第671回「露軍ヘルソン撤退に見る持続不可能な戦争」

 
 ロシア軍がウクライナ侵攻で唯一占領できた州都ヘルソンから撤退しました。ウクライナ軍がFacebookで毎日公表しているロシア軍の損害を今月前半分集計すると、人的損害だけで半月10280人もあって訓練もしないで戦場に投入した予備役兵士4万人が2ケ月ですり減るペースです。戦車や大砲なども含めたグラフを次に掲げますが、いずれも甚大な損害ペースであり持続可能な戦争ではないと分かります。それでなくとも西側の制裁で原材料が入らず兵器や弾薬の生産が出来なくなっているのが現状です。  敵前の撤退は戦争で最も難しい局面で、ロシアのショイグ国防相がヘルソン撤退作業を進めるよう指示した9日から完了の12日までが際立って損害が多いはずですが、実はそうでもない点が知れます。11月初めの方が人的にも装備面でも大きな損害を出しています。結局、この半月間で人的損害10280人に、戦車175両、装甲兵員輸送車288両、大砲や連装ロケット砲132基の損害を出しています。(ウクライナ軍のFacebookでの戦況公表ページ

 ロシア軍は戦略的にも戦術的にもちぐはぐな戦い方をして、人も装備も無駄にしていると言えます。一例として東部ルハンシク州で起きた、時事通信の11月7日付《ロシア予備役500人超死亡 手で塹壕掘り、砲撃で大隊全滅―ウクライナ》があげられます・

 《大隊は、ロシア中部ボロネジ州の予備役で編成されていた。生存者や親族の証言を総合すると、11月1日に「領土防衛隊」として前線の15キロ手前に到着し、深夜に前線へ展開。隊員らは塹壕(ざんごう)を掘るよう命じられたが、スコップは多くて「30人に1本」しかなく、手で掘らざるを得なかったという》

 この惨劇では指揮官は砲撃の前に後方に逃げたとの情報さえあります。

 ドニエプル川右岸のヘルソンから撤退する前に、ドニエプル川左岸は強固な塹壕で要塞化していると報じられていましたが、《航空万能論GF》の16日付《ドニエプル川沿いからロシア軍は15km〜20km後方に移動》はまるで違う状況を伝えました。

 《ウクライナ軍南部司令部は15日「我々の砲撃から身を守るためロシア軍はドニエプル川左岸の要塞から15km〜20km後方に移動した」と明かし、露国営メディアも「敵の絶え間ない砲撃が続くためノーバ・カホフカの行政職員が街を離れた」と報じている》《ロシア軍の砲撃部隊はグレーゾーン化したドニエプル川沿いに出たり入ったりしながらヘルソン市の復興を妨害、逆にウクライナ軍はHIMARSでドニエプル川左岸の兵站を破壊して反撃の機会を伺う展開になると思われる》  ウクライナ侵攻で活発な情報提供を続けている《航空万能論GF》の管理人さんが作成された戦況地図が素晴らしいので引用させていただきました。射程が80キロもある多連装ロケット砲ハイマース(HIMARS)は非常に精密な砲撃が出来る上に、今回のヘルソン撤退でロシア占領地域の大半を射程圏内に収めました。ロシアの兵站基地はもちろん、兵站輸送に使っている鉄道での物資集積もドローンなどで的確な偵察情報が入ればピンポイントで砲撃、破壊できます。ロシアにはこうした精密攻撃は出来ません。

 ネット上などで間もなく冬に入って両軍ともに膠着状態になるとの見方があります。しかし、現地は酷寒ではなく、雪を少なくした東北地方のような気候です。11月は地面がぬかるみがちで、12月に地面に氷が張ると戦車はむしろ動きやすいといわれており、米国の戦争研究所などは戦闘は続くと見ています。ロシアは動員兵の訓練と疲弊した部隊再編成で春まで時間が必要なのに、プーチン大統領の強硬姿勢から停戦工作に出ないミスをウクライナは生かすべきとの論調です。

 ウクライナのマルチメディア報道プラットフォーム《ウクルインフォルム通信》が注目すべき報道をしています。12日付《ホッジス元米軍高官、マリウポリ、メリトポリ、クリミアの解放の時期を予想》です。

 《ホッジス元米国駐欧州陸軍司令官は12日、ヘルソンの解放によりウクライナ軍はロシアの占領下にある南部のその他の都市とクリミアへの反攻の道を開いたとの見方を示した》《「ハイマースがもうすぐヘルソンから発射されるだろう。クリミアへの道は射程圏内だ。このことがロシアの防衛/補給を弱め、同時に反攻の『左翼』は1月までにマリウポリとメリトポリを得る。その後、そのキャンペーンの決定的局面であるクリミア解放が始まる」とツイッターに書き込んだ》

 自衛隊出身の軍事専門家らが早くから「11月にはロシアの兵器・弾薬に限界が来る」と指摘していました。戦車の新規生産は春から不可能になり、旧ソ連時代の在庫から旧年式の戦車を投入しています。いずれの国も公式には否定していますが、ロシアはイランと北朝鮮に頼るしかなくなりつつあります。

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