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第143回「巨額な発明対価判決が映すもの」 (2004/03/11)

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 青色発光ダイオード(LED)の開発者、中村修二・米カリフォルニア大サンタバーバラ校教授が元の勤務先である日亜化学工業(徳島県阿南市)に対して発明対価200億円の判決を得たのと前後して、日立製作所に光ディスクの読み取り技術で約1億6200万円、味の素に人工甘味料アスパルテームで約1億8900万円と、従来にない億単位の発明対価を認める判決が相次いでいる。額の大きさだけ見て喝采する人、理系人間に追い風と喜ぶ人、国内での研究開発の危機を叫ぶ人、特許法の改正まで求める人……どうも一面的で何か違っているように感じる。茶飲み話の一時騒ぎで終わらない影響はあるのだろうか。


◆裁判結果は必然的な展開

 200億円の巨額さを告げるニュースには私も一瞬、息をのんだが、裁判の経過を知れば、こうなるしかないと知れる。裁判官はこう判決するしか選択できなかったのだ。

 日亜化学工業が青色LEDの技術独占によって、無名の田舎企業から2003年時点で10年前の10倍近い売上高1800億円、従業員3000人の規模にのし上がったことは誰の目にも明らかだ。にもかかわらず日亜化学工業側は裁判で新日本監査法人の鑑定書を提出し、東京地裁判決「2 被告の反論」にある通り「青色LEDが製品化された平成6年12月期から平成13年12月期までの間に、特許関連製品により被告会社にもたらされた損益を計算すると」「14億9000万円の損失という結果になる」との主張を展開した。

 巨額の利益どころか14億円余りも損をした――どうしてこうなるのか。「特許法上の相当対価請求は、使用者があげた利益の分配的な要素を持つものであるが、分配の対象になるのは、単なる計数上の利益ではなく、支払利息や為替損益等の営業外損益を控除した後に、最終的に企業の手元に実際に残った利益とみるべきである」と主張し、計算の基礎は税引後営業利益ではなく、税引後当期利益にするなど、素人目にも無理な目減べらし計算を重ねている。

 やはり判決文から「第三 当事者の主張」で、これに対応する原告側鑑定を見ると、監査法人トーマツ作成の「青色LED特許権の『相当の対価』算定における無形資産の超過収益の価値評価について」と題する書面があり、特許が切れる2010年までに「上記超過収益額は2652億4300万円」としている。

 判決後の批判の中に「専門家でない裁判官に何が分かるのか」といった見当 違いなものがあった。確かに裁判官は専門家ではない。だから原告・被告の主 張するところをよく聞き、並べられた選択肢から一つを選んで判決に採用する。 勝手な創作はしない。「5 独占の利益の算定」の最後で判決はこう述べる。「被告会社は、平成13年度末の時点において、青色LED及びLDの製造販売により、いまだ利益を出していないばかりか、逆に14億円以上 の損失を出していることになるが、これは青色LED及びLDの製造販売により被告会社が巨額の利益を得ている現在の実情とあまりにかけ離れた結論であり、同鑑定書の信憑性自体に疑問を抱かざるを得ないものである」。裁判官が直観的に信用できない主張を展開して勝てようか。

 民事訴訟上ではよくある手だが、「こう思われるが、こうも考えられる」と本論と別にもっと穏当な計算も出していれば、裁判官はそれに乗る可能性があった。この場合は、1円も渡すまいと感情的にすらなっている被告主張の愚かさが原告を助けている形だ。

 日立製作所の訴訟は控訴審であり、一審で3489万円の支払いが認められていた。今回は一審で認められなかった海外特許による利益も対象に含めただけであり、発明者の貢献度は一審同様に14%としている。光ディスクの世界的な広がりを見れば何の不思議もない。

 味の素訴訟も億は超えたものの、原告主張に比べささやかな認定だった。原告は、会社は300億円近い利益を生み出し、本人の貢献度を83%として247億円が発明対価であるとし、そのうちの20億円を請求した。これに対して、生まれた利益は79億円余り、本人貢献度は2.5%と算出、1000万円払われていた報奨金を差し引いて判決額とした。

 いずれも判決にそんな無理があるようには見えない。日亜化学の場合、研究中止の社長命令が出される環境下で孤軍奮闘の開発がされ、裁判官が普遍化できないケースと念押ししている。「貢献度50%」は特別認定なのである。日立、味の素も比べれば、モノにならない技術も開発する会社側の投資リスクも、本人貢献度の見積もり過程で、ある程度は考慮されていると感じる。


◆理系不遇社会への波紋は

 中村教授が報奨金として2万円しか受け取らなかったと主張しているのは、私が聞いた話と少し違う。会社を去る頃には田舎企業の研究職にしては高めの年収になっていたと聞く。ただ、積み上げても実質百万円オーダーの報償であり、青色LEDの技術独占に見合うものではない。

 3月にはいると、東芝で半導体フラッシュメモリーを開発した舛岡富士雄・東北大教授が、やはり発明の対価を求め、10億円の支払い訴訟を東京地裁に起こした。200億円の利益、貢献度は20%とし、発明対価40億円の一部を請求した。ほかにも億円単位の訴訟が係争中であり、流れは出来つつある。

