第24回「高速増殖炉の旗は降ろすべくして」

 重なる動燃の事故をうけて、原子力委員会の下に設けられている高速増殖炉懇談会は10月14日、原型炉もんじゅの扱いを含めた報告書案「高速増殖炉研究開発の在り方」をインターネット上で公開した。それから1カ月間にわたって国民から「意見募集」をする。高速増殖炉懇談会は今年2月のスタート以来、インターネットで審議経過を流し続けており、審議に招いた専門家が持ち込んだ資料類もスキャナーで取り込んで、画像として提供する念の入れよう。その報告書案は「高速増殖炉の実用化を白紙に戻す内容」と報道されている。

◆もんじゅの運転再開はあるのか

 報告書案を吟味する前に、火災事故以来、運転停止状態にある、もんじゅについて考えたい。事故の経過や原因については、この連載第9回で見た。動燃の初歩的なミスについては懇談会でも厳しい評価がされている。しかし、報告書案はもんじゅの運転再開ができるとの前提に立つようだ。本当に再開可能か。

 もんじゅ事故は、同じ原子力発電である軽水炉側が曲がりなりにもこの20年ほどの間に積み上げきた安全確保手法とは、遠いところで設計された原子炉であることを、まざまざと見せつけた。火災が起きても運転側はほとんど為す術がなかったし、大規模火災の場合に最後の手段である高温ナトリウム材の緊急抜き取りは、注入先容器への熱衝撃が怖くて容易に発動できない。実際には一度発動すると、二度と使えないから廃炉にするしかなくなる。もともと軽水炉の緊急炉心冷却装置(ECCS)に当たるものを持たない。「持たなくてよい」と動燃は主張するのだが、それは事故事象の進展に対する想像力の欠如を自白しているだけではないかと、最近思っている。少なくとも、軽水炉では事故の進展ぶりはあらかじめすべて把握しておくのが原則で、ある場面で条件によって「あちら」と「こちら」に分岐して、次の局面では……と続くイベント・ツリーが出来ている。これがあるから、本当に正しいかどうかは置くとしても事故の発生確率が議論できている。

 ナトリウム漏れが起きて、燃え上がりながらナトリウムは床に落ちた。ナトリウム化合物の堆積した床には、厚さ6ミリの鋼板製ライナーが敷き詰められていた。こんなに厚い床ライナーを敷くのは、ナトリウムが建物の構造材コンクリートに接触するのが恐ろしいからだ。コンクリートは固体のように見えて何割かは水である。ナトリウムと接触すれば、高速増殖炉事故で怖れられている激烈な「ナトリウム−水反応」が起きる。事故後の観察で、もんじゅの床ライナーには1ミリ強の窪みが出来ていた。動燃は昨年6月、もんじゅと条件を合わせた燃焼実験をし「大洗でのナトリウム実験の結果について」として報告している。その観察結果は「6月10日に実験装置の内部を観察したところ、床ライナ(厚さ6mmの鋼板)に長さ約10〜30cmの穴が3箇所開いていることを確認した。実験中にライナ部の温度(代表点)は最高921℃までの上昇が確認され」と、予想外のものになった。追実験したら、とんでもない大穴があいてしまったのだ。

 今年1月、科学技術庁のもんじゅナトリウム漏えい事故調査・検討タスクフォースは「第22回全体会合の概要」で、ようやくこんな結論を得た。コンクリート壁からの水分放出や換気空調系からの水分供給量が、もんじゅの場合より燃焼実験のほうが多くなった結果、「水分は、漏えいナトリウムのエアロゾル(酸化ナトリウム又は過酸化ナトリウム)と反応して水酸化ナトリウムとなるが、燃焼実験−IIではエアロゾルと反応しなかった余剰水分が生じ、その水分が堆積物に作用し水酸化ナトリウムが形成された」「もんじゅ事故の場合は、酸化ナトリウムを含むナトリウムの溶融体が形成され、燃え尽きた酸化ナトリウムが下側に層をなし、そこに滴下した未燃焼ナトリウムが存在した状態で酸化ナトリウム層に浸み込みながら燃焼した。この環境下で、鉄が酸化ナトリウムと反応することで、複合酸化物を形成し、軽微な腐食が生じた。燃焼実験−IIの場合は、水酸化ナトリウムの溶融体が形成され、その上で未燃焼ナトリウムが滴下して燃焼し、酸化ナトリウム及び過酸化ナトリウムが水酸化ナトリウム溶融体中に溶け込んだ状態となった。この溶融体中で過酸化ナトリウムが解離することで発生する酸化イオンが鋼材を腐食させ」た。

