第242回「高速炉もんじゅ落下装置の引き抜きは困難(改)」
(6/10お知らせ:この問題を検討した最新記事は第263回「高速炉もんじゅ落下装置引き上げに工学的無理」です)
福島原発事故の直前に書いた「高速炉もんじゅ落下装置の引き抜きは困難」の考え方に問題があったので改訂版に差し替えます。引き抜きの困難さをもたらすポイントが、「もんじゅ」建設時と比べて現在、炉内は200度以上も高温になっている点であることは変わりません。(2011/5/10)
重量3.3トンもあって落下した炉内中継装置が抜けなくなっている対策として、抜くと食い込んでしまうスリーブごと外してしまうのが日本原子力研究開発機構の目指す解決法です。スリーブは原子炉の上蓋「しゃへいプラグ」(厚さ3.695メートル)に組み込まれていて、もし建設時と全く同じ条件下ならば抜くのは造作もないことでしょう。下に、状況を考えやすくするための概念図を用意しました。 燃料孔スリーブは外径640ミリ、内径465ミリの筒状。空気と触れると激しく反応する金属ナトリウムを守るために、原子炉内はアルゴンガスで満たされており、このスリーブの機能は外気遮断ですから高精度に、すき間が極めて小さくなるよう仕上げられたはずです。また、直径500ミリ前後の円柱や円形の穴は機械加工技術上、とても精度が出しやすいゾーンです。
建設時と違うのは上蓋やスリーブの上部が室温であるのに、下部は液体ナトリウムから放射される高温で200度以上になっている点です。温度勾配のデータは不詳ですが、途中段差のところでも100度の温度差があるとみてよいでしょう。鉄は1メートルの材料が100度上がると1.2ミリくらい熱膨張します。スリーブは下部ほど熱膨張の度合いが大きくて、円錐形のようになります。はまっている上蓋の穴も同様に円錐状に変形しますから、上に行くほど狭まります。スリーブを上に引き上げようとすると、途中で上蓋の穴とぶつかってしまう可能性が高いと考えます。スリーブは下部がナトリウムに浸かっている炉内中継装置を抱いたままですから、高温熱源を持って上がっていきます。
引き上げをさらに難しくするのが、上蓋とスリーブのすき間に入って付着しているナトリウムです。反応性が高いナトリウム蒸気として潜り込み、金属表面の酸化膜を侵してナトリウム化合物を形成していると考えられます。「発明の名称 高速増殖炉用制御棒駆動機構」で「制御棒駆動機構においては、燃料棒を交換するために炉心上部機構を保管庫に保管時、上部案内管と延長管の間に残ったナトリウムが化合物となり、これが蓄積・固着する可能性があるため、再び炉心上部機構を炉上部に取付け制御棒を駆動する場合に延長管の動作に支障を来し、制御棒駆動に不具合を起こす課題がある」と指摘される化合物です。
こうした化合物は400度、500度の運転温度に上げれば溶けてしまいしますが、今回の引き上げでは温度が低く、固着物として存在、狭いすき間を狭めているとみるべきでしょう。河野太郎さんは「もんじゅは今、どうなっているか」で「もんじゅの原子炉内には液体ナトリウムがあり、それが気化したものがさやの壁面に蒸着していることが予測され、引き抜きに必要な力はかなり大きくなると思われます」「このスリーブは、抜くことを想定しておらず、これまで抜いたこともありません。構造上は、抜くことは可能です」と書いていらっしゃるのですが、これまで論じてきた観点からは6月にも実施される引き抜きはやはり困難であると思います。
注:《考え方の変更》以前のエントリーでは上蓋「しゃへいプラグ」は原子炉構造物の一部として周囲から拘束されていると思っていましたが、福島原発騒ぎで色々と図面を見るうちに、熱膨張に関してはフリーな自然膨張をすると改めました。
【参照】高速炉もんじゅ関連エントリー
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┃ 2011/3/7リリース当初の記事