 舛岡教授のインタビューが朝日新聞(3日付経済面)に掲載されており、提訴の背景が語られている。一番の思いは研究者に正当な評価をし遇して欲しいだった。「私自身、東芝で研究所長になったが、その後は研究費も部下もいない閑職に行かされそうになった。だから、給料は減っても研究が続けられる大学に移った」。報奨制度は「ご褒美をあげるルールが整備されただけという印象だ。本当の意味で研究者を大事にした制度ではない」。中村教授には国内の大学から誘いはなく、米国の大学まで打って出たが、舛岡教授と相通じる気持ちがあると感じる。

 理工系の大学出身者は、日本の社会では文系に比べて給与面で不遇とされている。好きな研究をしているのだから良しとせよと思いつつも、際立った成果を出した時はそれなりの遇し方があって良いのではないか。アリバイ的な金額の報奨金制度でお茶を濁されてはたまらない。一連の発明対価訴訟は理系、特に研究職からの異議申し立ての側面がある。

 理系と文系の報酬格差について検索で調べると「研究者(発明者)の側から見た職務発明制度」(渡部俊也・東大先端科学技術研究センター教授)に元は阪大による調査で「生涯賃金 文系4億3600万円 理系3億8400万円」のデータが示されている。5000万円の差である。

 家一軒分の差だが、ある意味で実感しにくい数字だ。そこで上智大経済学部出島研究室の「データを探しに」を紹介する。主題は大学教員の給与だが、次の通り、民間給与の月額ベースで理系と文系の幹部職給与比較になっている。出所は人事院「民間給与の実態−平成8年職種別民間給与実態調査の結果」である。


   平均給与月額(企業規模500人以上。ボーナスは含まず)
          40−44歳     48−52歳    56歳以上  
  大学教授    649,524円    720,712円   763,245円
  事務部長    633,853円    771,350円   793,534円
  支店長     713,036円    857,529円   807,680円
  研究部長    561,939円    665,959円   693,193円
  技術部課長   573,021円    695,547円   738,847円
  工場長       ---     683,219円   805,471円
  医科長    1,033,050円   1,021,352円   956,562円
  医師      820,516円    916,848円   840,547円


 ボーナスを含めるとこの差はかなり拡大すると考えられる。最近まで金融業界や商社などでは高額な賞与が出ていて、製造業のそれとは比較にならなかった。また、実は理系職場の中でも、民間企業の研究職は相対的に低い立場にあると知れる。実務畑の技術部課長、さらには経営に関与する工場長の方が給与ベースは高いと読みとれよう。

 一連の判決に対する企業からの反応は、大手800社以上を会員にする日本知的財産協会(旧・日本特許協会)の「職務発明に対する対価について」に本音が溢れて出ている。日亜化学と日立の「両判決は、産業界にとって驚くべき金額を認容したものであり、企業活動に支障を与え兼ねないものである。このような判決を生み出す根拠を与える特許法第35条は経済活動の基本理念を尊重すべく早急に改正すべきである」

 また、「両判決は、特許法第35条を、企業経営の実態から遊離した時代遅れの形式論理の下に解釈されたもので、産業法たる特許法の本旨を否定するものであり、社会的正義と公正からは認容できないものである」とも言う。A4判2ページのどこにも研究者を大事にしてこなかったことへの反省の言葉もなく「現在、一部の企業で発明者に対する報償金の支払額を増額または上限の撤廃をする動きがある。これは発明者に対する報奨としてのインセンティブの付与であり、補償金としての性格とは異なる側面がある」とまで踏み込まれると、研究者側の神経は逆なでされるばかり。

 米国の企業は契約主義だから、事後的に日本のような巨額な請求は発生しないが、実際は人事面での抜擢やストックオプションの付与などで文句が出ないよう優遇する。そんな事情は知っているはずの知的財産権の総本山がこんな調子では、対決ムードは高まるしかない。「監督がアホやから」と言って辞めたプロ野球選手がいた。研究者たちは「日本の企業経営者には技術を見る目がないから」と言って提訴しているのだ。正当な評価が企業の成長・存続に不可欠だと、もう気付かねばならない。



 《補遺:メールマガジン編集後記から》 冬が終わり、一気に春の気配です。今回取り上げた企業研究者たちにも春は来るでしょうか。こちらの方は実は遠いかも知れません。研究評価の問題は大学改革と絡んで、私のコラムでは再三取り上げています。第131回「暴走へ向かう大学改革に歯止めは」などで申し上げた通り、評価を可能にする基礎さえ出来ていないのです。ただ、企業の場合は大学でのしがらみはありませんから、トップがその気なら変わる速度はまるで違うでしょう。

 評価の失敗例として以前にもお話ししたことがあるでしょう。経過を親しく知っているものに、超伝導によらずにMRIを可能にした最強磁石、ネオジム磁石の開発があります。富士通研究所でアイデアは生まれながら、上司が研究を許可しなかったために発明者は職を辞して社外に出ます。管理職だったために辞職の直前はしばらく社内情報から隔離されて「飼い殺し」の期間が設けられました。この暇な期間にした研究でおおよその道筋が見えてしまったと聞きましたから、大魚を逸したにもほどがある例と言えるでしょう。

 日本の企業で行われている開発研究は欧米に比べてモノになる率が低く、非効率的と言われますが、研究の質に問題があるのか、評価の仕方の悪さに問題があるのか、微妙なところです。いずれにせよ目利きがいなければ前に進みません。企業の場合はそれを社外から借りることも、トップの決断次第なのです。

 【参照】『青色LED和解で理系冷遇は変わるか』(2005/01/16)
     第444回「安倍政権は科学技術立国を破壊:企業特許に大学」(2014/09/03)

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