第363回「大学に止めを刺す恐れ大、教育再生会議提言」

 政府の教育再生実行会議がまとめた「世界トップ100に10大学」提言は崩壊しかけている日本の大学を救うどころか止めを刺すでしょう。絶対的不足の公費支出を頂点に重点配分すれば底辺が枯渇、やがて全体も死にます。2004年の国立大学法人化以降、大学や研究機関の活力を示す論文数の伸びが止まり、減少に転じました。先進国の中で論文数が右肩上がりでないのは日本だけです。高等教育への公財政支出は、GDP比でOECD諸国平均の半分もありません。今回提言の参考資料にあるグラフで、財政支出の絶対不足をまず確認して議論しましょう。  OECD諸国平均がGDP比1.1%なのに、日本は0.5%です。1.8%もある北欧、1%を超える水準で並ぶ西欧、米国の1%とも、公財政支出は比較になりません。学生個人についてなら日本の家計支出が大きく負担しています。この参考資料にある別のグラフ「高等教育への公財政支出の推移」を見ると、2000年比で日本は少なかった財政支出を減らし続け、2008年にやっと元に戻し、2009年で5%増しに過ぎません。この間、OECD諸国平均は138%になっています。財政支出が少ない上にますます差が開いているのです。

 日経新聞は「大学教育などのあり方」に関する提言について《「世界トップ100に10大学」 教育再生会議が提言》でこう伝えました。《海外で活躍する人材育成のため「今後10年で世界の大学トップ100に10校以上」を目指して国際化に取り組む大学を重点支援することや、英語を小学校の正式教科にすることなども求めた》《提言を受けた安倍首相は同日、「大学力こそ日本の競争力の源で、成長戦略の柱だ」と述べた。提言の一部は6月に政府がまとめる成長戦略に盛り込む》

 世界大学ランキングで日本の大学が弱い部門は国際化と論文引用です。東大と京大に続いてトップ100に押しこむためには、ここに重点的な支援が必要だとしています。提言本文も「高等教育に対する公財政支出は、国際水準に比して低く、国私立間格差も大きい現状があります」とさらりと触れ、「制度面・財政面の環境整備」に言及しますが、全体に及ぶ問題で膨大なお金が掛かり、具体的には何の改善策も書かれていませんから素通りされるでしょう。易きにつく官僚の政策的ツマミ食いは重点支援に向かうはずです。

 大学の実態は既に危機的です。論文数が特異に減少していると1年前に指摘した元三重大学長、豊田長康氏の「あまりにも異常な日本の論文数のカーブ」が反響を呼び、あちこちの議論で引用されています。内閣府総合科学技術会議「基礎研究および人育成部会」の資料として提供されたグラフを引用します。  豊田氏は「この図をみると、少し太めの赤線で示されている日本の論文数が、多くの国々の中で唯一異常とも感じられるカーブを描いて減少していますね。いつから減少しているかというと、国立大学が法人化された翌年の2005年から増加が鈍化して2007年から減少に転じています。他の国はすべて、右肩上がりです」「法人化と同時期になされたさまざまな政策、たとえば運営費交付金の削減や、新たな運営業務の負担増、特に附属病院における診療負担増、政策的な格差拡大による2番手3番手大学の(研究者×研究時間)の減少、などが影響したのであろう」と指摘します。

 議論があるところですが、大学改革と称して足りていなかった財政支出をさらに絞り、絞った研究費を競争的に傾斜配分して研究者に無駄なエネルギーを使わせてきたと考えるべきです。日本の大学にきちんとした評価システムが無いまま、旧帝大中心の学閥的な予算配分に傾斜した結果でしょう。質的な改革を主張した第145回「大学改革は最悪のスタートに」で憂慮した以上の失敗の道をたどっていると感じます。「世界トップ100に10大学」という皮相な数値目標が達成された時、全体を支えるピラミッドが崩壊、高いペンシルビルがそびえて、それも長くは維持できなくなるでしょう。

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