第692回「トランプ政権は関税は外国が大半負担と妄信」

 全世界を敵に回して高率の関税をかけまくるトランプ政権の政策には最初から根本的な疑問がありました。米国に輸入された物品に新たに掛かる10%単位の高関税を負担するのは米国の消費者・企業であり、物価高に悲鳴が上がるのは目に見えています。しかし、「景気への心配はない」「一過性の値上がり」と批判を一蹴し、関税から得られる6000億ドルを大減税の財源にするとまで言われて、これは何か不思議、マジックでもあるのかと思っていました。8日付の日経新聞《米政権、関税計算で代入ミスか 実際の税率は「4分の1」》を読み込んでいるうちに気付きました。トランプ政権の人たちは、関税の「4分の3」は外国が負担してくれると信じる何かの新興宗教の信者なのでした。  日経の記事はこうです。保守系のシンクタンクが誤りを検証した結果として得た「正しい税率」の一覧表を引用します。

 《トランプ米政権が「相互関税」の税率の計算式で代入を誤った可能性がある。米アメリカン・エンタープライズ研究所(AEI)の研究員が改めて関税率を計算したところ、実際の税率は発表された数値のおよそ4分の1ほどとなった。日本への税率は24%ではなく、一律の10%のみが適用されるはずだという》

 《米通商代表部(USTR)が公表した関税率の計算式では、分子を輸出額から輸入額を差し引いた数字(貿易収支の金額)として、分母は2つの係数と輸入額を掛け合わせたものとしている。問題は分母で使われている係数にある。ひとつは、関税を課した場合の輸入価格の変動を表す数字で、USTRはこれを「0.25」としていた。もうひとつは輸入価格に対する輸入需要の弾性値で、これは「4」とされた。「0.25」と「4」を掛け合わせると「1」となるため、計算式は事実上、貿易相手との取引で計上した赤字を輸入額で割っただけのものとなっている。米政権はこれをさらに半分に割り、各国・地域に適用する関税率として2日に公表した。ところがAEIの研究員は係数のひとつについて、代入すべき数値は「0.25」ではなく「0.945」だと指摘した》

 米国通商代表部は公表に当たり、ブレント・ニーマン氏を含む4人の経済学者が作成した学術論文を引用して裏付ける形をとりました。そのニーマン氏がニューヨークタイムズ紙に寄稿しています。以下、グーグル翻訳を利用して伝えます。

 4月7日付《トランプ大統領のホワイトハウスは関税を正当化するために私の研究を引用した。それはすべて間違っていた。》で、上記の「0.945」になるべき説明をしています。

 《2018年と2019年に中国からの輸出品に課された関税を研究した。(これは政府の方法論における「カヴァロら」の参照である。)私たちは、例えば20%の関税によって国内輸入業者が約19%多く支払うことになることを発見した。これは輸入価格への転嫁が約95%であることを示しており、これは私が政府の関税計算式に代入したであろう値である。簡単に言えば、それは米国からの輸入品に支払われる価格が関税率とほぼ同じだけ上昇することを意味している》

 《政権の貿易局は私たちの研究を引用しているが、論文とは異なる結果に言及している。その論文では、2つの小売業者の定価への転嫁率が低いことがわかった。トランプ政権はその後、その計算式に 25パーセントという率を代入している。25パーセントはどこから来たのか? 私たちの研究と関係があるのだろうか? 私にはわからない。相互関税は、世界中の労働者、企業、消費者、株式市場に多大な影響を及ぼす。しかし、方法論に関するメモには、驚くほど詳細がほとんど記載されていない》

 「25パーセント」、つまり関税の「4分の1」しか価格に転嫁されないとトランプ政権は考えているのです。なぜか関税の大半「4分の3」は外国が負担してくれて、国内消費者の負担は軽い、物価上昇は少なく、大きな関税だけは入ってくるから大減税に使える――本当に夢のようなお話です。

 ウオールストリートジャーナル編集部による《議会が貿易問題で反対意見を表明:共和党の上院議員4人がトランプ大統領のカナダに対する関税撤回に賛成票を投じた》はこう述べています。

 《ポール上院議員が、経済貿易に関する補習教育を提案した議会演説を高く評価すべきだ。「関税は単なる税金です。関税は外国政府を罰するものではありません。アメリカの家族を罰するものです。輸入品に課税すると、食料品からスマートフォン、洗濯機、処方薬まで、あらゆるものの価格が上がります。関税収入として徴収されるドルはすべて、アメリカの消費者の懐から直接出ていくのです」》

 普通はこう考えます。関税の応酬は米国にも厳しい結果を生みます。

 ニューズウイークの4月8日付《トランプ関税【2つのシナリオ】から見えてくる相互関税と報復関税のリアルな影響、実は得する国も!?》でニーブン・ウィンチェスター氏(ニュージーランド・オークランド工科大学経済学教授)が世界規模のモデルを用いて2つのシナリオをシミュレーションしています、

 ☆シナリオ1---報復関税あり

《アメリカが相互関税を含む新たな関税を発動し、他の国々が同程度の関税で応戦するというものだ。この場合、相互関税と報復関税によりアメリカのGDPは4384億ドル(1.45%)減少する。1世帯当たりのGDPは年間3487ドル減。減少額では他のどの国よりも多い》

 《アメリカを除く世界のGDPは総額620億ドル減少し、世界全体で5000億ドル(0.43%)減少する。これらの数字は、貿易戦争が世界経済を縮小させるという周知の法則を裏付けている》

 ★シナリオ2---報復関税なし

 《アメリカの関税に対して他国が反応を示さない、つまり報復関税がないというものだ。関税によってアメリカ自身の生産コストと消費者物価が上昇するため、アメリカのGDPは1490億ドル(0.49%)減少する》

 《アメリカを除く世界全体でGDPは1550億ドル減となり、報復関税があった場合の2倍以上の落ち込みだ。これは、報復関税が世界経済全体の損失を減らせることを示唆している。同時に、報復関税はアメリカにとってのほうが、より悪い結果をもたらすだろう》

 トランプ政権は彼我の状況推移と世界の全体像を冷静に考えるブレーンを欠いていると、3月の第691回「独裁米ロ中で世界仕切れる:トランプの大誤認」でも指摘したばかりです。