第679回「中華ヘッドフォン、古い名演が見違える迫力に」

 (続編第681回「中華ヘッドフォンが発掘、レコード録音の真実」)
 中学時代にレコードを買い始め三大指揮者のひとりワルターのファンになったものの、欧州のオーケストラとの音の違いが当時から気になっていました。ハリウッドの映画音楽のように妙に明るく軽いのです。中国製のヘッドフォンFIIO《FT3》を手に入れて聴くと、ステレオ初期の名演奏に抱いていた不満が一気に解消する不思議に遭遇しました。比較対象は現在の超高級ヘッドフォン時代の先駆けになった独Sennheiser《HD800》です。並べた写真が以下で、右が《FT3》で、左が《HD800》です。  レコード店にステレオレコードが大量に並ぶようになったのが1958年とされます。ワルターがコロンビア交響楽団と1961年にハリウッドで録音したマーラーの交響曲第1番「巨人」は、現在のマーラーブームを引き起こしたと評される名盤です。しかし、マーラー交響曲の現行名盤に比べ音がとても軽いのです。もうひとつ、リヒテルが1959年にワルシャワ・フィルと入れたラフマニノフのピアノ協奏曲第2番は現在も名盤の誉れ高いのですが、音の寂しさは困ったレベルで、ピアノ最高の名曲が楽しめません。

 《FT3》を買って来て最初は低音域に付帯雑音があったので、100時間の慣らし運転を課しました。買った理由は直径60mm大型ダイナミックドライバーに惹かれたからで、開放型ヘッドホンの低音再生力はこの直径に左右されます。硬質のダイヤモンド・ライク・カーボン振動版を歪みなく強力にドライブするふれ込みです。「巨人」を聴いて驚きました。インバル指揮の名録音盤に化けた感じさえしました。コントラバスの低域弦や打楽器の低音がみしみしと響き渡ります。リヒテルのラフマニノフも北欧の森の暗い情緒が渦巻くような感じが出てきました。これなら現役でいけます。

 《HD800》でいつも聴いているベルリンフィル・デジタルコンサートホールで《FT3》は何が違うのか聴き比べました。《HD800》に比べてコントラバスがとても強く聞こえ、チェロなども強いので結果的に弦楽部全体の音楽訴求力が高まります。大太鼓やティンパニーなどの打楽器低音も強いです。しかも、低音が強いと言ってもだぶだぶした低音ではなく、開放型ならではの筋肉質で透明感がある低音が出てきます。密閉型ヘッドホンでは音圧を上げることで低音を強調できますが、透明感は無理です。

 FIIO社は2007年に中国で設立された音響機器のメーカーで、これまでイヤフォンやモバイル機器が有名であり、《FT3》が初めての本格派ヘッドホンです。ベルリンフィルDCHでの結果を見るとこれ1本で万能とは言えず、かなり癖がある点は留意が必要です。しかし、ワルターのベートーヴェン第九など素晴らしいスケール感が出てきて、古い録音盤を片っ端から聴き直そうと思い始めています。Sennheiserなどの老舗音響メーカーには思いつけぬ「けがの功名」的な効果ですが、古い名演復活は嬉しいですね。

 《FT3》買値46000円は安いと思えます。なお、通常と違うバランス接続も可能ですが、まだ試していません。パイオニア製の強力なヘッドフォンアンプ「USB DAコンバーター U-05」で試聴した結果を書いていますが、電子回路が弱いタブレットでも近い印象が得られます。ただしボリュームの9割くらい持っていかれます。

 【追加の発見】FIIOから以前にイヤフォン《FH3》を買っていて、重低音領域が強く出る異例の製品との印象を持っていました。第623回「タブレット用イヤフォン決定版、1万円余で万能」で紹介した独Sennheiser《IE40 PRO》と比べると、イヤフォンレベルで《HD800》対《FT3》に近い音色対比になっていました。古い名演奏の救済効果がそこそこありました。  右が《FH3》、左が《IE40 PRO》です。《FH3》はベリリウムコーティング10mmダイナミックドライバーを採用していて、振動板強度が高く力強い重低音を生み出すようです。上記《FH3》リンク先の音響特性グラフを見てもらうと重低音領域に向かって音圧が上がっています。このようなイヤフォンを選ぶと、似たような古い名演救済効果が期待できるのではないでしょうか。