第37回「ベンチャー再生の日を求めて」

 '97年暮、ソニーを町工場から世界企業にした創業者・井深大氏が死去した。故・本田宗一郎氏らと並ぶ、戦後の第一次ベンチャー企業群の創成、経済発展の立て役者だった。'94年以降、国内で第三次ベンチャーブームと呼ばれ、中小企業創業が続いているものの、シリコンバレーに代表される米国ベンチャー企業の華々しさに比べると、質量ともに影が薄い。「社内ベンチャー制」で社員の起業意欲を吸い取ろうとした大企業もあったが、経団連の「『日本型コーポレート・ベンチャーを目指して』第2部 これまでの経験から得られた教訓」にあるように、目立った成果をあげているとは見えない。米国ではベンチャーが生み出し続けるニュービジネスが次の世紀をも引っ張ると考えられているのに、「ソニーやホンダのように」は、この国では死語になってしまうのだろうか。

◆若い世代が語る日米中のお国事情

 '97年6月、大阪で起業家やその卵たちが集まり「シビック・アントレプレナー国際ネットワークフォーラム'97」が開かれた。ベンチャーに携わっている若い世代による「日米中比較パネルディスカッション」は、それぞれの事情をよく捉えている。

 米国勢はこうである。「なぜアメリカでベンチャーが盛んであるか。大企業にはいっても保証が確かでない、失業問題やリストラなどの不安があるのであれば自分でリスクを背負って自分のビジネスを大きくした方がという風潮が出てきた」「大企業の場合、資源設備が固定化されていて時代の流れについていけないとのことですが、ベンチャーでは、自分の知識や能力をもってすべてを動かしていくので、速い時代の流れについて行きやすい」「アメリカではいろんな支援があるんですけども、支援の中にはもちろんお金やアドバイス、家族の熱意を支えるものなども含めて、支援がある。特に投資にかんしては、問題というより傾向として、80%の若い会社が家族や友達、親族の支援によってまかなわれている」。すべて自分で動かすのだとの意識が鮮明だ。

 日本勢はここでも弱音である。「もし日本で新しく企業を起こそうとすると、何人の人が手をあげて、それについていくという人がいるか。そして、その事が新しければ新しいほどリスクも大きくついてくる人が少ない。米国で、もし新しい文化を自分たちで作ろうと新聞で広告すると1,000人の人があつまる。こういう意味で日本は新しいことが難しく、米国では、金、人が集まりやすいから米国では新しい事を始めやすい環境にある」「日本でベンチャーブームといわれているのはバブル崩壊後の日本経済を打破し、経済の活性化を期待されている。実体として起業家が少ない、起業しても成功しているという成果がない。よって経済や社会にたいして活性化しているとはいえない。ベンチャーが成功しそれが社会システムとして経済を活性化していくという社会作りが必要である」

 そして中国は若々しい。「中国ではベンチャー企業は、まだ私営企業と呼ばれている。中国では、基本的に国営企業と私営企業が存在するし、中国では、ベンチャー企業は規模が小さい。しかし、規模が小さいので岐路の変換が早く行なえ、大企業に比べ市場の変化に敏感に対応できる。最近中国でも経済の発展が激しい、これはベンチャー企業の影響が大きい。だから中国ではベンチャー企業の力は大きい」

 もうひとつのパネルディスカッション「日米中の起業のケーススタディー」では、具体的な各国のベンチャー企業が持つ中身が知れる。

◆京都と筑波・知のセンターとベンチャー

 シリコンバレーのベンチャーについて、いろいろなホームページで書かれている。'96年の「米国シリコンバレー視察ツアー報告書」は、まとまりが良い。「なぜ、昨今シリコンバレーがこんなにも騒がれているのか、ハイテクベンチャーが輩出する風土とはどんなものなのかを知るために、今回のツアーに参加いたしました。結論から言うと、エンジニア仲間でわいわい楽しく、しかも誰にでもオープンにして仕事を行なう文化が、創造的なビジネスを生んでいるのではないでしょうか。研究視察というビジネス上の目的だけでなく自分の人生にとっても、非常に刺激的かつ有意義であったというのが、正直なところの感想です。これは、ビジネスは楽しくやるものという、シリコンバレーの考え方や実際の行動様式に、一週間ですっかり魅了されてしまったからかもしれません」に始まる。

