専業農家の救出を急がねば稲作は崩壊 [ブログ時評87]

 福島県米需給情報検討会議の模様を伝える、12月中旬の朝日新聞地域版には恐ろしい数字が並んでいた。県内稲作農家の10アール当たりの所得が2004年には53,266円だったのに2005年48,701円、2006年41,142円と減り続け、2007年は34,000円程度に落ち込むとの試算が公表された。10ヘクタールの大規模専業農家の年収が、2004年の532万円から2007年は340万円になる激減である。減収は来年以降も続こう。2000年の第91回「無策コメ農政が専業農家を壊滅へ」で警鐘を鳴らした当時はまだ「豊作貧乏」の段階だったが、いま起きている収入激減はコメの商業生産をしている専業農家に廃業を迫る。数で少数派ながらコメ専業農家こそが日本の稲作を支えている。明日に見えるのは稲作崩壊だ。

 「一体誰のための米価下落阻止大会なのか? NO2」(大泉一貫の日記)は米価下落阻止にしか関心がない農協の運動に疑問を投げる。「大変なのが、稲作専業農家。わが国の稲作システムは専業農家の作り上げた付加価値への吸着、搾取で成り立っているというのに」「一律に米価を上げろ、緊急対策しろと言った要求に耳を貸す必要があるのだろうか?」「売れる米を作っている専業農家にも、より一層転作をしろと言う必要があるのだろうか?」「対象を大規模零細稲作専業農家に絞ったセーフティネットの構築こそが必要なのに、みんな自分のことしか考えない」「農協維持のためには、数が大事とでも考えているのだろう。兼業農家組合員160万戸、農地持ち非農家80万戸、自給農家120万戸、さらにそれ以上の准組合員の参加がある。40万戸の専業農家はどうなっても良いのかも知れない」

 政府は2007年の稲作から中山間地の小規模水田を切り捨てて、ある程度以上の水田規模しか支援対象にしなくなった。平地の集落ならば「集落営農」で兼業農家の小さな水田を統合、機械力がある専業農家の力を借りて大規模経営に移行しようとした。コメ生産調整のたがは緩み、「望ましい作付面積」156万ヘクタールに対して全国で7.1万ヘクタールの過剰作付けが発生した。作況は平年作なのにコメ余り必至の情報が広まり、年々下がっている米価の下落に拍車がかかった。

 参院選の地方1人区で惨敗した自民党の危機感もあり、政府は808億円を投入して備蓄米の空き枠34万トン分を買い込んだ。さらに12月初め、なるべく農水省関与を減らし市場の流れに委ねようとしてきたコメ改革の方針を転換し、2008年産米について都道府県別「需要量に関する情報」を発表した。事実上の生産目標を示して減反を強化する。2007年産の作り過ぎ府県にはペナルティー分が上乗せ減反になっている。何十年も前の締め付けに復帰する政策だが、既に生産調整不参加となり政府支援を受けないでいる農家に何の強制力もない。コメ所の東北農政局「米の生産調整の実効性確保に向けて」は2月に「生産調整方針未参加農業者4万2千人(4ha以上:約2千人。4ha未満:約4万人)に対し、農政局長名等の要請文を送付」するとしているが、生産調整参加者が43万人なのだから「ザル」も相当なもの。生産調整が成功する可能性はまず無いだろう。

 「コメの将来 現場の混乱どう避ける」(農業ニュース)は生産調整の報を見て気をもむ。「価格が下がれば小規模農家以上に、大規模生産者に深刻な影響が出る恐れもある。担い手がコメ作りの意欲を失っては元も子もない」「需給調整をどう図るか、担い手をどう育てるか、消費者にとって魅力あるコメをどう作るか、販路をどう拡大するか――政治、行政、生産者それぞれの課題は重い」「肝心なのは生産者が安心して農業に取り組める環境をいかに実現するかだ。腰を据えた論議が求められる。改革によるコメの将来が見通せない中、生産現場を混乱させることだけは避けたい」

 民主党が夏の参院選で勝った大きな要因に、全ての主要農産物販売農家に対し農業者戸別所得補償をすると訴えたことがある。政府・与党も切り捨てたはずの小規模農家への対策を考え始めた。しかし、農業、特に稲作にとって焦眉の急はコメ専業農家を窮地から救出する対策ではないか。冒頭の試算では既に子どもの教育費すら危うい。遠くの大学に行かせるなんてとんでもない。

 衆参ねじれ現象下では、政策はなかなか法律に結実しないのだが、裏で全てが決まった時代と違い議論は大いに出来るはずだ。これまで余り省みられなかった、次のような主張こそ吟味してみたい。山下一仁氏が経済産業研究所上席研究員だった際に書いた「本格的な農政改革の完成を望む」である。「望ましい農政改革」と題された第4節をそのまま引用する。

 「零細副業農家の米販売額109万円のうち農業所得はわずか12万円(2002年)にすぎない。これは米価16,000円/60kgが1,800円低下しただけで消える。生産調整を廃止し、米価を需給均衡価格9,500円程度まで下げれば、副業農家は耕作を中止し、農地は貸し出される。一方、一定規模以上の主業農家に耕作面積に応じた直接支払いを交付し、地代支払能力を補強すれば、農地は主業農家に集まり、コストは下がる。価格引下げと対象農家を限定した直接支払いが構造改革による農業の効率化に必要なのである」「農業団体が農家選別だと反対する理由はない。零細農家が自ら耕作すれば直接支払いは受けられないが、農地を主業農家が借り入れれば零細農家も直接支払いの一部を地代の上昇として受け取ることが可能となる」「また、この直接支払いは農地への需要を高め、耕作放棄地を農業・食料生産に有効に活用する効果も発揮する。耕作放棄地を単に維持管理するためだけの規制や課税よりも優れている」

 衆議院調査局農林水産調査室の「『新たな経営所得安定対策等』についての学識経験者等の見解」(2006年1月)に所収の論文という。専業農家を国の補助金直接支払いで強化し、趣味の領域に近い兼業零細農家の水田を集め生産力を高めて米価下落に対処する。零細農家にも消費者にもメリットはあるし、世界規模の貿易交渉でもEUの農業保護施策などと対抗できる。日本の農業補助金は国際的にも巨額と非難されている。農業そのものにではなく、基盤改良工事などを通じ周辺の建設業者らに多くが落ちる仕組みになっているからであり、補助金無駄遣い解消にも大きな効果が見込める。

 今年から始まってしまった集落営農との折り合いをどう付けるかなど、厄介な問題は存在する。しかし、現在の集落営農では専業農家は痛めつけられ、いずれ廃業に追い込まれよう。既に集落の中に専業農家が1戸しかないところも珍しくないと聞く。一方、集落営農に踏み切ろうとすると兼業零細農家にも資金負担を求めざるを得なくなり、経済合理性がない集落営農をまとめるのは大変な難事業なのだ。