 燃焼実験で水分がどれだけ多かったかというと、「別紙1」にある通り、もんじゅの場合で「170から200キログラム」、燃焼実験で「300キログラム」。燃焼実験では余分の水分80キログラムが存在したために、床ライナーに大穴をあけてしまった。再びナトリウム漏れが起きた際に供給水分がまた少なければ良いが、多ければ床ライナーなど二重に敷いても何ほどの役にも立つまい。「実験の条件が悪かったので本番ではこんなことは起きません」と説明されて、もんじゅの地元、福井県民が運転再開を了承するとは、私には到底思えない。2次系配管全体を不燃性の窒素ガスで密閉し直す大改造でもしなければ……。もんじゅへの危惧はこの一点に留まるものではない。

 事故が起きた時のイベント・ツリーが把握されていないことは、電力中央研究所の「高速増殖炉におけるナトリウム・コンクリート反応に関する調査報告」にも「米国、フランスなどの研究も化学反応に重点を置いた内容であることは同様であり、反応後のコンクリートの力学的特性変化に関する検討は皆無に近い」とある。大甘の好条件を繋ぎ合わせた事故解析能力しか持たない人たちに運転は任せたくない。

◆「実用化白紙」は本当か

 報告書案は9月30日の懇談会で大筋了承された後、10月14日に公表された。「30日の案」もインターネットで読める。両者を比べると差がある。特に注目したいのが、もんじゅについての最後のくだりだ。30日案は「『もんじゅ』の研究開発に当たっては、実用化につなげるデータの取得を急ぐのではなく、原型炉の特徴をいかしたあらゆる角度からのデータを着実に蓄積する慎重な態度で臨むことに重点を置くべきです。すなわち、ナトリウム取扱い技術や高燃焼度燃料開発など実証炉以降の開発のための幅広いデータを蓄積することが課題です」とある。公表案では「『もんじゅ』における研究開発に当たっては、増殖特性の確認を含む燃料・炉心特性の確認、ナトリウム取扱い技術や高燃焼度燃料開発など原型炉としてのデータを着実に蓄積するとともに、マイナーアクチニド燃焼など新たな分野の研究開発に資するデータを幅広く蓄積すべきです。また、『もんじゅ』を高速増殖炉研究開発の場として、内外の研究者に対して広く開放していくことも重要と考えます」となり、「実用化につなげるデータの取得を急ぐのではなく」が抜け落ちてしまった。実は、この表現は報告書案の「骨子案」から存在しており、「実用化白紙に」の新聞報道にも引用されているのに、土壇場で消されたのだ。代わって最後に「内外研究者への開放」を加え国際的な認知を狙っている。

 30日の懇談会に提出された近藤駿介・東大工学部教授の「報告書案に対する意見」に、私はその背景を見つける。懇談会の基本的立場を「これらを踏まえて、懇談会は『開発中止』、『開発を既定方針に従って継続する』のいずれをも採らず、これが技術的社会的に将来の原子力発電技術の有力なオプションとなりうるかを明らかにする視点から研究を行うことが妥当とした」と述べ、最後に「電気事業者にとっては、これから新設しようとするプラントの寿命中にウラン資源価格が有意に上昇する見通しが生じた場合において、実証炉が高い信頼度で運転していてこれらの不安が解消され、核燃料サイクルの経済性も展望でき、その社会的受容性かあると判断されたとき、発電炉として高速増殖炉を建設候補に取り上げることになることを、開発にあたる者は肝に銘ずべきである」と結ぶ。