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高速増殖炉もんじゅ(福井・敦賀)で落下した炉内中継装置の引き抜きは、詰まっている燃料孔スリーブごと抜けばよいとする日本原子力研究開発機構の解決法では困難と考えられます。最大の理由は20年前に筒状のスリーブを原子炉の厚い蓋に組み込んだ時より、200度くらい温度が高まっているからです。組み込んだ際のすき間は現在は存在せず、熱膨張で蓋とスリーブはがっちりかみ合っている可能性が高いと思われます。工学的常識として引き抜きにかかる前に模擬装置で抜けるのか実験しておかねばならず、引き抜き費用で後からこっそり公表された「落下した装置の状態を観察する」3億7千万円がそれに該当するのではないでしょうか。 燃料孔スリーブは外径640ミリ、内径465ミリの筒状で、厚さ3.695メートルの蓋の中に埋まっています。上の図では「燃料出入孔スリーブ」と表記されており下部は一段細くなっています。直径が50センチ程度の円筒と穴の組み合わせは切削加工の上で精度が出しやすい大きさです。お金に糸目を付けない一品生産の『もんじゅ』ですから非常に高精度に仕上げたはずで、特に原子炉内のアルゴンガスを封じねばならない下部ならすき間が0.5ミリもあるとは考えられません。
鉄は1メートルの材料が100度上がると1.2ミリくらい熱膨張します。冷却材の金属ナトリウム温度は原子炉入口で397℃、原子炉出口で529℃となっていますが、これは本格出力運転の仕様で現在のように温態停止中は2百数十度です。それでもスリーブを組み込んだ室温よりも200度は高いでしょう。温度が上がると円筒形のスリーブは外に膨らみ、広大な蓋に彫り込まれた穴は内側に縮みますから、当初に存在したすき間はなくなります。経年変化を起こすシール剤などを使えない『もんじゅ』の場合はむしろ好都合で、予想される温度上昇ですき間を無くすように設計するべきなのです。
ところで、小さな金属板でも鏡面仕上げをしてくっつけると接着剤がなくても接合してしまう現象が見られます。金属原子が境界面から互いに拡散、浸透して分離不能になるのです。20年間、熱膨張で圧着されてきた、高精度加工のスリーブと蓋の間に同様の現象が起きる条件が整っている感じがします。もしあれば非常な障害になります。
引き抜くためにせめて温度を室温に戻したいところですが、金属ナトリウムを固まらせる訳にはいきません。核燃料を取り出しておければナトリウムは抜けますが、八方塞がりぶりは昨年10月に書いた第224回「高速炉もんじゅに出た『生殺し』死亡宣告」の段階に戻ります。
旧ソ連チェルノブイリ原発のような『永遠のお荷物』にしないための方策を真剣に考えるべきでしょう。運転はもちろん、廃炉にもできないならナトリウムを無為に加熱するだけでも膨大な電気料金を支払い続けねばなりません。既に不幸な出来事が起きてしまいました。
福島原発事故の直前に書いた「高速炉もんじゅ落下装置の引き抜きは困難」の考え方に問題があったので改訂版に差し替えます。引き抜きの困難さをもたらすポイントが、「もんじゅ」建設時と比べて現在、炉内は200度以上も高温になっている点であることは変わりません。(2011/5/10)
重量3.3トンもあって落下した炉内中継装置が抜けなくなっている対策として、抜くと食い込んでしまうスリーブごと外してしまうのが日本原子力研究開発機構の目指す解決法です。スリーブは原子炉の上蓋「しゃへいプラグ」(厚さ3.695メートル)に組み込まれていて、もし建設時と全く同じ条件下ならば抜くのは造作もないことでしょう。下に、状況を考えやすくするための概念図を用意しました。 燃料孔スリーブは外径640ミリ、内径465ミリの筒状。空気と触れると激しく反応する金属ナトリウムを守るために、原子炉内はアルゴンガスで満たされており、このスリーブの機能は外気遮断ですから高精度に、すき間が極めて小さくなるよう仕上げられたはずです。また、直径500ミリ前後の円柱や円形の穴は機械加工技術上、とても精度が出しやすいゾーンです。
建設時と違うのは上蓋やスリーブの上部が室温であるのに、下部は液体ナトリウムから放射される高温で200度以上になっている点です。温度勾配のデータは不詳ですが、途中段差のところでも100度の温度差があるとみてよいでしょう。鉄は1メートルの材料が100度上がると1.2ミリくらい熱膨張します。スリーブは下部ほど熱膨張の度合いが大きくて、円錐形のようになります。はまっている上蓋の穴も同様に円錐状に変形しますから、上に行くほど狭まります。スリーブを上に引き上げようとすると、途中で上蓋の穴とぶつかってしまう可能性が高いと考えます。スリーブは下部がナトリウムに浸かっている炉内中継装置を抱いたままですから、高温熱源を持って上がっていきます。