 現地でベンチャーキャピタルを運営している日本人の、こんな講演もある。「この10年間に自分で選び投資したのは80社。30社を株式公開させ、倒産は2社である。将来のリーディングカンパニーの93%が米国企業で占められるであろう。その米国では、中小ベンチャー企業が経済成長の牽引役となっている。急成長の引き金になるような技術革新とは、芸術作品を作り上げるようなきわめて職人的作業から生まれてくるものであるから、個人や中小企業といった小さな組織の方が大企業より有利なためだ。シリコンバレーにおいて、研究開発型ベンチャー企業が多く発展したのは、そこにおいしいレストランがあり、ラジオがあり、大学を中心とする文化の香りがあったからだ。面白いことにベンチャー創業者には、一世移民が多い。アジア系移民など文化的背景の違う人々がそこに集まり顔をつきあわせ、多様性の中から新しいアイデアを生んでいったのである。ここには、スタンフォード大学やカリフォルニア大学バークレー校などから優秀な人材が供給され、基礎研究という種をベンチャービジネスとして開花させ、刈り取るまでの一連のシステムが構築されているのだ」

 このストーリーを読んで、ベンチャーの歴史に関心のある方なら、京都ベンチャーを思い起こさない人はいないだろう。ソニーやホンダから、少し遅れて開花した京都のベンチャー企業群。その創業者も京都地つきの民ではなかった。国内の大学の中で例外的に海外の物まねが少ない京都大を中心にした独自の知の風土。京都の夜の街では、大学や専門を超えた交流があり、京都学派と呼ぶ知的な混淆現象を生んだこともよく知られる。そんな雰囲気を吸収して、京セラ、オムロン、村田製作所、ワコール、堀場製作所など個性的な企業が立ち上がった歴史を、我々は持っている。

 基礎科学からエンジニアリングまで、現代の知のセンターとして造られた東の街は筑波研究学園都市だろう。残念なことに、そして驚くべきことに、その筑波から際立ったベンチャービジネスが未だに生まれていない。このままではならじと、'97年に「理工系起業家・事業化プログラム」を名乗る「筑波塾」が現れたのが、むしろ目立つありさまである。第一期生を送り出した段階であり、その効果のほどは時を待つしかあるまい。

 むしろ、再びベンチャーの育成に乗り出した京都の側に、「京都市ベンチャー企業目利き委員会」といった、これは本気だなと思わせる組織が登場している。委員には京都ベンチャーの創業者が顔を並べる。「次の時代の京都経済をリードするベンチャー企業を発掘、育成するため、起業を考えておられる皆さんの事業プランの事業性、技術・アイデアなどを評価する『京都ベンチャー企業目利き委員会』を設立しました。全国から素晴らしい事業が集まり、起業していただくことにより、経済活性化の原動力にしたいと考えています」。「Aランクの認定」を受けると、資金融資を受けられ、京都リサーチパークなどに設けた、非常に整備された育成施設に優先入居できる。廃食用油をディーゼル燃料にリサイクルする企業など、Aランク認定事業も出ている。

 東京を除く46道府県は、ベンチャー企業に投融資する財団を持つ。その活動ぶりには地域差が激しく、京都、大阪、兵庫の関西3府県が大きな実績を持つ。他では山形、石川、徳島、広島、山口、福岡あたり。シリコンバレーを関西で実現させたい「スマートバレー・ジャパンイン関西ホームページ」も、お話だけに止まるものではないのかもしれない。

◆根底にある『人』の問題

 法政大の清成忠男教授が解説した「ニュービジネスが生まれ育つ社会とは」に、人材問題についての簡潔なまとめがある。「アメリカでは、新規創業が多く企業家セクターが確立しているため、良質のベンチャー企業であれば良い人材が集まる。これに対し、わが国では良質のベンチャーであっても人材が集まらない。この違いが、その後の成長力の違いに影響してくる。また、アメリカには人材育成システムがあり、これが大きな役割を果たしている。わが国でビジネススクールと言えば、たいてい大企業の幹部候補生コースであるが、アメリカでは起業家養成コースを設置している修士課程が全米で300校ほど存在している。
 法政大学では起業家養成コースを大学院に設置しており、ベンチャーキャピタリストやコンサルタントを志望する質の高い学生が集まっている。早稲田大学でも同様のコースがあり、ようやくわが国にも経営の専門的人材を育成するビジネススクールができてきたところである」「アメリカでは連邦政府が大学に基礎研究開発費用を潤沢に提供するため、組織的・系統的に基礎研究を行ない固有の分野を確立しているリサーチ・ユニバーシティが全米で150校ほど存在している。一方、わが国では大学向けの研究開発助成費用が少ないため、リサーチ・ユニバーシティは存在し得ない。そのため、アメリカのようにハイレベルの産学共同研究が進まず、このことが日米の大きな違いになっている」

