団藤保晴の
「インターネットで読み解く!」

市民メディアの不毛と既成メディアの守勢 [BM時評] (2009/03/29)

(「Blog vs. Media 時評」に同文掲載。コメントなどはそちらに)

 やはりと言うべきでしょう、「オーマイニュース、市民記者ニュースサイトを4月24日で完全閉鎖」との結末になりました。2006年にスタートした時点で「オーマイニュースの可能性ほぼ消滅か」「大型市民記者メディアは無理と決した」を書いている立場からは、後に残すものがなかった不毛な3年に思えます。

 この機会に「ガ島」藤代裕之さんが「書くことの難しさ ネットの言論はなぜ質が低いか」で「25日についにオーマイニュースの閉鎖が発表されたが、市民メディアと呼ばれるメディアが広がりを見せないのは、コンテンツの質が低いからに他ならない」「コンテンツの質を高めるという点で、新興ニュースサイトやブロガーには大きな壁がある」「ひとつはライティング、表現に関わるスキルが定型化されておらず、習得を困難にしているという問題」「もうひとつは、人材が既存メディアに囲い込まれているという問題」と論じました。

 これ対して「雑種路線でいこう」の楠正憲さんが「市民メディアの凋落とマスメディアの憂鬱」で「ネット上の文章について藤代さんが厳しい目を向ける気持ちは分かる。しかし市民メディアは『コンテンツの質が低い』以前に深刻な自己矛盾を抱えているのではないか。既存のマスメディアでさえ、今後もコンテンツの質と威信を担保し続けられるかは疑わしい」と、深いところからの疑問を呈しています。

 オーマイニュースのような市民メディアに関しては失敗は歴然としていますが、ネット上では有用な記事を流す専門家のウェブやブログは増え続けています。私が運営する「Japan Blogs Net」にRSSリーダーを持つものだけ、分野別にサンプルを集めているのでご覧ください。藤代さんの考え方と違って、書くか書かないか以前の問題として、読むに耐えるコンテンツを持つか、あるいは見つけてこられるかが最初の関門です。オーマイニュースの記事大多数は落第でした。

 楠さんは「読者減と広告出稿減で昔のようには予算をかけられなくなりつつあるマスメディアも、市民メディアと同じ罠に嵌る前に記者の人的資本を活かしつつ効率的で新たな形式を模索せざるを得ないのではないか。Iza!の記者ブログは興味深い先駆事例だ。記者は普段から多くの事実に触れつつ、記事に書けること書けないことを熟知している分、特徴あるブログ記事を書けるのではないか」と、既成のマスメディアに対してネットに出てくるように求めています。

 ところが、国内では「iza」以降、既成メディアの動きが止まっています。不況が深まり、将来の経営に不安が高まる状況の下で、守勢に入っている印象が強まっています。「メディア・パブ」の「米有力新聞にもTwitterフィーバー、発行人や編集長から記者まで一斉にアカウントを取得し公開」によると、シカゴ・トリビューン紙の媒体公式紹介欄に社長や編集長のアドレスが公開され、実際に近況のようなメモが書き込まれています。記者ブログですら不十分な展開しかしていない国内メディアでは考えられないことです。

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