引き上げをさらに難しくするのが、上蓋とスリーブのすき間に入って付着しているナトリウムです。反応性が高いナトリウム蒸気として潜り込み、金属表面の酸化膜を侵してナトリウム化合物を形成していると考えられます。「発明の名称 高速増殖炉用制御棒駆動機構」で「制御棒駆動機構においては、燃料棒を交換するために炉心上部機構を保管庫に保管時、上部案内管と延長管の間に残ったナトリウムが化合物となり、これが蓄積・固着する可能性があるため、再び炉心上部機構を炉上部に取付け制御棒を駆動する場合に延長管の動作に支障を来し、制御棒駆動に不具合を起こす課題がある」と指摘される化合物です。
こうした化合物は400度、500度の運転温度に上げれば溶けてしまいしますが、今回の引き上げでは温度が低く、固着物として存在、狭いすき間を狭めているとみるべきでしょう。河野太郎さんは「もんじゅは今、どうなっているか」で「もんじゅの原子炉内には液体ナトリウムがあり、それが気化したものがさやの壁面に蒸着していることが予測され、引き抜きに必要な力はかなり大きくなると思われます」「このスリーブは、抜くことを想定しておらず、これまで抜いたこともありません。構造上は、抜くことは可能です」と書いていらっしゃるのですが、これまで論じてきた観点からは6月にも実施される引き抜きはやはり困難であると思います。
注:《考え方の変更》以前のエントリーでは上蓋「しゃへいプラグ」は原子炉構造物の一部として周囲から拘束されていると思っていましたが、福島原発騒ぎで色々と図面を見るうちに、熱膨張に関してはフリーな自然膨張をすると改めました。
【参照】高速炉もんじゅ関連エントリー
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┃ 2011/3/7リリース当初の記事
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高速増殖炉もんじゅ(福井・敦賀)で落下した炉内中継装置の引き抜きは、詰まっている燃料孔スリーブごと抜けばよいとする日本原子力研究開発機構の解決法では困難と考えられます。最大の理由は20年前に筒状のスリーブを原子炉の厚い蓋に組み込んだ時より、200度くらい温度が高まっているからです。組み込んだ際のすき間は現在は存在せず、熱膨張で蓋とスリーブはがっちりかみ合っている可能性が高いと思われます。工学的常識として引き抜きにかかる前に模擬装置で抜けるのか実験しておかねばならず、引き抜き費用で後からこっそり公表された「落下した装置の状態を観察する」3億7千万円がそれに該当するのではないでしょうか。 燃料孔スリーブは外径640ミリ、内径465ミリの筒状で、厚さ3.695メートルの蓋の中に埋まっています。上の図では「燃料出入孔スリーブ」と表記されており下部は一段細くなっています。直径が50センチ程度の円筒と穴の組み合わせは切削加工の上で精度が出しやすい大きさです。お金に糸目を付けない一品生産の『もんじゅ』ですから非常に高精度に仕上げたはずで、特に原子炉内のアルゴンガスを封じねばならない下部ならすき間が0.5ミリもあるとは考えられません。
鉄は1メートルの材料が100度上がると1.2ミリくらい熱膨張します。冷却材の金属ナトリウム温度は原子炉入口で397℃、原子炉出口で529℃となっていますが、これは本格出力運転の仕様で現在のように温態停止中は2百数十度です。それでもスリーブを組み込んだ室温よりも200度は高いでしょう。温度が上がると円筒形のスリーブは外に膨らみ、広大な蓋に彫り込まれた穴は内側に縮みますから、当初に存在したすき間はなくなります。経年変化を起こすシール剤などを使えない『もんじゅ』の場合はむしろ好都合で、予想される温度上昇ですき間を無くすように設計するべきなのです。
ところで、小さな金属板でも鏡面仕上げをしてくっつけると接着剤がなくても接合してしまう現象が見られます。金属原子が境界面から互いに拡散、浸透して分離不能になるのです。20年間、熱膨張で圧着されてきた、高精度加工のスリーブと蓋の間に同様の現象が起きる条件が整っている感じがします。もしあれば非常な障害になります。
引き抜くためにせめて温度を室温に戻したいところですが、金属ナトリウムを固まらせる訳にはいきません。核燃料を取り出しておければナトリウムは抜けますが、八方塞がりぶりは昨年10月に書いた第224回「高速炉もんじゅに出た『生殺し』死亡宣告」の段階に戻ります。
旧ソ連チェルノブイリ原発のような『永遠のお荷物』にしないための方策を真剣に考えるべきでしょう。運転はもちろん、廃炉にもできないならナトリウムを無為に加熱するだけでも膨大な電気料金を支払い続けねばなりません。既に不幸な出来事が起きてしまいました。