている地殻変動」で「米国では安い米国産米を利用して清酒の現地生産も始めているのだが、日本酒はホットコーヒーのような温度で飲まれる習慣が抜けない。あれは日本酒ではない。文化としての日本酒を広めたいという」と書いた。
現在でも、びっくりするような高温で飲む習慣は現地産日本酒では続いている。しかし、吟醸酒が日本料理店ばかりか、フランス料理店などでワインに近い存在として出されるようになり、輸出されるものは全く別系統の酒と認識されるに至った。全国の小さな造り酒屋が連帯してつくった日本酒輸出協会などの日本酒文化普及への尽力が、ようやく実を結んできた。
そこに加わっている「南部美人」のリポート「日本酒輸出協会(SEA)アメリカ、カナダミッション」報告」(2000年)を見よう。「午前中の飛行機でニューヨークに移動して、夕方は昨年イベントを開催して大盛況だったグランドセントラル駅の地下にある有名な『オイスターバー』で食事をしました」「現在では飲み物のリストの中に『SAKE』として南部美人が入っています」「午後9時から2号店のオープンパーティーに参加しました」「一升瓶を得意げに持って歩いてくるニューヨーカーばかりで、あちらでは一升瓶はとてもかっこいい粋なものだと口をそろえて話していました。招待客はなんと300人を越え、その8割が地元ニューヨークのアメリカ人という地元に密着したイベントでした」
欧州でもこうしたイベントは試みられているが、飲んでもらって喜ばれたとして最大の問題は、どうやって広範囲な客に微妙な温度管理を必要とする吟醸酒を供給するのかである。「海を渡る酒半」(大門酒造)がその答をインターネットに見出したと書いている。「巡り会いは突然やってくる。2000年頃のドットコムブームの中で、ワインのインターネットビジネスを目指すいくつかのベンチャー企業との提携話が生れては消えていった。落ち着くまで少し様子を見ようかと考えていたころ、今の米国側輸入総代理店、『Vine Connections社』を紹介された。サンフランシスコに本社を置くワイン専門の輸入卸売業者で、南米産のワインを扱って急成長しているという」「小さい会社だったが、二人の真摯な姿勢と熱意に感じ入った。はじめから米国での戦略を非日本食のレストランと米国人の一般家庭で飲まれることをターゲットにしているeSakeとしては全米の流通業者へのフットワークが良く、願ったりの相手だ。即刻、提携の握手をした」。「USA-Premium Sake Menu」に米国で売られている商品リストがある。
ここで一つだけ、私がサイエンスライターを名乗っている分の仕事をしておこう。フルーティな香りを特徴にする吟醸酒とは何なのか。日本酒は麹菌と酵母とふたつの発酵エンジンを持つ珍しい酒で、そのために醸造酒でありながら原酒のアルコール度数は異例に高い。この両エンジンをフル回転で働かせる温度管理が日本酒にとって最適なはずだが、それでは吟醸香は現れない。最適な温度よりかなり低い温度で発酵させると、酵母は逆境に苦しみつつ異常な物質を生み出す。それが吟醸香である。微妙な味わいを楽しむため、高精米で米を4割も削り雑味の発生を極力抑える。日本一の酒どころ、灘五郷の古い蔵には北向きに開いた天窓があった。六甲山から吹き降ろす、寒の「六甲下ろし」を導き入れて、吟醸香が出来る状態を昔の杜氏は作り出した。当時は経験的な手法だったが、現在では温度管理をどうすれば実現できるか、研究は出来ている。タイガースソングにうたわれる六甲下ろしの効用である。
日本吟醸酒協会が「全国70蔵直営スダンディングバー『吟醸バー 蔵70』」を5月16日から8月5日まで、東京駅八重洲北口1F「キッチンストリート」内で開く。昨年も開催したのだが、目立たない場所で反響は今ひとつだったのだろう。今度は東京駅に打って出る。その分、昨年より単価は上がるが、それでも全国70銘柄の吟醸酒を1杯300円で飲ませる意味は大きい。戦時中の統制が尾を引いて、清酒の流通は地域が限られていた。地元の酒屋に注文しても「そんな遠くの酒は入ってきません」だった。味さえ知ってもらえれば、どんな遠くの顧客にも買ってもらえるインターネット通販時代に、日本酒を普通の商品として再生させる契機になるか、成り行きを見つめたい。