第495回「浅知恵、文科省による研究崩壊へ予算編成開始」

 文部科学省の2016年度概算要求が公表され、恐れていた国立大の研究崩壊へ予算編成の歯車が回り出しました。この問題について在京マスメディアはあまりに鈍感であり、科学技術立国が危機に瀕する事態に気付きません。86校ある国立大を3つのランクに方向付けする予算編成ですが、教育研究の基盤になっている国立大学法人運営費交付金に大きく手が付けられます。それでなくとも世界の中で日本の論文数だけが異様に停滞している傾向を第479回「無残な科学技術立国、人口当たり論文数37位転落」などで伝えてきました。2004年の国立大学法人化がきっかけになったのは明らかで、間違った政策の総仕上げがされようとしています。  2004年から国立大学法人運営費交付金がどう推移したかグラフにしました。法人化にあたり国会で「法人化前の公費投入額を踏まえ、従来以上に教育研究が確実に実施されるよう必要な所要額を確保」との附帯決議があったのに、毎年1%程度は減額され続けてきました。文科省は《教育研究の基盤的な経費として、人件費・物件費を含めて使途を特定せず、「渡し切り」で措置》との建前をとりますが、2013年度に東日本大震災に対処する国家公務員給与一律削減で425億円がカットされています。この事実から交付金の半分は教職員の人件費と考えられます。毎年続く減額で自由に使える研究費などとうに払底したと見られます。

 2016年度概算要求と同時に各国立大が3つのランクのどれに向かうか判明しました。旧七帝大など16校が「世界トップ大学と伍して卓越した教育研究を推進」に、北陸と奈良の先端科学技術大学院大学など15校が「分野毎の優れた教育研究拠点やネットワークの形成を推進」に、その他55校が「地域のニーズに応える人材育成・研究を推進」へと分かれました。

 3ランク方向付けを支援するために404億円の新規予算枠が設けられ、運営費交付金総額で今年度比420億円増の要求です。この要求に財務省がそっくりオーケーを出すはずがありません。現に2015年度予算では11530億円の概算要求に対して10945億円が認められたにすぎません。

 文科省自身が新規に特別枠を作るには交付金総額を絞って捻出するのを建前にしてきましたし、予算を付ける財務省が「大学の先生は多すぎる」と考えている事実を第397回「国立大学改革プラン、文科省の絶望的見当違い」で指摘しました。予算編成本番を待つまでもなく、404億円の3ランク方向付け新規予算は既存の交付金を削って実現されるでしょう。

 さらに概算要求では「共同利用・共同研究拠点が行う国内外のネットワーク構築、新分野の創成等に資する取組や附置研究所等の先端的かつ特色ある取組に対して重点支援」として388億円が設定されています。今年は83億円しかなかった枠ですから305億円の増額であり、交付金総額が毎年100億円以上も減額されてきた実績を勘案すると従来の交付金から800億円が消えるはずです。ランクが下の大学を中心に教職員の給与減額や首切り必至の状況に陥りますから、ますます研究どころでなくなります。

 政府は教育再生実行会議がまとめた「世界トップ100に10大学」提言が示すように、トップレベルに予算を集めて支援したいと考えています。近年のノーベル賞受賞者続出に気を良くして、雑多な研究などどうでもよく、優れたタネだけ育てたいのです。ところが、優れた研究が出てくるためには広い底辺が必要であり、次に脚光を浴びている仕事がどこから現れるかは誰にも分かりません。トップレベル10大学だけが聳え立つペンシル型の大学分布状況になったら、今が良くても明日は無いと知るべきです。

 大学改革の本当の問題点は絶対的に足りていない政府予算をいじくり回して解決するものではありません。科学記者としての経験を基に2004年の国立大学法人化にあたって第145回「大学改革は最悪のスタートに」〜急務はピアレビューを可能にする研究者の守備範囲拡大〜を書いています。