第670回「強大国ロシア幻想を打ち砕いた弱者ウクライナ」

 
 ウクライナ戦争が始まってから強大国ロシアにウクライナは善戦していると見られてきました。あくまで善戦であって食い止めるので精いっぱいだったのに、6日からの5日間でハリコフ州の占領地をほとんど奪還する電撃戦で世界を驚かせました。ロシア側に「兵力差が8倍あった」と言わせるほどですから南部ヘルソン州戦線へ兵力を移動させた手薄さを観察し、周到に作戦を練って敢行した大規模作戦です。強者ロシアの幻想は打ち砕かれ弱者だったウクライナが対等になりました。米国の諜報機関と情報と計画を共有して侵攻と報じられています。以下に12日現在の戦況図をニューヨークタイムズから引用し、状況を書き込みました。ウクライナ軍はさらに東進の動きさえ見せます。  ニューヨークタイムズが伝えるロシアのテレビ討論(英語)で「ロシア軍は経済的、技術的に最も強力な国々に完全にサポートされた強力な軍隊と戦っている」との発言が放映されるほどです。開戦以来、市民が浸っていた無敵幻想も醒めてきたようです。「ロシア軍は負けない、永遠にここにとどまる」と占領地で吹聴してきたのが覆されて、ロシア併合を問う住民投票が延期されました。

 戦況図の元図を作った米国の戦争研究所による《ロシア攻勢作戦評価、9月12日》(英語)は注目すべき報告であふれています。要約しながら記します。

 …ヘルソン州のドニプロ川右岸にいるロシア軍が降伏交渉を試みている

 …ロシア軍への大打撃で多数の志願兵が戦闘への参加を断固として拒否

 …ウクライナ軍は新しい敵に直面せず、攻撃再開に時間が取れそう

 …新防衛線オスキル川から東45キロのスバトボからロシア軍逃亡

 …崩壊する戦線の責任を突然押し付けられた司令官は立て直しせず

 多連装ロケット砲ハイマースの供与を受けたウクライナ軍は80キロ先までの精密な砲撃が出来るようになり、ドニプロ川に架かる橋を通行不能にして食料や弾薬の補給を難しくしました。フェリーによる輸送でも精密打撃できます。補修してもこの間ずっと確実に繰り返してきましたから、数千人の兵力がいるドニプロ川右岸のロシア軍は困窮に向かっています。

 「航空万能論」の《ウクライナ軍、ロシア軍占領下のヘルソン市まで約18kmの地点に到達》は《ウクライナ軍南部司令部のフメニウク報道官は12日、先月29日に始まった南部での反撃について「解放された地域の合計は約500km2で5つの拠点が解放された」と明かした》と伝え、焦点の州都ヘルソンに迫る戦況図を掲載しています。ヘルソンが陥落すればロシアの打撃は倍増します。

 【追補:ニューヨークタイムズによる謎解き】ウクライナの迅速な反撃の背後にある戦略は、米国、ウクライナ、および英国の当局者によって考案されました



 【参考=5/6立命館大産業社会学部での講義から】

 《ウクライナ戦争とロシアの未来》

1)2014年東部軍事介入、ウクライナ軍を短期間で蹴散らす勝利

 2008年から開始された軍制改革でロシア陸軍が持つ諸機能を複合・統合した大隊戦術群(battalion tactical group: BTG)が導入されました。BTGの2014年ドンバス紛争への関りについて《ウクライナ侵攻作戦が長期化した原因−ロシア陸軍の『大隊戦術群』に関する考察− 》(海上自衛隊幹部学校戦略研究室 2等海佐 高橋秀行)は次のように述べています。

 《BTG が一躍脚光を浴びたのは、2014年のウクライナ東部ドンバス地方における戦闘である。ロシアは、ウクライナ軍に排除されかけた親ロシア派勢力を保護するため、BTGを投入した。BTGは、戦術的・作戦的な奇襲によってウクライナ軍の大部分を壊滅させた》

 戦争の初期、首都キーウを2、3日で陥落させられるとしていたプーチン大統領の甘い判断の根底に、この勝利体験があったはずです。

「大隊戦術群の編成」(出典:Lester W Graw)
(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/69704から)  《2012年11月、セルジューコフ国防相が横領容疑で解任され、ショイグが後任に就くと、旅団内にBTGを導入する方向で動きが本格化した。その中で旅団の中に最大2つのBTGが編成された。BTGは、一般的に700から800人、強化型は 900人の兵員と BMP-3など歩兵戦闘車、T-90など戦車、自走榴弾砲、多連装ロケットランチャー等で構成された》

