第169回「自動車戦争、日米とも愚かな終幕に」

 米自動車ビッグ3の最後のもがきは続いていますが、事態がどのように転んでも長かった日米自動車戦争に幕が下りる点では同じです。1999年に第68回「日本の自動車産業が開いた禁断」を書いて以来、折に触れてウオッチを続けてきた立場で区切りをつけておきたいと思います。特に2005年に第151回「日本の自動車産業は世界を幸せにしない」(改) 英語版)を書いているだけに、敗者の米国勢だけでなく、勝者のはずの日本勢と日本社会の有り様が喜べないのが残念で仕方がありません。

 救済法案をめぐる上院での交渉決裂の最大要因は、自動車労働者の賃金を米国にある日本車工場並に引き下げることを、全米自動車労組(UAW)が拒否した点にありました。どれくらい高いのか、13日の日経新聞3面に棒グラフがありましたが、数字がきちんと書かれていません。中岡望さんの「GM倒産の危機の構造:なぜアメリカの自動車業界は破綻しつつあるのか」に「ある調査はビッグスリーの1時間当たりの報酬(医療保険や年金、諸手当などのコストを含めたもの)は73・20ドルであると推計しています。トヨタ自動車の場合、その額は48ドルです。他の産業の専門職の場合は47・57ドル、製造業の労働者の場合31・59ドル、全産業で28・48ドルです。この数字から分かるように、アメリカでは自動車メーカーの賃金は圧倒的に高いのです」とありました。

 UAWは米国でも最強の産業別労組です。各メーカーの工場別に拠点を設けてストライキも辞さない強力な賃上げ闘争をしてきました。急速な円高前では「1ドル=100円」が相場でしたから、この計算で考えましょう。73ドルなら時間給7300円ですが、これには多数の退職者の医療費・年金などが含まれていて、現役労働者の賃金・手当は40ドル余りのようです。それでも時間給4000円は、人気ドラマ『ハケンの品格』の主人公「スーパー派遣OL」さえ上回っていたのではありませんか。ビッグ3救済問題で米国世論が賛否半々であるのは、こうした高給取りが知られているからでしょう。普通だったらもっと同情を集めるはずです。

 翻って国内では経済危機から車が売れなくなり、自動車各社が一斉に派遣労働者や期間工を解雇し始めました。最近の新聞報道を見ると、彼らには「月に25万円稼げる」のが好条件だったのです。週40時間労働として4週間なら時間給1562円です。トヨタが米国で現役労働者に払っている分は35ドルを超えているようですから、日米自動車産業の賃金格差は2倍にもなる計算です。国内では好況時にも賃上げを押さえる先頭に立ったのがトヨタでした。この結果、若者が自動車を買わない、結婚しない、家族を持ちにくい社会が出来てしまいました。

 GMは政府の支援を受けられたとしても2009年1〜3月期の生産台数を半減させる見込みです。ビッグ3が生産規模を半減させるだけで200万人規模の失業者が出ると言われています。経済危機の最中に深刻ですが、米国だけの問題では終わりません。ロイターは12日に「ビッグ3破産なら日本経済は戦後最悪の後退局面入りも」を流しました。ビッグ3が破綻した場合で300万人の失業者が出て、「景気先行き懸念増大を通じて、米国経済の7割を占める消費が下押しされるのは確実とみられている」「米国の景気後退が長期化した場合、日本経済にも輸出減少を通じて、企業収益や生産に大きな下押し圧力が生じるのは避けられない」という指摘です。破綻しなくても生産半減でも、国内に大きな影響が避けられないところまで事態は進みました。自動車の日本勢は将来は市場を奪うでしょうが、当面は売り上げ不振と部品メーカーの破綻などに振り回されます。

 Bloomberg.co.jpの《GMは「既に破たん」−問題先送りの末、信用危機が最後の一押し》を見て、GM経営陣にも賢愚、色々あったのだと知りました。ワゴナー会長は9月のリーマン・ブラザーズ破綻の翌日にあった創業百周年パーティで「消費者に大きな影響はないだろう」と能天気に語ったそうです。賢者は元取締役ジェローム・ヨーク氏で2006年1月に「約1000日後(2008年10月)に事業資金が底をつくと試算した」そうです。予言は正しかったのですが、退けられました。その時に本格的な再建を始めていれば、何とか時代に合う小型車が造れるようになっていたかも知れません。