余る税金。増税への疑問が言えぬ大手メディア [BM時評]

 東京新聞が「6兆円余らせ なお増税 復興予算未消化問題」で、復興増税まで受け入れた国民の率直な疑問を代弁しています。これに対して日経新聞社説「余った予算を安易にばらまいていいのか」の切れ味の悪さは目を覆うばかり。消費増税まで推進した共犯関係だからやむを得ない、当然とするなら、ジャーナリズムの自殺行為です。

 東京新聞はこう主張します。「約15兆円が被災地の道路や住宅などの建設に向けられた復興予算だ。しかし、復興庁がまとめた執行額(実際に使った予算)は、約9兆円にとどまった。残る約6兆円は11年度内に使われなかった」「被災自治体の復興計画が年度内に整わないなど12年度以降に繰り越された額が約4兆8千億円あった。さらに、見逃せない点がある。復興事業が遅れたり、被害想定の見込み違いなどで『不用額』と区分された予算が、約1兆1千億円もあった」「社会保障と税の一体改革関連法案の審議が始まるが、予算の使い道がズレたまま増税ばかりを求める政府に、国民の信頼が集まるはずもない」

 日経新聞は苦しそうです。「復興予算も再検証する必要がある。政府は15年度までに総額19兆円を投じる計画を上方修正する検討に入った。11年度中に手当てした復興予算の6割しか支出されず、繰り越しや使い残しが目立つ今の時点で、早くも上積みに言及するのは理解に苦しむ」「3党は10兆円規模の復興増税を実行に移し、今度は13兆円規模の消費増税を課そうとしている。これに乗じて予算を湯水のように使うのでは、穴のあいたバケツに水を注ぎ込むのと同じだ。家計や企業に負担増を強いる以上、厳しい規律を自らに課すべきだ」

 もっと、すっきり言いましょう。「そんなに余っているのだから増税は不要ですよ」と。復興増税が実現するまでは復興予算を組まないと財務省がごねたことは、記憶に新しい事実です。あれだけ復興への取り組みを遅らせて、執行してみれば、この体たらくです。

 「hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)」の「『一体改革』はなぜ支持を広げないか@宮本太郎」が財務省の体質についてこんな指摘をしています。

 財務省は国庫にお金が入ってくることばかりを重視した「『金庫番』をやめて『社会的投資家』になるべきです。国民から預かっているお金を有効に使う。それが地域に入り、雇用を作り、地域を活性化させ、戻ってくる。それが『社会的投資』です。怪しいからカネを出さないということを言うのではなく、ちゃんと最後までお金の行く末を見届けて、それが本当に役に立っているか、そこまで見届けて欲しい」「ほんとうはそれこそ『政治主導』な政治家の務めのはずなのですが」

 復興増税に続く消費増税。増税の必要性と支出されていく先が妥当なモノなのか、マスメディアは検証する任務を負っています。最初に増税賛成を言ってしまったから任務放棄では、ジャーナリズムとして問題外です。

 【参照】第310回「民主党を政策的『死に体』にしたマスメディア」
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