2)「大隊戦術群」の弱点をNATO側の戦略家は徹底分析

 米軍では旅団戦闘団(brigade combat team:BCT)が諸兵科連合作戦を遂行する機能を持ち、BTGとの戦場対戦を想定して研究が進められました。

 《フィオーレは、2014年のBTGとウクライナ軍の戦闘を分析すると、BTG が火力、電子戦、防空砲において圧倒的な優勢を有しているにもかかわらず、ウクライナ軍に戦術的な敗北を喫するケースが何度かあることに気が付いた。そこから彼は、BTGが有する4点の脆弱性を導き出した》

 1点目は優秀な契約兵は3分の1しかおらず、残りは従軍期間12カ月の徴集兵で練度が低い▽2点目は歩兵が200人程度で不足気味のため起動力を制限、防御が弱い▽3点目は指揮統制の弱点:指揮官が必要な情報収集の部隊は攻撃部隊から選抜され、分散と交代を繰り返すと過負荷になる▽4点目:他のユニットから補充できないため損耗すると迅速回復できない

 ドンバス紛争でのBTG圧勝は親ロシア派民兵の存在が弱点を補った面があり、逆にウクライナ戦争では民間人がドローンを飛ばしてロシア軍の位置情報を軍に通報するなどしました。弱点分析に基づいてウクライナ側は応戦しました。防御の弱さを突く携帯型の対戦車ミサイル、ジャベリンが一躍有名になりました。 3)古い戦法に拘るロシアに対し、NATOが協力し迎え撃ち態勢整う

 2014年の大敗北でウクライナ政府は動揺し、軍の改革を命じてNATOとの協力が始まりました。ウオールストリートジャーナル4月14日付《ウクライナ軍善戦、背景に長年のNATO訓練〜ソ連型の硬直した指揮系統を欧米型にシフト》に詳しく描かれています。

 《NATOと加盟諸国は8年間にわたって毎年、少なくとも1万人のウクライナ兵士を対象に演習や訓練を行った。そうすることよって、苦境にあったウクライナがソ連型の硬直した指揮系統を欧米型にシフトすることを支援した。兵士は作戦行動中に自ら判断を下せるように訓練を受けた》

 《クリシ中尉は、ウクライナ人はソ連式の軍事的な考え方を知っているため、その訓練は二重に効果的だったと述べる。「ロシア人は典型的な戦術を使っている。それはスターリン時代からほとんど変わらない」と指摘し、まず一斉砲撃を行ってから、ロシア兵を大量に投入して、われわれの支配地(陣地)を奪おうとするものだと述べた。それと対照的に、ウクライナ人は予測不可能で機敏だ。「われわれはロシア兵に混乱をもたらす」と同中尉は語った》

 2016年に編成されたウクライナ特殊作戦軍について欧州政治分析センター(CEPA)3月15日付《侵略者を狩る:ウクライナの特殊作戦部隊》(原文英語)が紹介しています。

 ゲリラ戦術や機動的な防衛に優れ陸海7つの特殊作戦連隊に2000人の要員を持ちます。NATOの多国籍訓練に定期的に参加してパートナーシップを確立しています。《「ロシア人を殺す」ように設計された、非常に専門的な軍隊の創設》です。ロシア占領地域での抵抗活動にも力を発揮できます。

4)臆病なロシア軍に対し西側から強力な武器多数供与、戦力拮抗以上

 北の首都戦線から大量のBTGを引き揚げたロシア軍は東部ドンバス地方占領を目指しますが、1日で数キロとか進軍速度は極めて遅くなっています。北部ではベラルーシ国境からの補給ラインが非常に長く延び、燃料や食料すら欠く事態になったために今度は補給部隊と離れない、臆病な動き方です。また、ウクライナ軍は東部に最精鋭部隊を置いてロシア進撃を阻んでいます。

 NATO諸国は膠着打開のため新しい火砲や自爆ドローン、戦車などの供与を急いでいます。《ロシア軍総崩れの可能性も、兵站への無人機攻撃で〜ウクライナ軍に供給された各種無人機の威力と性能》を見ましょう。

 《火砲はもともと曲射弾道であることから、戦車などの目標物を狙うものではなく、地域に展開する歩兵やトラックなどのソフトターゲットを狙って射撃するものである。そのため、移動する戦車には命中させることができないし、戦車の厚い装甲板を貫通することはできない。射撃範囲は、20キロ前後だ。ロシア軍の火砲は、この旧型のものだ》

