第593回「本庶ノーベル賞は日本科学力失速で歯止めにならず」
京大に生命科学研究で俊英を生み続けた早石修研人脈があります。誰かがノーベル賞と言われた中で本庶佑さんが医学生理学賞を射止めました。2年前の大隅さんが東大で認められず裸で出直した研究経緯と違いすぎます。大隅さんが第542回「ノーベル賞・大隅さんの警鐘は政府に通じまい」で紹介した強い科学政策批判をしたのと比べ、本庶さんは「基礎科学にもうちょっとお金をばらまくべき」と述べているに過ぎません。科学に十分お金が掛けられない政府が進めている「選択と集中」政策で、本庶さんは「集中側」で研究人生を送ってきた方であり、批判が迫力不足なのです。政府は本庶受賞で胸をなでおろしている観さえあります。
国の科学技術白書を昨年は第557回「やはりノーベル賞大隅さんの警鐘を無視した政府」で、今年は第584回「科学力低下と悲痛な科学技術白書が見向きされず」で論じました。 今年の科学技術白書が取り上げた「日本の論文数、注目度の高い論文数(Top10%及びTop1%)の世界ランクの変動」です。2003〜2005年と2013〜2015年を比べて、どの科学技術分野でも誰の目にも無残な大幅滑り落ちが記録されています。昨年の白書は大隅警鐘を無視して科研費による大隅研究支援を自賛していましたが、今年の白書は英ネイチャー誌が指摘した日本科学力失速をもはや無視できなくなりました。しかし、どうしてここまで落ちぶれたか切り込む視点が無いものだから、メディアが相手にしない悲惨な白書になりました。
今回の医学生理学賞で対象になった、たんぱく質「PD―1」発見から新しいがん治療薬「オプジーボ」に至る経緯を本庶さんは朝日新聞の《(インタビュー)世紀の新薬、未来へ 京都大学名誉教授・本庶佑さん》でこう説きます。
「大学院生のちょっと面白い提案から始まった研究で偶然見つかった物質でした。どんな働きをしているのか調べたら4年後、意外にも、異物を攻撃して体を守る『免疫』にブレーキをかける役割だとわかりました。このブレーキをはずせば、免疫ががんを攻撃するのではないかと応用を考え始めました。想定外の展開でした」
「PD―1」発見がたまたま地方の無名大学でされていたらノーベル賞に結びついたとは考え難いでしょう。いや、あの東大ですら研究の目利きに乏しいのです。2年前の医学生理学賞を受けた大隅さんは東大助教授時代に顕微鏡下で酵母細胞のオートファジー(自食作用)を発見しましたが、苦労して最初の論文を書いたあとでも東大で認められることはありませんでした。岡崎の基礎生物学研究所に招かれて、集まった若手と研究を築き上げたのです。
安倍内閣が生まれて2013年に打ち出した教育再生実行会議の「世界トップ100に10大学」提言が無残な結果に終わっています。自民党の選挙公約にまでなったのに、以前に比べてランク入り大学が増えるどころか、今やトップ100には東大と京大しか残っていません。お金を掛けないで「選択と集中」で行けるほど国内に目利きはいないと申し上げます。
早石修研人脈の巨人に神戸大の西塚泰美(やすとみ)さんがいらっしゃいました。早石さんの最初の弟子で、細胞内の情報伝達役プロテインキナーゼCを見つけて世界的な研究ブームを巻き起こしました。自分の持つ実験系でプロテインキナーゼCがどう働くか、研究者たちはこぞって論文にまとめて西塚さんのところに送りつけてきました。その膨大な論文を整理していた西塚さんは「国内の生命科学がカバーする範囲が貧弱すぎる」と嘆いていらっしゃいました。また「毒を持つ実験系を国内は避けるが、海外の研究者は自分オリジナルと胸を張る」と1980年代で既に科研費に通るために実用性指向だった国内批判をされていました。現在、実用性指向は極まっており、新しい知の地平を切り開く困難な仕事より、結果が出やすい仕事に流れざるを得なくなっています。他の先進国と伍していくべく科学力失速を食い止める状況にありません。
国の科学技術白書を昨年は第557回「やはりノーベル賞大隅さんの警鐘を無視した政府」で、今年は第584回「科学力低下と悲痛な科学技術白書が見向きされず」で論じました。 今年の科学技術白書が取り上げた「日本の論文数、注目度の高い論文数(Top10%及びTop1%)の世界ランクの変動」です。2003〜2005年と2013〜2015年を比べて、どの科学技術分野でも誰の目にも無残な大幅滑り落ちが記録されています。昨年の白書は大隅警鐘を無視して科研費による大隅研究支援を自賛していましたが、今年の白書は英ネイチャー誌が指摘した日本科学力失速をもはや無視できなくなりました。しかし、どうしてここまで落ちぶれたか切り込む視点が無いものだから、メディアが相手にしない悲惨な白書になりました。
今回の医学生理学賞で対象になった、たんぱく質「PD―1」発見から新しいがん治療薬「オプジーボ」に至る経緯を本庶さんは朝日新聞の《(インタビュー)世紀の新薬、未来へ 京都大学名誉教授・本庶佑さん》でこう説きます。
「大学院生のちょっと面白い提案から始まった研究で偶然見つかった物質でした。どんな働きをしているのか調べたら4年後、意外にも、異物を攻撃して体を守る『免疫』にブレーキをかける役割だとわかりました。このブレーキをはずせば、免疫ががんを攻撃するのではないかと応用を考え始めました。想定外の展開でした」
「PD―1」発見がたまたま地方の無名大学でされていたらノーベル賞に結びついたとは考え難いでしょう。いや、あの東大ですら研究の目利きに乏しいのです。2年前の医学生理学賞を受けた大隅さんは東大助教授時代に顕微鏡下で酵母細胞のオートファジー(自食作用)を発見しましたが、苦労して最初の論文を書いたあとでも東大で認められることはありませんでした。岡崎の基礎生物学研究所に招かれて、集まった若手と研究を築き上げたのです。
安倍内閣が生まれて2013年に打ち出した教育再生実行会議の「世界トップ100に10大学」提言が無残な結果に終わっています。自民党の選挙公約にまでなったのに、以前に比べてランク入り大学が増えるどころか、今やトップ100には東大と京大しか残っていません。お金を掛けないで「選択と集中」で行けるほど国内に目利きはいないと申し上げます。
早石修研人脈の巨人に神戸大の西塚泰美(やすとみ)さんがいらっしゃいました。早石さんの最初の弟子で、細胞内の情報伝達役プロテインキナーゼCを見つけて世界的な研究ブームを巻き起こしました。自分の持つ実験系でプロテインキナーゼCがどう働くか、研究者たちはこぞって論文にまとめて西塚さんのところに送りつけてきました。その膨大な論文を整理していた西塚さんは「国内の生命科学がカバーする範囲が貧弱すぎる」と嘆いていらっしゃいました。また「毒を持つ実験系を国内は避けるが、海外の研究者は自分オリジナルと胸を張る」と1980年代で既に科研費に通るために実用性指向だった国内批判をされていました。現在、実用性指向は極まっており、新しい知の地平を切り開く困難な仕事より、結果が出やすい仕事に流れざるを得なくなっています。他の先進国と伍していくべく科学力失速を食い止める状況にありません。