第75回「大地震に備える時が来ていないか」

 トルコ西部の大地震に次いで、台湾大地震である。台湾での震源地は中部の山間部で、現地入りしたテレビ局は山並みが崩れ、谷が埋まった映像を流している。東大地震研究所の「台湾地震特集」が伝える「断層の長さは80km,幅は40km,平均すべり量は2.2mである.破壊は主に北へ進行し,破壊運動は28秒続いた」エネルギーの大きさに驚く。マグニチュード(M)7.6、阪神大震災の10倍もあるという。メディアはトルコに続いて、ここでも建物の耐震設計に問題があったことや、被災者の動向にスポットを当てている。しかし、これを向こう岸の問題としていてよいのだろうか。

◆連鎖の構図は雲仙普賢岳で示された

 台湾は、地殻を構成する巨大な岩盤、太平洋側のフィリピン海プレートと大陸側のユーラシアプレートがせめぎ合っている場所だ。というよりも、この押し合いによって台湾島は出来たと言える。フィリピン海プレートは北は関東の沖にまで続き、南のフィリピンでもユーラシアプレートと押し合っている。

 1990年7月、そのフィリピンで死者千数百人を出したルソン島地震が起きている。翌日、台湾の東沖でM6.3の地震が発生、翌々日にかけて西日本各地でM2から3クラスの地震が頻発し始めた。群発地震が起き始めていた雲仙普賢岳では、6月の200回が7月には900回に急増した。そして、翌91年5月、200年ぶりの噴火、大火砕流発生へとつながっていく。この間に、フィリピンではピナトゥボ山の大噴火もあった。

 2000キロも離れた両火山の噴火は、プレート境界上の巨大地震が引き金になったとの説を、有力な研究者が唱えている。

 ルソン島地震の震源地に近いピナトゥボ山なら理解しやすい。普賢岳の場合、長い期間をおいて限定的な噴火を繰り返してきた。これまでの研究から、火口と地下の大マグマだまりは直結しておらず、地下20キロの巨大マグマだまりから、体積が1ないしは10立方キロの小マグマだまりが地中の割れ目を通って上昇すると噴火が起きるとされる。

 小マグマだまりが上昇しようと動き出し、火山性群発地震が発生しても、適当な割れ目がなければそれで終わってしまう。ルソン島地震が、その割れ目を作ってしまったのだ。メカニズムはこうである。フィリピン海プレートは、ユーラシアプレートの下に潜り込もうとしていて、各地の境界に巨大な歪みがたまる。大地震、即ち大きな断層が動くことで、その場所でのストレスは解消されるが、ストレスのある周辺部に、さらに大きな力が加わるようになる。

 こうして地震は地震を呼ぶ。当時しばらく大きな地震の無かった西日本には各地にストレスがたまっていて、連鎖が拡大したらしい。

 見事な地震の帯を、米国地質調査所の「Earthquake Bulletin」で見ていただこう。震源の深さを色分けして、台湾付近の地震がプロットされている。海溝付近で潜り込もうとしているプレートの形も見える。

◆現在、既に活動期に入っている

 一昨年に書いた連載第11回「地震列島の西から東を見る」の内容は、現在でもそのまま通用するが、リンク先が多数なくなっている。特に、「地震の観測データを自分の目で確かめられる時代になった」と書いたのに、出来なくなってしまった。もう一度、探し出して紹介したい。

 各地の大学の観測データを見るには京大防災研の「地震予知研究センター地震データの利用」を入り口にするとよい。ここの「●最近の地震活動マップ(関西地域) 」で、中部、近畿、中四国の状況が見られる。さらに95年から毎月の状況を見たければ、「Monthly Seismicity Map」が用意されている。

 さて、焦点の関東地区である。「TSEIS web version 地震検索・解析システム」で「NIED 防災科学技術研究所地震データ 」を選んでいただいて、収容されている79年後半から98年まで適当な期間を区切り、関東、東海の地震を比較しよう。

 例えば、デフォルトのパラメーターのうちで、期間だけ80年前半と98年前半に変えて見て欲しい。途中の時期も見てもらえれば、関東の地震活動がこの間、いかに活発になっているか、震源のプロットが増え、その色彩がどんどん濃くなっていることで、十分理解してもらえよう。ここでは震源の深さが色で示されている。

 台湾大地震がこの列島の地下にどう響くのか、ルソン島地震のときにはこんな便利なシステムはなかったが、これから時々、自分の目で各地の大学のデータがどう動くか見ていきたいと思う。過去との比較では京大のものが一番便利だろう。

◆大都市、特に東京の備えは十分なのか

 三菱総合研究所が「確率論的な視点からのわが国の地震危険度評価に関する研究」を出していて、これは国内各地で最大加速度が現れる危険度を評価していて参考になる。中でも「関東・東海、地表最大加速度の100年期間内再現期待値によるマップ」を見ると、神奈川の湘南地区などは非常に厳しい。

 「地震列島の西から東を見る」で、想定される南関東地震に対する東京都の被害想定が小さすぎるのではないかと指摘した。しかし、都は関東地区の地盤構造では十分と決めつけて「東京都地域防災計画震災編(平成10年修正)」でも、死者9,363人、負傷者147,068人としている。

 前には関東大震災クラスの震動がどれほどのものか本当は分かっていなかったとする土木学会の動きを取り上げたし、建築学会の「建築および都市の防災性向上に関する提言」などを見ても、阪神大震災を経て研究者はこれまでの対策は十分でないと認識して、防災のレベルを上げねばならないと考えている。それなのに、行政側が従来通りの評価で済むと安閑としてもらっては困る。

 例えば、台湾では火災が少なかったようだが、神戸を見ている以上、消火に手が着かない、あの恐ろしさは忘れられない。神戸のように帯状に被害が出るのではなく、面として広がるはずなのに、都の消防体制で足りるのか。被害過小評価について各論を取り上げたらきりがないほどある。

 ここでは締めくくりに、地震が未明に発生したために神戸や台湾では問題にならなかった「帰宅困難者」の問題を考えたい。

 都による防災計画の「第13章 帰宅困難者対策」は、直下型地震発生時に外出者819万人のうちから、帰宅困難者が317万人出るとしている。通勤で227万人、通学で60万人、買い物などで84万人である。この膨大な数字には言葉もない。

 事業所・職場での食糧備蓄や「携帯ラジオをポケットに」「ロッカー開けたらスニーカー(防災グッズ)」「歩いて帰る訓練を」など「帰宅困難者心得10か条」をPRするというのだが、果たして効果は上がっているのか。第13章の最後にあるように「通勤、通学距離が遠隔な人は、『自らの身の安全は自らで守る』ことを基本とし」と述べるのが、行政の本音のようである。

 【参照】インターネットで読み解く!「地震」関連エントリー