 「これまでの開発方針とそんなに違うものではありませんよ」と、開発関係者へアナウンスしたのだと私には感じられる。近藤教授は「いまさら報告書案は書き直せないかもしれないが」との趣旨を冒頭で述べているが、実際にトーンダウンは行なわれた。その意味するものは、今後の高速増殖炉予算の付け方を監視していれば判断できるだろう。

◆答えられない実証炉の位置づけ

 懇談会には高速増殖炉に反対の立場を明確にしている吉岡斉・九州大教授も加わり、科学技術庁の説明に対するコメント、それに対する回答の形で、ふだんでは見られない問答が延々と続いている。この連載9回目で取り上げたように、国内の高速炉開発路線は、原型炉もんじゅを動燃に委ねながら、実証炉はかなり違う炉型を選択して電力系で建設する不思議な選択がされている。「吉岡委員のコメントへの回答(その2)に対する再コメントへの回答」には、それに関するやり取りがある。

質問=「実証炉の炉型を、『トップエントリー方式ループ型炉』に決定したというのは、あまりにも性急である。また、もんじゅのチェック・アンド・レビューを行う前から、炉型を決めてしまうのは問題である。さらに、新しい炉型を開発する以上、再び実験炉から始めるのが適切である」
回答=「トップエントリー方式ループ型炉は、建設コストを下げるために原子炉、中間熱交換器及び、冷却ポンプを逆U字管でつなぐことにより配管の長さを短くし近接配置したものであり、原子炉設計の改良というよりは配管設計の改良といえます」「燃料、炉心に関してはフェニックス、スーパーフェニックスやもんじゅの設計とほぼ同じであるため、改めて実験炉や原型炉が必要とは思われません」

 違う炉型のパーツを繋ぎ合わせて使うのだが、それぞれの炉型については調査済みなので問題ないという議論だ。エンジニアリングの立場からすると、動燃のいい加減さとほぼ同じ体質と言える。

質問=「『実証炉』とは『商用炉の試作炉』を指すというのが、この分野での世界の常識であるように思う。今の科学技術庁の定義を明記してほしい」
回答=「ある特定の動力炉について、実用規模プラントの技術の実証と経済性の見通しを確立するために作られる原子炉のことをいいます。なお、新しい原子力発電炉の開発は、実験炉、原型炉、実証炉の段階を経て実用炉(=商用炉)として商業化されるのが一般的です」

質問=「実用炉としての『技術体系の確立』を判定するには、実用炉の試作炉を作り、高い信頼性を誇る運転を成功させる以外に方法がないと思う。それ以外の方法があると考えるのならば、どのような方法によるのかを具体的に示していただきたい」
回答=「長計で言う技術体系の確立とは、2030年の段階で、軽水炉に匹敵する安全性、信頼性、経済性を備え、商業ベースでの採算が見込めるFBRプラントが建設・運転できる技術体系を確立することを意味しています」「『技術体系の確立』は、実証炉の建設・運転経験に加え、再処理・燃料加工技術を含む核燃料サイクル技術全般について、それまでに蓄積された経験と実績に基づき、安全性、信頼性、経済性に関する総合的な評価を行うことにより可能と考えます」

 しどろもどろの答弁になっている。質問している吉岡教授は文系の研究者なのに、回答側は技術が分かっている人が書いているとは思えない。国会答弁用に似た言葉の羅列である。旗を掲げるなら、胸を張って高く、誰にでも見えるように掲げるべきだ。誰かが先を走っているから、それを追走すれば間違いないと掲げていた高速増殖炉の旗を、ランナーがたった1人になった今、降ろす時が来たのは当然かもしれない。