第219回「戸別所得補償が米専業農家救出に効き始めた」

 新米価格が大幅に下がって消費者にはうれしいニュースだが、農家や農協から悲鳴があがっているとマスメディアは伝え、民主党政権の農家戸別所得補償制度は小規模農家も救う仕組みなので、農水省は「心配ありません」と構えています。ところが価格下落でこの制度は大規模な米専業農家支援に効く性格であることが表面化してきました。2007年の「専業農家の救出を急がねば稲作は崩壊」で心配した稲作崩壊に歯止めが掛かりそうです。

 「今日の一貫〜大泉一貫のBlog」の「戸別所得補償の性格は明らか 朝日9月5日 日経9月7日」に朝日新聞が東北大と実施した農家アンケートによる記事「戸別補償、恩恵に差 大規模農家、投資に活用 小規模農家、生活費に」が収録されています。大泉一貫宮城大副学長は記事中のコメントで「少額の補償があっても、米価の下落が今後も進めば小規模農家は救済できない。制度を修正するとすれば、補償の対象を大規模農家に限ったり」と、制度の手直しを主張しています。

 秋田県大潟村で親の代から続けた反減反を止め、戸別所得補償制に転じた大規模農家の計算です。「すべて主食用米を植えた一昨年は1600俵余りの収穫があった。1俵(60キロ)1万4千円で2290万円余りの売り上げ。だが、仮に今秋1万2500円まで下がれば、245万円の減収となる」「減反に応じれば、6割(10・9ヘクタール)しか主食用米を作れなくなるが、そこに1ヘクタールあたり15万円、計163・5万円が補償される。残り6・3ヘクタールの転作部分では加工用米をつくる。ここには1ヘクタールあたり20万円の転作補助金が出る。合計で一昨年よりも50万円余りの増収になる。村の半数を占めていた反減反派の7割にあたる約180人が同じ理由で、減反参加に切り替えた」

 コメ専業農家は農村部でも人口的には少数派ですが、日本の稲作を支えているのです。民主党の戸別所得補償は選挙目当てで考えられ、小規模零細農家まで救うことで票を集めようとしました。それが成功して動き出してみると、大多数を占め、漫然とコメを作っている小規模農家には補償は借金の穴埋めにしかなりません。貿易制度や経済の荒波から逃げていたい、旧態依然とした小規模農家には単純に米価が高い方が善いのです。「JAcom 農業協同組合新聞」の「正義派の農政論」「低米価政策へ転換する本当の理由」がそれを代弁しています。

 「政府は米価の下落を放置している」「隠された本当の理由がある。それは、今後、米価を低く抑える低米価政策へ、ひそかに転換しようと目論んでいるからである」「この制度を充実すれば、安心してFTAなどを推進できる、という訳である」「そのためには、膨大な財政負担が必要になることである。いまの日本の補助金割合は、表で示したように8%で、EUは41%だから、補助金を5倍に増やさねばEC並みにならない。いまの財政状況では、それは不可能だろう」「この制度を続けられたとしても、もう1つ重大な問題がある。それはカネの問題ではない。農業者の心の問題である。特に米の場合、所得の大部分が補助金になるような、この政策を、農業者の誇りが許さないだろう。その結果、米作りをやめてしまうだろう」「米の緊急買い上げを速やかに実施するしかない」「買い上げた米は、棚上備蓄し、あるいは、米粉米や飼料米として活用すればよい。そうすれば、日本農業の明るい未来が見えてくる」

 拠っている基盤が戦略的に米作りを考えている専業農家ではなく、農協が抱えている多数派・小規模農家であることは明らかです。

 9月になって2010年農林業センサス(速報値)が発表され、専業的な農業就業人口は260万人と、5年前に比べて75万人も減りました。河北新報の社説「農林業センサス/再生の道筋読み取れないか」は「まず目を引くのは、今までの担い手がそれだけ離農していながら、生産基盤である農地はそれほど荒れていないことだ」「耕作放棄地は40万ヘクタールに拡大したものの、5年前に比べ1万ヘクタール、2.6%増にとどまり増加率も縮小した。離農農家の大方の土地が貸借や売買で別の担い手に移動したことを意味する」「経営規模5ヘクタール以上の農家と法人組織の増加は顕著で、農家の集合体である集落営農組織や参入企業の増加もあり大規模化が進行する」と変化の兆しをとらえています。

 しばらく国政選挙が遠のいた今、本音で日本農業の明日を考え、論じられる時が訪れました。