 《しかし、米・独・仏国が供与する新型の口径155ミリ火砲と砲弾(M982弾)は、新型で、約40〜70キロ先まで射撃することができる。これまでの火砲と異なり誤差が少なく命中精度が良い。CEP(半数必中界)は約5〜20メートルという。GPS誘導機能があるのだ。無人偵察機と連携させれば、ソフトターゲットを効率よく破壊・殺傷することができる。40キロ以内を飛翔する、ミニチュアミサイルと言ってもよいくらいだ》  米国はこの新型榴弾砲を90門も供与します。米軍が所有するうちの20%にもなり、操作する兵の訓練も進行しています。ロシア軍が戦う相手はますます実質米軍という形になっていきます。自衛隊の155ミリ砲の場合で危害半径は38メートルと言われ、非常に強力です。これで精度よく狙われたらたまりません。この他にもポーランドが戦車200両、ドイツが対空戦車、英国は対艦ミサイルとか供与しておりロシア軍を上回る装備になりつつあります。

 従来からあるトルコ製のドローンや自爆型のスイッチブレードに加えて、米軍がウクライナ軍の希望に合わせて短期間で開発した大型自爆ドローンのフェニックス・ゴーストが121機以上提供されると報じられました。国境線のなか全て、クリミア半島や沿岸の黒海艦隊も攻撃対象になり、ロシア軍部隊は戦線から離れているからと安心できなくなります。

 《スイッチブレードよりも大型であることから、その破壊力も大きい。滞空時間は約6時間である。衛星を使用したデーターリンクであれば、スイッチブレード600が40分で飛距離40キロであることから、9倍の約300キロ以上であると推測できる。赤外線センサーにより、夜間にも飛翔できて、目標に突入させることができる。スイッチブレード600の飛距離40キロ以遠の目標を攻撃できる》

5)推移を見た自衛隊の元幹部が今後はロシア不利を予測    4月8日現在の戦況図を掲げていますが、1か月後の現在とほとんど変わりません。元・陸上幕僚副長の渡部悦和氏はJBpress4月13日付《キーウ敗北軍の再構築でさらなる大打撃被るロシア軍〜派兵拒否の精鋭続出、プーチンの戦争に未来はない》で「ロシア軍の規模は小さすぎる」と喝破しています。攻撃側は守る側の3倍は必要との説が昔からあります。

 《問題は、ロシア軍の作戦が、小さすぎるロシア軍に依存していることである。東部で大規模な作戦を展開し、ウクライナの陣地を急速に突破してウクライナの主要都市を奪取するには十分な戦力と新たな戦術・戦法が必要だ。つまり、敗北した部隊を迅速に再編成して補給し、以前の失敗から多くを学び、複雑な作戦を勝利に導く戦術・戦法を採用する必要がある。ロシア軍は、今までこれらすべての点で失敗してきた。ロシア軍はおそらく、東部や南部で大規模な攻撃を成功させる代わりに、作戦開始以来行ってきたように、兵力の維持に苦労し、兵站に苦しむことになる》

 一方、ウクライナ軍は新型兵器がそろい、訓練が仕上がる5月末ごろから反転攻勢をかけたいと考えています。ロシア軍を早く追い出しておかないと、癌細胞のように身体に食い込む恐れを感じています。

6)プーチン後も民主化不可能と米国は強力なロシア弱体化を志向

 団藤のウェブ記事第666回「ロシアをモノ不足で三流農業国に落とす西側」(2022/04/27) を参照します。

7)中国や北朝鮮の軍備は弱いロシア軍の劣化コピーで実戦深刻    4月13日に黒海艦隊旗艦「モスクワ」がウクライナ軍の対艦ミサイルで撃沈させられました。開戦からロシアの応援一色だった中国のネットすずめが真っ青になった瞬間でした。《「モスクワ」の沈没とはどういう意味ですか? 》(原文中国語)に寄せられたコメントで賛同トップは《この戦争を通じて、ロシアの軍事力の衰退は完全に露呈し、核抑止力のみを残した》でした。

 中国や北朝鮮は軍事技術をロシアに依存し、買い取った武器・装備を分解してはコピーして「国産化」としてきました。ご本家の弱さが証明され、コピー品ではなおさら西側との戦闘に耐えられないと考えるしかありません。例えば台湾侵攻の軍艦が地上からの対艦ミサイルで沈むとは悪夢です。