特集F1「国会事故調(3)官邸介入酷いが現場に肩入れ過ぎ」

 国会事故調の報告書は福島原発事故発生当時の菅政権に厳しい半面、現場で悪戦苦闘した運転員らにはシンパシーを持つトーンが貫かれています。特に後者については東電の経営陣と分離して「悪条件下でよくやった」とまで言いたい様子です。この点が報告書の大きな欠陥になっていると思えます。炉心溶融まで引き起こしてしまえば取り返しがつかない傷跡を国土に残してしまう立場のプロに対し、自覚が問えない論理構成です。少なくとも私なら過酷事故に当たる「最後のブレーキの踏み方」を教えて貰わないで自動車を運転する気はありません。

 一部のマスメディアは、東電が「福島原発から全面撤退する」と言い出して菅首相がそれを止めた判断が正当かをまだ問題にしています。国会事故調の報告は字面だけなら「全面撤退の意向」は否定していますが、吉田原発所長の発言として「最後の最後は、昔から知っている10人くらいは一緒に死んでくれるかな、ということは考えた」を収録しています。炉心溶融を起こした3基の原発を10人で面倒を見きれるはずもなく、800人いた関係者を退避させる状況を世間一般の常識は全面撤退と呼ぶでしょう。この議論は無意味です。

 報告書はかなり多彩な場面で、福島原発現地と官邸・東電本店側とのやり取りを記録しています。読み進んでいる内に可笑しくて吹き出したのが次の場面です(P269)。3月14日午前11時に3号機が爆発しますから、切迫したその未明のことです。

 午前3時22分に東電本店・高橋フェローが「官邸が用意した4台の消防車を運んだはずなんだけれど、それが使えない。駄目な理由を教えていただけませんか?官邸に答えないといけないんです」と問います。2台は来ているとの原発側返事に「本当につまらない話をして申し訳ないんだけれど、官邸対応の話だけれど、早くその(オフサイトセンターの)2台現場に持って行って何か使って欲しいんだけれどさあ」と畳みかけます。吉田所長は「基本的に人がいないんですよ。物だけもらっても人がいないんですよ」と答えます。

 間違えれば言い訳が出来ない災禍をもたらす原発の運転スタッフとして、一生に一度も炉心溶融を見たくないでしょう。それが既に次々に起き、付随する水素爆発の危機に頭を抱えている現場に、指揮系統で一段上にある東電本店が投げる注文でしょうか。絶対的な危機にあっても官邸の顔色ばかり気にする東電本店にはおそれいります。このような愚かしい現場状況が隠蔽されたままで、政府による無内容な記者会見が延々とテレビで流れていたと、今になって知ります。

 運転員の教育問題では次の説明にショックを受けました(P191)。「(株)BWR運転訓練センターにおける過酷事故の教育・訓練は、直流電源が確保され中央制御室が使えるという条件であり、本事故のように直流電源まで喪失し、中央制御室の制御盤が使えない条件での過酷事故は対象にしていなかった。かつ、そこでの教育・訓練は、『過酷事故対応』の内容を『説明できる』ことが目標の机上訓練にとどまっており、実技訓練はなかった」。そうなった理由は実技には制御室外の人員との連携が必要だからであり「原子力発電事業者からのニーズがなかったことだという」

 このようなお粗末で「悲惨」な訓練しか受けていない運転員が、杜撰(ずさん)極まりない過酷事故マニュアルであの大惨事に立ち向かったのです。同情は出来ますが、開発元の米国側から伝えられる情報では米国の運転員には実技訓練があります。下請けだらけで運営されている原発ですが、唯一、中央制御室の運転チームだけは電力会社の社員で構成されます。まさに頭を持った精鋭チームなのです。何も知らなかったでは通らない、自己研鑽が課せられていると、過去に原発取材が長かった私は考えます。その前提でなければ危険な原発の運転など、国民として任せられません。

 【参照】「原因は語らず懸命努力説明ばかり東電事故報告」
   「福島事故責任は誰にあるか、判明事実から究明」
   「恐ろしいほどのプロ精神欠如:福島原発事故調報告」
   「2、3号機救えた:福島原発事故の米報告解読」
   インターネットで読み解く!「福島原発事故」関連エントリー