 有名大学から大企業へのブランド志向の学生、予算の問題はあるにせよ、自分独自の仕事より時流に乗ることに傾きがちな研究者の世界、どちらも構造的な問題である。大学との共同研究の差について、ソフトウエアに限るのなら「産学協同に関する日米比較と課題」が詳しい。

 我々の戦後教育システムは、信念を持って生き抜く人材を育てることに失敗したのではないか。有名大学の卒業生の何%かは創業に関わるとされる米国と比べ、「寄らば大樹」の現状がそう示している。

 京セラを大企業にした時点で志を果たしたはずの「稲盛和夫」氏は、第二電電を設立して未知の電気通信業界に走り出す。かつてインタビューした際にも「大企業になった京セラの社員に、もう一度、ゼロから起業する自分の背中を見せたかったのだ」と話していた。既存の巨大NTTはもちろん、新規に参入した他社に比べても高速道路網など通信網敷設インフラを全く持たない、弱い立場に置かれながら、独自のマイクロウエーブ網を展開して先んじた。このほとんど無謀と言える第二電電の突出がなければ、通信分野の自由化、規制緩和は大幅に遅れていただろう。ひとつの「起業」が社会を変えた例だ。

 もっとも、初期の京セラは「他社から来た人にはとても入れない熱湯風呂のような世界」と、実際に働き通した方に聞いたことがある。それがノーマルな世界とは思わないが、新しい企業を興すということはそんなものなのだろう。海の向こうの起業も同様である。「講座『世界に通用するには』第4回 アメリカSOHO・X世代〜つづき〜厳しくてもそれでもいいのだ」に「前回の話のようにして起業したX世代は、夜アルバイトをして資金作りをし、昼は自分のアパートの寝室や台所を事務所代わりに、商品の準備やマーケティング計画の作成、ホームページ作成に取り組みます。1日12時間、週7日間労働など苦ともしません。『まだ利益は出ていない』『会社勤めをしていた頃より、4倍も5倍も働いている』と、彼らが選んだ道は、決して楽ではありません。スモールビジネスの24%が2年以内、52%が4年以内につぶれると数字は冷たく語っています」とある。

 起業家の立場で見た「日米高等教育制度を取り巻く相違点」は言う。学生側の問題として「目的意識が希薄で、大企業への偏重がある。加えて経営学や起業に興味を抱く技術系出身者が少ない。多くの学生の就職観で、先ずは大企業へという偏重がある。目的があって大企業に就職するのではなく、大企業への入社が目的となった制度となってしまっている」。大学院教育の問題として「第一に社会人を対象としておらず、あくまで4年制大学の延長としての存在であり企業社会向けになっていない。大学院教育を生涯教育の場として捉える事は欧米と同じだが、日本では暇な人が通う学校と捉えられても仕方のない実践的でない事が多く、特にベンチャーには関係のないクラスが多い。第二に能力開発が教育の目的となっていない。例えば大学院の学位取得の為には、サラリーマン的に担当教授に時間拘束されたり、出欠だけで学位発行が決定したり、研究内容も指定されたものであったり、古い物を尊重する傾向が強かったり、目的のある学生を伸ばす仕組ではなく、命令に従う研究者やビジネスマンを大量に社会に供給するシステムとなっている。大学院教育のみならず教育システムその物が根本的に欧米と違う」など。

 この連載の第13回「大学改革は成功するか」では大学と研究者の問題を考えた。ここに至って、そこに通う学生の意識改革なしには大学改革も、次の世紀への飛翔も成就しないことに気付く。学生の意識改革の根本は、その親たちが、その背中で何を見せるかだろう。学校任せにしていられる時ではない。